「仕事上の問題についてちょっと厳しく指摘しただけで、部下が会社に来なくなった」
「進行中のプロジェクトで気になる点があるけれども、上司の管轄だから口を出しにくく、不満が溜まる一方……」
みなさんの職場でも、よく見られる光景ではないだろうか。
「欠点」「至らない点」を指摘するのは難しいもの。産業カウンセラー、エグゼクティブ・コーチの渡部卓氏は、「否定的なことを指摘することは、時には組織を破壊しかねないほどの大きな影響力を持ってしまうこともある」という。渡部氏の最新刊『人が集まる職場 人が逃げる職場』より、職場の士気を下げず上手に「振り返り」を行う方法を教えてもらった。
経験豊かな上司ほど失敗する!?
一つのプロジェクトが終了したときや問題を解決したとき、多くの職場で行われるのが「フィードバック」です。上司が部下と仕事の振り返りを行い、次の仕事に活かす。「PDCAサイクル」でいうところの「C(=評価)」にあたります。
フィードバックは「過去」のことに対して言及するもの。よって、多くの場合、その内容は否定的になりがちです。
「改善点はどこか?」
「なぜ目標に届かなかったのか?」
「どうすればトラブルは防げたのか?」
失敗してしまった点や至らなかった点への言及が主になるので、どうしても経験や知識・技能の豊かな上司ほど、細かな点まで見えてしまい、ネガティブな指摘が増えてしまう傾向があるのです。
フィードバックが現場の士気を下げる?
もちろんフィードバックはとても大切なことですし、業務や部下の能力改善のために必要な場面も多々あるでしょう。とはいえ、あまり「至らない点」や「今はもう変えられない点」ばかり指摘すると、逆に現場の士気を下げてしまうかもしれません。
人間誰しも、自分に対するネガティブな意見は、できることなら聞きたくないもの。それが自信のあったことや、力を入れてがんばってきたこと、多少のリスクを取ろうとしたことであればなおのことです。
こうしたことがあるので、「相手のためを思って」丁寧なフィードバックをしたにもかかわらず、素直に受け入れてもらえない場合もあります。業務改善を図ったつもりが、裏目に出てしまうこともありうるのです。
フィードバックが生んだ不信
私もフィードバックを受けた結果、逆にモチベーションが下がりかけた経験があります。
ある企業ではじめて役員になってから1年後、部下や同僚たちから業務評価を受けたときのことです。通常、評価とは上司から部下へなされるものですが、このときは「360度評価」という、部下から上司、同僚から同僚への評価も行う仕組みが導入されていたのです。これは当時としては珍しい制度だったので、専門の人事コンサルティング企業に外部委託して実施されていました。
私は昼夜を問わず猛烈に働いていた自覚があったので、部下たちも上司の私には高い評価、たとえば100点満点中で80点以上はつけてくれるのではないか……と期待していました。
しかし、担当した外部コンサルタントから結果をフィードバックされたときは、目を疑いました。私への評価は60点だったのです。80点と自負していた私にとっては、低すぎる数字でした。このときのショックから立ち直るのに、数週間が必要でした。しばらくのあいだは「部下不信」にもなりました。
組織を壊しかねない負の影響
冷静に振り返ると、自分自身の成果を追いかけるだけの上司に対しては当然の評価でしたし、上司としての自分を見つめ直すいい機会になったので、まさに「良薬口に苦し」とでもいうべきよい経験だったなと心から思うことができます。
ただし、このようにネガティブなフィードバックは、相手に大きなショックを与えることがあるのも事実です。それが、「上司」という経験豊富で絶対的な立場から、「部下」という未熟な立場へ行われるものならなおさらです。
その「負の影響」は、組織の人間関係を破壊しかねないパワーを持つことさえありえます。
前向きなアイデアを伝える「フィードフォワード」
そこで、職場でぜひ実践していただきたいのが、フィードバックの逆、「フィードフォワード」です。
過去を振り返って「問題点・改善点」をメインに挙げるのがフィードバックなら、フィードフォワードは未来に目を向け、「今後に活かせそうなよい点」を挙げながら、前向きなアイデアを出し合います。
フィードバックとフィードフォワードの違いを例に挙げてみましょう。たとえば、上司と部下が顧客訪問の振り返りを行っている場面を考えてみます。
・フィードバック
「山田さんは敬語の誤りが多いですね。前回の訪問でも、以前と同じ敬語の誤りをしていましたよ。『うちの鈴木部長が御社の渡辺さまによろしくとおっしゃっていました』と言ってましたが、こういうときは『おっしゃる』ではなく『申しておりました』ですね。次回は絶対に気をつけてくださいね。私も本当に恥ずかしかったですよ」
・フィードフォワード
「山田さんは顧客のことをよく覚えていて、気の利いた一言を言えるのがいいですね。先週の訪問では、うちの鈴木部長と先方の渡辺部長が親しいことを覚えていて、『うちの鈴木部長が御社の渡辺さまによろしくとおっしゃっていました』と言ってましたが、この一言から鈴木部長の話題で盛り上がることができ、先方とより親しくなれた気がします。ただ、こういうときは『おっしゃる』ではなく『申しておりました』と言うものですが、山田さんは笑顔がいいから、先方もニコニコ顔で気にしていないようでした。これからも敬語には気をつけつつ、まず相手への関心や気遣い、笑顔を第一にコミュニケーションできるといいですね」
意欲的な話し合いで、より生産的な職場に
このように「フィードフォワード」を心がけてみると、自然と前向きな意見が生まれやすくなるもの。さらに、ここで「どうすればもっとよくなると思う?」といった問いかけを交えると、相手もただ聞くだけでなく、自発的に話し合いに参加することになり、モチベーションの向上につながります。すでに起こってしまった過去を振り返ってあれこれ指摘するにとどまるより、はるかに生産的ではないでしょうか。
フィードフォワードにおいて上司がやるべきことは、部下の思考・行動やアイデアを否定せず、前向きに捉えてエールを送ること。足りない点ばかりでなく、何かいいところや、今後に活かせそうな小さな芽がないか探し、伝えてみてください。
「あんな失敗をしてしまったから、次はもう同じことはしない」と反省・改善することも、仕事においては大事なこと。しかし、「これはやってよかった。この経験を活かして、次はこんなことをやってみよう」と、前向きで意欲的な話し合いにより多くの時間を使ったほうが、より生産的な職場になるはずです。
■ 渡部卓(わたなべ・たかし)
産業カウンセラー、エグゼクティブ・コーチ。帝京平成大学現代ライフ学部教授、(株)ライフバランスマネジメント研究所代表。職場のメンタルヘルス・コミュニケーション対策の第一人者であり、講演・企業研修・コンサルティング・教育・メディア等における多数の実績を持つ。『明日に疲れを持ち越さない プロフェッショナルの仕事術』ほか著書多数。
渡部氏の著書:
『人が集まる職場 人が逃げる職場』
渡部 卓