本記事の3つのポイント
- iPhone X」で顔認証システムが採用されたことで、VCSELと呼ばれる半導体レーザーの需要が一気に拡大
- VCSELを供給するルーメンタムを筆頭に、関連各社の業績は急拡大している。同時に増産投資も急ピッチで進められているほか、アップルはVCSEL供給メーカーのフィニサーへの出資を決めた
- 現状、VCSELを用いた顔認証システムはiPhoneに限られるが、今後はアンドロイド系スマートフォンへの採用がさらなる需要拡大のカギを握る
「こんな使い方をするとは思ってもみなかった」。国内の半導体識者がこう語るのは、アップルがiPhone Xの顔認証システム「Face ID」に採用したVCSEL(垂直共振器面発光レーザー)である。これまでVCSELは主に光通信向けに使用されてきたが、スマートフォン(スマホ)に採用されたことで需要が急拡大しており、サプライチェーン各社が増産ラッシュに沸いている。今後は、顔認証システムに限らず、形状認識を応用した産業用の検査システムや自動車の運転を支援するジェスチャー認識などにも応用範囲が広がるとみられており、3Dセンシング技術の光源としてさらに需要が伸びそうだ。
赤外光で形状認識や測距を実現
3DセンシングにおけるVCSELの使い方は、大きく2つに分けられる。1つが複数のVCSELチップから異なる角度で対象物に赤外光を照射し、その反射光をイメージセンサーで読み取って対象物の形状を認識する「Structured Light」、もう1つが周期的な光が被写体との間を往復する時間を位相差としてイメージセンサーで検出し、被写体との距離を測る「ToF(Time of Flight)」である。
Face IDは前者の仕組みを利用したもの。アップルによると、Face IDは3万以上のドットをVCSELで顔に投射し、顔の深度マップを作成して正確なデータを読み取り、赤外線イメージも取り込む。誤認識率は、Touch IDの5万分の1に対して100万分の1と非常に低い。iPhone Xの切り欠き(ノッチ)部分にVCSELチップが4つ搭載されているようだ。
主要サプライヤーの業績急拡大
iPhone XにVCSELを供給しているとみられるのが、光デバイスメーカーの米ルーメンタム・オペレーションズだ。17年1~3月期の決算カンファレンスでVCSELに関して「数百万台分の受注を得ている」ことを明らかにし、17年4~6月期には500万ドル分を出荷するとともに「3Dセンシング用に2億台分の受注を得ており、これをすべて17年内に出荷する予定」と述べた。VCSELを含むIndustrial & Consumer分野の売上高は、17年4~6月期の1650万ドルから17年7~9月期は5200万ドル超へ3倍以上に拡大し、17年10~12月期にはさらに4倍増の2.2億ドル(このうち3Dセンシング向けは2億ドル強)を売り上げた。
GaAsファンドリー世界最大手の台湾ウィンセミコンダクターは、これまでほぼゼロに近かったオプトデバイス(セグメント別ではその他に分類される)が17年10~12月期に売上高の31%を占めたことを明らかにした。VCSEL向け(GaAsの6インチエピ)の売上高が急増したことが要因。17年下期から本格的に寄与したVCSEL向けの売上高は、結果として過去最高を記録した17年の通年売上高の10%強を占めるまでに成長し、決算カンファレンスでは「当社はすでにRFデバイスだけの企業ではない」と述べた。
化合物半導体エピファンドリーの英IQEは、17年上期(1~6月期)の業績でVCSEL向けを含むフォトニクス分野の売上高が前年同期比48%の増収と大きく伸び、全社ベースの16%を構成するまでに拡大。17年通年ベースでは、VCSELウエハーの出荷拡大が継続したことで、フォトニクス分野の売上高が前年比2倍にまで拡大し、全社売上高の31%を構成するまでになった。
アップルがフィニサーに出資
ルーメンタムに加え、もう1つのアップルサプライヤーと目されているのが米フィニサーである。フィニサーもルーメンタムと同様、17年2~4月決算時に「3Dセンシング用のVCSELを1社から数百万台レベルで受注した」ことを明らかにしたが、その後は量産歩留まりの向上に苦慮し、17年11月~18年1月期の決算カンファレンスでは「まだ多くのVCSELアレイを製造・販売できていない」と述べた。
本格出荷とさらなる増産に向けて、フィニサーは17年12月にアップルから3.9億ドルの出資を受けた。VCSELは現在、テキサス州アレン工場の4インチGaAsラインで製造しており、四半期ベースで約2000万ドル分の生産能力を持つが、これに加えてテキサス州シャーマンにある広さ約70万平方フィートの半導体工場を取得し、18年10月から6インチGaAsでVCSELの量産を立ち上げる予定にしている。
シャーマン工場への投資額は1.5億ドルを想定している。建屋の取得などに5000万ドル、設備の購入に1億ドルを充て、フェーズ1では四半期ベースで5000万~6000万ドル分の生産能力を構築する考え。これにより18年秋にはVCSEL全体で8000万ドル分の生産能力を構築するつもりだ。
増産投資が活発化
VCSELの増産を検討しているのはフィニサーだけではない。
ウィンセミコンダクターは、18年の設備投資額(Capexベース)として前年比75%増の70億台湾ドルを計画しており、月産能力を現有の2.9万枚(GaAs 6インチベース)から3.6万~3.7万枚に引き上げる考え。17年に桃園県亀山区に立ち上げた最新工場「ファブC」に製造装置を追加導入するとみられ、VCSELのほか、第5世代通信用デバイスの増産にも活用する。
IQEは、フォトニクス分野で18年に30~60%の増収、今後3~5年の年平均成長率として40~60%の増収を想定し、これに備えて増産投資を加速しており、英サウスウェールズのニューポートに新工場「メガファンドリー」を整備中だ。この工場は、独インフィニオンのニューポート工場を取得した新設の民間企業「ネプチューン6」に整備するとみられる。新工場には最大100台の製造装置を導入するスペースがあり、すでにIQEは18年下期に5台の立ち上げを準備中。さらに5台を18年7~9月期に新たに導入する予定で、今後12~18カ月では10台の追加を計画している。
ルーメンタムは、半導体ファブレスの台湾ハイマックステクノロジーズと3Dセンシング分野で協業しており、ハイマックスは現在、VCSELなどの半導体レーザーとWLO(Wafer Level Optics)、レーザードライバーIC、近赤外イメージセンサー、3次元計測用アルゴリズムICなどを組み合わせた3Dセンシング製品「SLiM(Structured Light Module)」を量産する新工場を本社の隣接地に建設中だ。SLiMはスマホのフロント部分に搭載され、顔認証機能などに使用されるもよう。フェーズ1として当初月産200万個で18年1~3月期末から量産を立ち上げる。
また、半導体センサー大手のamsは17年3月、VCSELメーカーの米プリンストンオプトロニクスを買収した。これに伴い、これまで外部調達していたVCSELの内製化を目指し、17年10~12月期からシンガポールで6インチGaAsウエハーによる生産拡大に着手している。VCSELの増産に24カ月で1億ユーロを充て、19年から本格的に量産を立ち上げて、センシングソリューションをさらに充実させる。
今後の需要増は「アンドロイドスマホ」が握る
今後のVCSEL需要は、iPhone XだけでなくiPadなどにもFace IDの搭載を検討しているとされるアップルの製品化サイクル、アップルに続いてアンドロイド陣営がいつごろから顔認証機能を搭載するのか、3DセンシングモジュールにおけるVCSELとEEL(端面発光レーザー)の搭載比率などが影響するとみられる。
ルーメンタムによると、18年1~3月期は季節要因と顧客の製品サイクルによって3Dセンシングの需要が一服し、VCSELの売上高は6000万~8000万ドルへ、前四半期から1億ドル以上減少する見通しだ。iPhone Xの生産がピークアウトした影響だとみられる。ただし、アンドロイド端末向けにも今後3Dセンシングの需要が伸びてくる見通しで、6月までの受注残は堅調だという。17年7~9月期の決算カンファレンスでは、アジアの民生分野の顧客からEELを用いた3Dセンシング用の受注を3億ドル分獲得したと述べている。
また、ハイマックステクノロジーズは、新工場への投資額を8000万ドルから1.05億ドルへ引き上げた際、追加した2500万ドルでフェーズ2投資に向けた土地1haを追加取得している。同社では、18年末までにアンドロイドスマホの多くがステレオスコピック3Dセンシング機能を搭載するとみており、「フェーズ2への投資もすぐに必要となるだろう」と述べ、今後に高い期待感を示している。
電子デバイス産業新聞 編集長 津村明宏
まとめにかえて
iPhone Xで顔認証システムが採用されたことで需要が伸びたのはVCSELだけではありません。STMicroelectronicsは受信側でCMOSイメージセンサーや投光イルミネーター向け製品で多くの採用を獲得しています。また、送信側でもVCSELから発せられる光の向きや強さをコントロールするDOEやWLOと呼ばれる光学部品が採用されており、台湾のXietecやVisEra、さらにシンガポールのHeptagonが供給メーカーとして名を連ねています。今回、iPhone Xでは指紋認証を廃止し、顔認証を採用するという思い切った決断をしました。市場では賛否両論ある状況ですが、スマートフォンに限らず3Dセンシングは産業用検査機器や自動運転分野でも重要技術の1つです。仮にスマホがダメでも、伸びる余地は十分にあるといえるでしょう。
電子デバイス産業新聞