春闘のベアが低調だった理由について、久留米大学商学部の塚崎公義教授が解説します。

春闘のベアは低調だった

春闘の集中回答日である14日が終わりました。昨年の春闘よりは良い数字となりましたが、政府が産業界に求めていた3%には遠く及びませんし、景気も好調で労働力不足も深刻化していることを考えると、決して満足のいく数字とは言えません。

内訳は、定期昇給分が2%弱で、ベースアップ分は1%に大きく未達だろうと思われます。つまり、春闘の回答は、ほとんどが定期昇給で、ベースアップはわずかだった、ということになります。

定期昇給というのは、サラリーマン社会が年功序列賃金制であることにより、サラリーマンの給料が上がっていくことを指します。

「去年より収入が増えるなら満足だ」という捉え方もあるでしょうが、年功序列のサラリーマン社会で、「1年先輩が去年もらっていた給料と同じだけもらえる」のでは春闘の意味がありません。1年先輩が去年もらっていた給料よりわずかだけ高い給料をもらえるだけでは、到底満足な賃上げとは言えないでしょう。

さらに言えば、サラリーマン全体としての収入はわずかしか増えないのです。最も給料が高い人が定年で引退し、最も給料の安い新入社員が加わるからです。これを反対から見れば、会社の人件費負担はわずかしか増えないのですね。

正社員は釣った魚だから給料は上がらない

日本企業は、終身雇用で年功序列賃金制です。若い時に会社への貢献より安い給料で働き、中高年になると会社への貢献より高い給料をもらいます。そうだとすると、正社員にとっては途中で退職すると貰えるはずだった高い給料がもらえなくなるわけで、退職のインセンティブが小さいわけです。

これを会社から見ると、春闘で賃上げをしなくても社員が辞める心配がない、ということになります。それなら釣った魚に餌をやるようなことをする必要はありません。

労働力不足を反映して非正規労働者の時給は上昇していますが、これは非正規労働者が「釣った魚」ではないため、時給を上げないと採用できず、既存の非正規労働者も他社に移ってしまうからです。正社員とは事情が違うのです。

「儲かってるなら賃上げしろ」は昭和の発想

昔の春闘では、賃金が上がっていました。バブルの頃までの日本企業は従業員の共同体であり、「株主には、資本金を出してくれたお礼として、ある程度の配当はしよう。それ以外は従業員に報いよう」というのが会社の基本でした。そうした時代には、「儲かったのだから賃上げをしろ」というのは「正当な」要求だったのです。

しかし、バブル崩壊後の長期低迷期に「グローバルスタンダード」信仰者が増えると、株式会社は株主が金儲けのために作った道具だから、儲かったら賃上げではなく配当すべきだ、と考える会社が増えました。そうなると、日本企業は横並び体質なので、儲かっても賃上げをしない企業ばかりになったのです。

終身雇用、年功序列賃金制、企業別組合といった日本的経営の根幹は比較的しっかり残っていますが、利益配分のところは発想が根本的に変化したと言えるでしょう。そこを理解せずに、昭和の発想で「儲かってるなら賃上げしろ」と迫ったところで、「どうして儲かったら賃上げしなければいけないの?」と怪訝な顔で聞き返されて終わりです(笑)。

余談ですが、「儲かってるなら賃上げしろ」と並んで「内部留保があるなら賃上げに回せ」という人もいます。それが的外れであることについては、拙稿『「内部留保」と「賃上げ」を語って恥をかかないための超入門』をご覧ください。

中途半端なグローバルスタンダードが賃上げを抑制

米国では、「利益が出たから賃上げする」という発想はありませんが、労働力不足になると「賃上げをしないと従業員が逃げてしまうから、賃上げせざるを得ない」というメカニズムが働きます。

米国の労働者は終身雇用でも年功序列賃金制でもないので、全員が「非正規労働者」のようなものであり、労働力不足になったら賃上げをしないと従業員が逃げてしまうからです。

日本の場合、中途半端にグローバルスタンダードを採用したがゆえに、賃金が上がりにくくなっているのですね。残念なことです。

同一労働同一賃金に近づくのは良いこと

中小企業の賃上げには望みがあります。大企業と異なり、年功序列賃金がそれほど明確ではないことに加え、そもそもの賃金水準が低いので、賃上げをしないと従業員が辞めてしまうリスクが大企業より大きいからです。

大企業でも、採用難から新入社員の初任給は上がっていくでしょうし、それにつれて若手社員の給料も上げざるを得ないでしょう。会社への貢献よりも少ない給料しかもらっていない人々の給料が上がるわけです。

一連の流れは、同一労働同一賃金に近づいているという意味では明るいニュースです。非正規労働者の時給が大きく上がり、中小企業も賃金が上がり、大企業も若手の賃金が上がり、大企業の中高年の賃金は上がらない、というわけですから。政府が旗を振るよりも、市場メカニズムの方が効果がある、というわけですね。

背景には労組の弱体化も

経営者が賃上げを行わずに済む理由の一つに、労組の弱体化も関係していると思われます。筆者は詳しくありませんが、非正規労働者のほうが正社員より組合加入率が低いでしょうから、非正規労働者が増えたことは一因でしょう。

ブルーカラーが減ってホワイトカラーが増え、各人の要求が多様化して労組が各人のニーズに合わせられなくなった、ということがあるのかもしれません。

いずれにしても、「賃上げしなければストライキをするぞ」と言ってくる労組が少ないということは、経営者にとって「賃上げしなくても構わない」と考える理由になるはずですね。

なお、本稿は厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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塚崎 公義