数年前に中国BOEの幹部とお酒を酌み交わすチャンスに恵まれた。その折に「中国勢は3兆円を投じて15の新工場を立ち上げ、韓国勢、台湾勢をキャッチアップする」という強気の見通しを聞かされ、それはいくら何でも……との思いも持ったものだ。ところが、である。まったくBOEが言った通りの展開となり、下手をすれば2020年以降に中国勢は韓国、台湾の液晶産業を叩き潰すかもしれないとの観測すら出てきた。やはり恐るべし中国なのである。
17年のFPD製造装置を見まわした時に驚くべきなのは、売上高が前年比30%増の24.7億ドルと過去最高を記録したことだ。このうち有機ELは15.5億ドルを占めて63%を構成しており、液晶向けは9.2億ドルで37%となっている。これでお分かりであろう、2~3年後の電子ディスプレーは圧倒的に有機ELが占めるということになるのだ。
ここにおいても中国の存在感は増している。17年のFPD製造装置市場における地域別の構成比を見た場合、韓国向けの比率はグングン下がっており、何と中国向けが78%を占めている。設備投資が行われる現場はやはり中国という構図が浮かび上がってくる。
BOEは政府の圧倒的支援で巨額投資
ここに来て、中国BOEは有機ELと大型液晶の分野で一気に攻めの投資に出てきた。重慶には6G有機ELパネル工場の建設を決定したが、投資額は何と7850億円という巨額であり、20年下期にも稼働する。しかし、BOEは投資額のうち1685億円しか出していない。重慶政府が2696億円を支出し、残りは負債調達となるのだ。6Gベースで生産能力は月産4万8000枚となり、スマホ、車載、ノートPC向けに出荷するもので、折り畳み可能なパネルの生産を目指すという。
一方、合肥工場に続く10.5世代液晶パネル工場の第2拠点を武漢に建設することも決めた。これまた投資額は7750億円という巨額であり、20年下期にも稼働する。BOEはこの大型投資計画についても1011億円しか支出しない。武漢政府が3370億円を出し、残りは負債調達となる。この武漢新工場の生産能力は、ガラス基板投入ベースで月産12万枚となり、主にテレビ向けに65型/75型の4Kおよび8Kパネルを生産する計画である。
技術はあっても投資規模で勝負にならない日本勢
BOEの一大攻勢ともいえる2つの新工場に対する総投資額は1兆5600億円にも及ぶが、BOEが負担する部分はたったの2696億円だけなのである。こうした状況を見れば中国の電子デバイスに対する投資は、かつての日本の公共事業ともいうべき臭いがプンプンするのだ。要は大きなお金が動いて雇用が生まれて業者に仕事が回り、各エリアの自治体が投資を誘導するという図式はまさに日本の得意技であった。中国は今やすべての分野でこうした投資を断行している。
先ごろ韓国でLGディスプレーの幹部と話す機会があったが、やはりBOEの存在を恐れていた。ただし、テレビ向けの大型有機ELの世界では絶対に世界トップを譲らないともしており、韓国においては坡州に約1兆円を投じて10.5Gの有機EL工場を建設する考えがあり、19年にも着工する。また併せて中国では杭州に8.5G有機EL工場の新設を計画しており、早ければ18年下期には着工に踏み切るだろう。
有機ELにおけるBOE対LGの巨大投資合戦をこれから見物することになるが、日本勢がここに加わってこないことについてはかなりの寂しさを覚える。一応はジャパンディスプレイが印刷法有機ELの新工場を計画しており、デンソーから300億円、日亜化学から50億円などをかき集めているが、まだまだ目標の2400億円には達しない。印刷法は精細度も素晴らしく、コストでは蒸着がないだけに圧倒的に有利なのだ。それゆえ何とか頑張ってもらいたいとは思うが、中国のようにあっという間に金の手当てがつく環境とは全く異なるわけだから、不利であることは否めないのが残念だ。
(泉谷渉)
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■泉谷 渉(いずみや わたる)略歴
30年以上にわたって第一線を走ってきた国内最古参の半導体記者であり、現在は電子デバイス産業新聞を発行する産業タイムズ社社長。著書には『半導体業界ハンドブック』、『素材は国家なり』(長谷川慶太郎氏との共著)、『ニッポンの環境エネルギー力』(以上、東洋経済新報社)、『これが半導体の全貌だ』(かんき出版)、『心から感動する会社』(亜紀書房)などがある。一般社団法人日本電子デバイス産業協会 理事 副会長 企画委員長。全国各地を講演と取材で飛びまわる毎日が続く。
産業タイムズ社 社長 泉谷 渉