裁量労働制か否かより、企業体質の方がはるかに重要

日本企業の労働生産性が低いのはなぜか

裁量労働制であるか否かは、あまり重要ではない、と久留米大学商学部の塚崎公義教授は説きます。

裁量労働制の社員はフリーランスと似ている

裁量労働制は、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務に適用されます。工場のベルトコンベアーの前で組み立て作業を行なっている労働者にまで適用されるわけではありません。専門業務型と企画業務型があり、前者は雑誌の記者など、後者は経営計画策定者などですね。

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週刊誌からフリーのライターに「原稿を1本書いて下さい。何時間かけて書いても、謝礼は◯円です」という依頼をする代わりに、社員に「毎月10本原稿を書きなさい。何時間働いても良いが、月給は◯円だ」と命令するイメージですね。

フリーライターは、真剣に書くでしょうね。氏にとっては、次の仕事が来るか否かは今回の仕事の出来具合で決まるわけですから、場合によっては徹夜をするかもしれませんが、誰も氏の働きすぎを問題視しないでしょう。

社員が3年契約であった場合も、全く同じですね。社員にとっては3年間の仕事の出来具合で契約が更新されるか否かが決まるわけですから、毎日深夜まで残業をするかもしれませんが、誰も氏の働きすぎを問題視しないでしょう。本来の裁量労働制というのは、こういうものだと思います。

「日本企業の労働者は終身雇用で会社に縛り付けられている社畜だから、裁量労働制の適用範囲を拡大したら長時間の働かせ放題になる」という論者がいますが、そうとは限りません。終身雇用の場合は、手抜きをしても「再雇用されないリスク」がないので、手抜きをするインセンティブが生まれるからです。手抜きの原稿を10本書き、早く帰ってプライベートライフをエンジョイする社員が増えるかもしれません。

もちろん、手抜きをしない社員も多いでしょう。自己実現のためであったり良い原稿を書いて褒めてもらいたいと考えたり、単に手抜きを潔しとしない真面目な性格であったり、理由は様々でしょうが、それによって深夜まで働いても、誰も問題にはしないでしょう。

単純労働者は裁量労働制にならないはずだが

「裁量労働制だと働かせ放題になる」とすれば、それは手抜きのできない仕事を割り当てる場合でしょう。たとえば「毎日5万字の原稿を書け」「毎週100件取材して3本の原稿を書け」と言われた結果、社員が過労で倒れたとすれば、それは大問題です。

しかし、そういう会社は裁量労働制を採用しなくても、もともとブラックな体質でしょうから、社員が過労で倒れていたはずです。「原稿の出来が悪い。明日の朝礼で罵倒されたくなかったら、明朝までに書き直してこい」と言われたら、普通の社員なら夜中まで「自宅でのサービス残業」をするでしょうから。

つまり、「裁量労働制であるか否か」よりも「ブラック企業体質であるか否か」の方がはるかに重要なのです。そして、「ブラック企業体質を禁止する法律」は作れませんから、地道に労働基準監督署やマスコミなどが監視していくしかないのでしょうね。

大きな救いは、今が労働力不足であることです。従業員が「ブラック企業を退職しても失業するだけだ」と思っていれば、ブラック企業は働かせ放題ですが、労働力不足になると「ブラック企業を辞めても再就職は簡単だ」ということで社員が抜けていき、ブラック企業が維持できなくなるからです。バブル崩壊後の長期低迷期に栄えたブラック企業が市場原理によって衰退していくことを祈りましょう。

裁量労働制が労働生産性を上げるとは限らない

労働生産性を上げるために裁量労働制を採用したい、という経営者がいますが、裁量労働制を採用すると、本当に労働生産性は上がるのでしょうか。

上記記者のように、手抜きをして短時間で10本の原稿を書いた場合、計算上は1時間で書いた原稿の本数が増えますから、労働生産性が上がったように見えますが、それはミスリーディングというよりも全くの誤解です。原稿執筆は品質も考えて労働生産性を計測する必要があるのですが、それは実際上は不可能なのです。

では、記者が手抜きをしないとすると、裁量労働制採用前と後で何が違うのでしょうか。何も違いませんね。日本企業の労働生産性が低いのは、無駄な会議が多かったり、上司より先に帰ると睨まれるからと付き合い残業をしていたり、98点を100点にするためなら何時間でも残業すべきだと考える上司がいたりするからですね。そして、こうしたことは裁量労働制を採用しても変わりませんね。

仮に記者が裁量労働制採用前に「残業代が欲しいから、8時間でできる仕事を10時間かけてダラダラやっていた」ということであれば、裁量労働制が労働生産性を引き上げることになりますが、筆者は、そんな社員は少ないと信じています。

そんな時に経営者が「わが社も裁量労働制を採用して、従業員の労働生産性を上げたい」と発言すれば、それは「わが社の社員の多くは、残業代が欲しいから、8時間でできる仕事を10時間かけてダラダラやっているようだ」と言っているのと同じですよ(笑)。

余談ですが、労働生産性を上げるためには、裁量労働制を採用するよりも、経営者が率先して会議を減らす、上司より先に帰った部下を褒める、98点を100点にしようとする管理職を叱る、といった取り組みをする必要があるでしょう。安全の点検だけは、100点でないと困りますが(笑)。

なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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久留米大学商学部教授 塚崎 公義

ニュースレター

塚崎 公義

1981年 東京大学法学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行
おもに経済調査関連業務に従事した後、2005年に退職し、久留米大学へ
(近著)
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