最近、日本でもフィンテックと呼ばれる「破壊的技術」を活用した様々な形態の金融サービス事業者が登場しています。そこで今回は、今後、日本でもフィンテックがさらに浸透していくことを想定し、銀行とそこで働く銀行マンはどうなっていくのか考えてみたいと思います。
フィンテックと台頭する中小企業向け貸出事業者
日本では、モバイル決済(iPhoneやAndroid携帯などに器具を取り付けるだけでクレジットカード決済ができるSquareなど)、クラウド家計簿(クレジットカードのネット明細や電子マネーの利用履歴などをひとまとめにして自動で家計簿をつけてくれるシステム)などのフィンテック企業が出現しています。
一方、世界では銀行の本業を脅かすかもしれない新興勢力も台頭しています。例えば、オンライン上のP2P貸出業者(例:米国LendingClub)、インボイスファイナンス(売掛金担保融資)業者(例:米国kickpay)、バランスシート貸出業者(例:米国PayPal Working Capital)などです。
融資以外に、寄付・購入・出資を募るクラウドファンディング事業者もあります。
そうした顧客目線から生み出された革新的な金融サービスは、既存の商業銀行ビジネスモデルを破壊してしまう可能性を秘めているとも言われます。やはり、こうしたサービスは利便性の高さゆえに広まっているのでしょう。
伝統的な商業銀行はいずれ消滅してしまうのか?
近代国家では、預金業務を認可された商業銀行が、その「信用創造機能」としてお金(マネー)を作り出していますので(ご興味があれば、詳しくは『仮想通貨はなぜ不安なのか。未来のお金(マネー)を考える』をご覧ください)、仮にすべての銀行が消滅すれば世の中のお金(マネー)が増えず、経済は大変なことになります。
自己変革できずにフィンテック企業にその役割を奪われる一部の銀行は別として、現在の通貨・金融監督体制の前提が変わらない限り、預金を行うことができる唯一の金融機関である商業銀行は存続するはずです。
万一、その前提が変わるとすれば、それは国家あるいは銀行が分散コンピューティング技術を駆使した中央管理型の仮想通貨システムを構築し、それが通貨の主流となるようなときかもしれませんが、今のところあまり現実的ではなさそうです。
銀行業務はいかに自動化されていくのか
今週24日、三菱UFJ銀行が中小企業向けAI融資を導入するというニュースがありました。ここで疑問なのは、今後、銀行内ではどのようにフィンテックが活用され、それがどこまで進むのかということです。
一口にフィンテックと言っても、その領域は幅広く、人工知能(AI)とビッグデータ(機械学習、予測分析)、暗号学(スマート契約、生体認証)、モバイルアクセスとインターネット(API:アプリケーションプログラミングインターフェース、電子財布、新決済プラットフォーム)など、今、世界では多様なアプリケーションが生まれています。
特に、今年はアプリケーションやプラットフォームに組み込まれた形でAI機能が入手しやすくなるという意味で「AIの民主化元年」と言われています。
そこで、一例として銀行の本業たる中小企業向け融資業務におけるAI(含む機械学習、自然言語処理、ロボット工学)を活用した業務自動化の可能性を考えれば、次のような作業はすぐに自動化されていくのではないかと予想しています。
■ 機械学習(Machine Learning)の活用:
信用リスクの高い融資申込み企業の自動却下、信用リスクなどに応じた金利決定、融資申込者の設備計画にかかる投資効果予測
■ 自然言語処理(Natural Language Processing)の活用:
顧客からの電話問い合わせにおける職員支援(顧客の声を認識して必要な情報をコンピュータ画面に提供)、銀行職員による汚職の監視(同僚とのコミュニケーション、メール、電話等々から兆候を検知)、マネーロンダリングの検知と対応支援
■ ロボット工学(Robotics)の活用:
顧客から提出された財務諸表のデータ入力と精査、顧客のための資金繰り予定表の自動作成、顧客のモニタリングとタイムリーな経営アドバイス
フィンテックスタートアップとの連携が求められる銀行
2017年E&Y報告Fintech Adoption Index(p.7)によれば、2017年はフィンテックが浸透した年だったそうです。そうした中、銀行はフィンテックスタートアップとの連携が求められています。
たとえば、米国の銀行の中でも株式時価総額が大きいWells Fargo (ウェルズ・ファーゴ)では、独自のスタートアップ促進プログラムが運営されています。そこでは、技術系スタートアップに対する出資(5万~50万ドル)、スタートアップが開発した技術をWells Fargo内で実証する「POC(Proof of Concept)」、顧客へのスタートアップの紹介などが行われています
従来の商業銀行ビジネスモデルが破壊されるかもしれない将来を考えれば、銀行が生き残るためには世の中で活用できる技術はすべて最適活用していくほかないのでしょう。
理想は人間とコンピュータの融合
もちろん、銀行のすべての業務をフィンテックが代替できるわけではありませんが、限定された範囲での情報処理はコンピュータの方が得意であることは間違いありません。よって、人間はコンピュータが苦手なことに集中することを求められるのではないでしょうか。
たとえば、融資審査の分野で言えば、中小企業のうちサンプル数が多い零細事業者や小規模事業者、あるいは消費者金融の審査は従来の「金融イノベーション」においてもかなり進化してきましたし、機械学習を活用した金融行動予測も実用化されつつあります。
しかし、サンプル数が少ない中堅企業の審査は人間の経験知が必要な領域で、まさに人間とコンピュータが融合すべき領域でしょう。
また、顧客からのクレーム処理や融資後の債権管理は、人間の臨機応変な高度な判断力を要し、パターン化するのが難しい領域でもありますので、当面はAIによるサポートを得ながら人間がやっていくべき仕事となるでしょう。
日本の地方では銀行が衰退する過程でフィンテックが勃興か
一方、日本の地方経済に思いを馳せると、今のところデフレ経済の環境で中小企業の資金需要も乏しいですし、信用金庫、信用組合、地方銀行などが行う地域金融サービスで事足りているように見えます。
地域金融機関では業務効率化に資する金融イノベーション(信用スコアリングなど)は浸透していますが、まだフィンテック企業が勢いを持って勃興しているわけでもないので緊急性が低く、データ解析やAI技術などを活用した革新的な取り組みは少ないようです。
ただ、将来、米国の金融正常化など国際金融環境の変化に伴い、日本でも長期金利が上昇してくれば長期国債の価値が下落します。すでに長期国債の保有を減らしてきたメガバンクは短期国債を一部残しているだけですので良いですが、長期国債を大量に保有している地方銀行などは評価損により自己資本が棄損するケースもあろうかと心配しています。
長期金利が数パーセントでも上がり出したら、マイナス金利政策や企業減少などでただでさえ収益が悪化している地方銀行などはひとたまりもありません。
日本では皮肉なことに、革新的な金融サービスを提供するフィンテックが銀行を破壊するのではなく、地域金融機関が衰退していく過程でフィンテック勃興が加速するのかもしれません。
大場 由幸