干渉しすぎてもダメ、放置しすぎてもダメ……職場における「上司」と「部下」の距離感は難しいものがある。「じゃあ一体どうすればいいんだよ」と頭を抱えたいのが、多くの上司の本音かもしれない。

 しかし、部下は上司の影響を良くも悪くも大きく受けてしまうもの。「この上司の下では成長できない、潰される」と感じて逃げていく部下もいれば、「尊敬できる上司がいるから、この場所でがんばろう」と思える部下もいるのだ。

 では、「ほどよい距離感」の上司になるには、どのように部下と接したらよいのか。数多の組織を見てきた「職場のメンタルヘルス・コミュニケーション対策」の第一人者であり、『人が集まる職場 人が逃げる職場』の著者・渡部卓氏に解説してもらった。

上司と部下の適切な距離感とは?

 上司として、部下の話にしっかりと耳を傾け、部下が抱える問題に真摯に向き合うのはとても大切なこと。上司が最も重視すべきスキルは「傾聴」であるといっても過言ではありません。

 しかし、そこで相手の問題に深入りしすぎてしまっては問題です。自分も疲れますし、部下にも嫌がられてしまうかもしれません。最悪の場合、「プライバシーの侵害」「ハラスメント」などの深刻な問題にもなりかねない時代です。

感情移入/客観視しすぎて空回り

 また、おかしな方向に感情移入しすぎて空回りしてしまう上司もいます。もし部下が会社への不満をこぼしていたとしても、上司が「そうだよな、こんな会社、俺も早く辞めたいよ」と部下と一緒になって会社や同僚の悪口を言ってしまうのは厳禁です。そのときはお互いに話が合ったとしても、部下のほうも冷静になって考えると「会社の悪口を言うような上司」についていきたいとは思わないからです。

 もちろん、部下の不満に対して「そんなことを言う人間には、給料は払えない」と説教したり、逆に何も言わずに黙ってしまったりするのもあまりよい対応とは言えません。「この人は自分よりも会社の味方なんだ」と部下の心に反発心が芽生えてしまいます。

 では一体、上司はどのような距離感で部下の話を聞くのが適切なのでしょうか。

上司が知っておきたい「2.5人称」の距離感

 ノンフィクション作家・評論家の柳田邦男氏は、著書や講演の中で「2.5人称」の視点の重要性を説いています。これは数々の事故・事件・災害などを追ってきた柳田氏が、「ジャーナリズムにおける被害者・弱者に対する視点」として説いているものです。

 この「2.5人称」視点は、傾聴する際の相手との距離感にも通ずるものがあります。私も10年以上前から、「部下に対する上司のスタンス」としてこの視点を持つことの重要性をさまざまな場でお話してきました。

 たくさんの部下を束ねる立場にある上司・管理職の方々には、ぜひこの距離感を身につけておいてほしいと思います。

「やりがいを感じられない」という部下の相談

 では、2.5人称とはどのような視点なのでしょうか? たとえば、部下から「仕事にやりがいを感じられなくて、行き詰まっている……」という相談を受けたときの上司の視点を、1人称・2人称・3人称とあわせて考えてみましょう。

1人称の視点
「もし自分だったらどうするだろう? 辛くて会社を辞めたくなるかもしれないな」

2人称の視点
「自分の子どもがこんな風に悩んでいたらと思うといたたまれない。なんとかしてやりたい」

2.5人称の視点
「やりがいを感じられずに行き詰まっているのか。それは辛いだろうな。自分はどうサポートしたらいいか考えてみよう。この点は本人にも聞いてみよう」

3人称の視点
「彼ぐらいの歳のビジネスマンは、仕事への不安を抱きやすいものだ。上司としてそうアドバイスをしよう」

 さて、違いがわかりましたか?

感情移入しすぎず、引きすぎない絶妙なバランス

 1人称・2人称の視点を持った上司の場合、部下の状況を自分や家族に置き換えて考えていますから、非常に親身になって話を聞いてあげられそうですね。しかし、あまりにも自分に近しい問題として考えてしまうと、感情的になったり、冷静な判断ができなかったりする危険性があります。

 3人称の視点に関しては、部下の悩みをあくまで他人事と捉え、一般論に当てはめようとしてしまう傾向があります。

「2.5人称」というのは、文字通り2人称と3人称のちょうど中間の視点。感情移入しすぎず、第3者目線になりすぎない絶妙なバランスなのです。

 先ほどの例でいえば、「仕事にやりがいを感じられずに行き詰まっている」という事実を客観的に捉え(3人称の視点)、「それは辛いだろう」と共感し(2人称の視点)、上司として解決策を考えつつも、相手が自分で考えるようにも促す。このような状態が2.5人称といえます。

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デリケートな問題ほど「2.5人称」を意識する

 ただ、実際にこの視点を持てるようになるのはなかなか難しいかもしれません。時には感情的になってしまうこともあるでしょうし、場合によっては3人称視点に徹したほうがいいこともあります。私自身、企業での管理職や大学教員という立場から、数多くの面談を行ってきました。その中で、部下や学生から退職や転職、退学や休学に関する相談を受けたときなど、つい2人称の視点で考えてしまいそうになることもあります。

 しかし、職場・大学を去るか否かといったデリケートな問題こそ、受け止める側のバランス感覚が問われるときです。私も意識的に「2.5人称」を胸に留めることで、過干渉や過保護にならず、かといってただ突き放したようにも思われない接し方ができるように心がけています。

 部下から相談を受けたとき、何かトラブルがあったときなど、この「2.5人称の距離感」を思い出してみてください。ただ漠然と耳を傾けているよりずっと「ほどよい距離感」を保ちやすくなるはずです。

 

■ 渡部卓(わたなべ・たかし)
産業カウンセラー、エグゼクティブ・コーチ。帝京平成大学現代ライフ学部教授、(株)ライフバランスマネジメント研究所代表。職場のメンタルヘルス・コミュニケーション対策の第一人者であり、講演・企業研修・コンサルティング・教育・メディア等における多数の実績を持つ。『明日に疲れを持ち越さない プロフェッショナルの仕事術』ほか著書多数。

渡部氏の著書:『人が集まる職場 人が逃げる職場

渡部 卓