在米中国大使館が「最後まで戦う」と反発する一方で・・・
トランプ米大統領は3月22日、中国が米国の知的財産権を侵害しているとして、最大600億ドル(約6.3兆円)規模の中国製品に対し関税を課すことを目指す大統領覚書に署名しました。
米国は、通商法301条発動に向けた調査段階で、米企業は中国進出の際に中国企業への技術供与を強要されているとして、中国の不公正な貿易慣行を批判していました。今回の関税と投資制限は、中国の知的財産権侵害を巡るUSTRの調査をもとに、通商法301条に基づき発動されました。
余談ですが、通商法301条は、スーパー301条とも呼ばれ、日本にとっては苦い思い出のある法律です。外国による不公正な貿易慣行に対し、大統領の判断で一方的に関税引き上げなどの制裁措置が取れるというもので、日米経済摩擦が激しかったレーガン政権時代の80年代に頻繁に使われ、そのたびに日本の製造業は苦労させられたものです。
この通商法301条の発動に対して在米中国大使館は、米国との貿易戦争に「最後まで戦う」と強く反発して、崔天凱駐米大使は報復措置を示唆しました。真偽は未確認ですが、一部では、保有する米国債を売却するなどというエキセントリックな報道までされています。
また、中国の劉鶴副首相は24日に、ムニューシン米財務長官と電話会談して、米国が知的財産権に関する調査で貿易ルールを無視していると指摘し、中国は国益を守る準備ができていると伝えたと中国新華社通信は報じています。なにやら、米国と中国の貿易摩擦が、全面的な貿易戦争に移行しそうな勢いに読めます。
奇妙な点は、トランプ大統領が署名に当たる会見で、中国を「友好国とみなしている」とし、「中国と対話しており、交渉は継続中だ」と語っている点や、劉副首相も双方が「理性」を保ち、安定的な貿易関係を維持するため共に努力することが重要で、これを願っていると伝えている点です。
貿易戦争をしようというのなら、こうした配慮をするでしょうか? 外交はまさに、「テーブルの上で握手をし、下では蹴りあう」ものと言われますが、その通りかもしれません。今回は、大統領署名後に30日間の審査期間も設定され、中国側に反論する機会も与えられるなど、良く見ると微妙な内容でもあります。
トランプ大統領の真意はどこに?
米国が保護貿易主義に転換した場合、グローバル経済が停滞する方向に向かうことは衆目の一致するところです。
米国大企業の多くが世界的なサプライチェーンを構築し、とりわけ中国に製造拠点を置いて、そこで大規模に生産を行っていることは事実です。このところ企業業績では過去最高益を記録する企業が増えていますが、こうした好業績見込みの企業の多くが、広域に張り巡らされたサプライチェーンによる効率的な製造により利益を稼いでいるのです。
今回のような米国の高関税が適用されれば、中国企業のみならず、米国企業も電子部品、工作機械、建機など、広範な業種で企業業績にマイナスの影響が及ぶ可能性が高くなるでしょう。
また、米国の関税措置が広範囲に及べば、輸入物価の上昇を通じた悪性の輸入インフレを招くことも懸念されます。
2月の株価の波乱がインフレ懸念を背景とした金利の上昇も一因であったことを見れば、それが有効な政策とは到底思えません。トランプ大統領が苦労して実現した米税制改革による、景気押し上げ効果を減殺してしまうようなことになりかねません。既に前稿でも指摘しましたが、これでは政策の整合性が取れません。
確かに、発表内容は対中国ですが、トランプ大統領は不公正な貿易が米国の雇用喪失の主因との考えを改めて表明していることもあり、今回の策も秋の中間選挙を意識したものと見るべきではないかと筆者は考えています。
一部の米国大企業は税制改革の成立後、いわゆるレパトリ税制(米国企業の海外利益を米国内に還流させた場合に優遇税率を適用するというもの)を活用して、一部のサプライヤーを米国へ移転させると約束しました。たとえばアップル社は、米国で550億ドルの設備投資を行う計画だと発表しています。
こうした発表は、対中貿易赤字を指摘し、米国の雇用喪失に懸念を表明してきたトランプ大統領を喜ばせました。しかし、実際には、大企業の行動は現実を伴っていません。今回の通商法301条の発動は、行動の鈍い大企業へのトランプ大統領の苛立ちを反映し、大企業からの果実を得て中間選挙に臨もうとする内向きの政策とも読めるのです。
30日間の審査期間に、米中でどんな対話がされるのかと共に、米国内で大企業がどう反応するのか、注目しておきたいと思います。
ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一