この地球上には無数の個人自営業者が存在していますが、日頃、途上国で働いていると、金融サービスの恩恵を受けられるか受けられないかで個人自営業者の人生に大きな分かれ目を感じる瞬間があります。
いまだ世界では途上国を中心として「不十分な金融アクセス」という大きな社会的課題がありますが、それに対し、従来、先進国中心に普及した金融ITイノベーションでどこまで対応できるのか、あるいはフィンテックなるものがどう抜本的なソリューションを提供し得るのでしょうか。
本稿では、個人自営業者向けのビジネスローンについて、その現状と将来像を考えてみたいと思います。
個人自営業者向けビジネスローンが圧倒的に不足する途上国
先進諸国では、金融機関における金融ITイノベーション、たとえばITを駆使した信用スコアリングモデルやIT会計等により、諸々の課題はあるにしても個人自営業者向けビジネスローンは相応に普及しています。
一方、多くの途上国では、いまだ金融ITイノベーション以前の状況です。たとえば、「フロンティア市場」と言われるミャンマーはキャッシュ依存経済で、信用創造や金融仲介機能が未成熟な段階にあります。
知り合いのミャンマー人の金融機関経営者から「ミャンマーは石器時代金融(Stone Age banking)だ」といったジョークを聞いたことがあります。半分冗談ではありましたが、それが現実なのかもしれません。
国際金融公社(IFC)の発表資料(2017年)によれば、世界の途上国全体で零細・中小企業(micro, small and medium enterprises, “MSME”)の資金ギャップ(潜在資金需要から融資残高を減じたもの)は5.2兆ドルで、6,500万事業者が資金面で障害があるとされています。
そのうち零細事業者(定義は従業員数4人以下)は7,000億ドル、5,600万事業者です。加えて、インフォーマル事業者(非登録事業者)には2.9兆ドルもの潜在資金需要があるとされています。つまり、潜在的に不足している資金はフォーマルな零細事業者とインフォーマルセクターを合わせて3.6兆ドルにも及びます。
解決策としてのマイクロファイナンスの限界
近年、世界各地で「マイクロファイナンス」の手法がクローズアップされ、ITを駆使したスコアリングモデルの導入も広がり、一定の役割を担っています。
しかし、マイクロファイナンスのビジネスモデルは、本質的には融資単価が小さいことからモニタリング・回収コストを賄うのに高コスト体質にならざるを得ません。
また、マイクロファイナンスによって、個人の生活や零細事業者の存続は救えたとしても事業として成長させるまでには至っていないのではないかとの議論もあります(マイクロファイナンスの世界も相当に深いので興味がある方は過去の研究論文などを参照していただければと思います)。
フィンテックの新たな試み
今、フィンテックを支える破壊的技術(disruptive technologies)の波は途上国にも押し寄せ、モバイルアクセス、インターネット、生体認証、ビッグデータ、AI等が活用可能な状態になりつつあります。
したがって、途上国においても今後は、先進国の金融ITイノベーションをそのまま途上国へ移転するのではなく、より大きな効果を得るべく、破壊的技術をベースとしたフィンテックをいかに駆使できるかが重要になってくるかと思います。
最もイメージしやすい技術が携帯電話とインターネットです。最近、フロンティア市場であるミャンマーでもスマホは急速に普及していますし、インターネットユーザー数は、2014年に200万人でしたが、現在は3,900万人超とも言われています。そして若者の多くはSNS、フェイスブック、オンラインゲームに夢中です。
最近ではP2P貸出事業者等が途上国でも認知されてきていますが、その与信審査は通常のスコアリング以外に、ビッグデータ分析を活用した将来の返済予測を試みています。
しかし、そのモデルやアルゴリズムがどれほど確かなのかはまだわかりませんし、某P2P貸出事業者では申込者の大多数が審査で却下されているようです。
結局、フィンテックといっても与信判断の妥当性がカギになってきます。この領域では、たとえば、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ内のベンチャー企業にDistilled Analytics社 がありますが、同社ではビッグデータ分析手法を活用した金融行動予測モデルを構築・検証しています。
また、零細事業者(や消費者)向け与信判断におけるAIの活用についても、多くの研究成果があります。今後、実務への適用を注視していきたいと思います。
金融の原点回帰の可能性
ビッグデータ分析やAIを活用した金融行動予測モデルといっても、結局、借入金の返済は人間がやることですから、時折、人間である個人自営業者がなぜ借金を返済するのかという素朴な疑問に立ち戻ることがあります。
やはり与信審査のカギは借入人が将来、多少の困難に直面しても返済を諦めずに努力し続けるかどうかです。それを担保するような貸出モデル、つまり従来の「厳格な審査」「不動産担保」や「第三者保証」などではなく、「社会的信用」や「絆」等をベースにした古臭い与信審査も再考の余地があるのではないかと直感しています。
特に、多くの途上国では、簿記・企業会計、信用情報システム、不動産登記制度、競売制度など、基本的な金融インフラが未整備です。結果、客観的な与信判断そのものが難しく、「担保主義」という不動産担保に過度に依存した金融慣行が蔓延せざるを得ない状況です。
そこでは従来型のITソリューションだけでは抜本的解決が難しく、不動産担保や保証に代わる何かが必要なのです。
今後のヒントになるような成功事例としては、たとえば徹底した支店への権限委譲によりコミュニティバンク化と高収益化を実現したスウェーデンのハンデルス銀行(1871年設立、従業員11,819人、総資産1.9兆クローナ、1クローナ=12.8円)があります。
また、日本にも興味深い事例があります。300超もの地元の職業別コミュニティをファシリテートしている第一勧業信用組合(1965年設立、従業員364人、総資産2,318億円)です。
将来の方向性としては、金融機関や新興フィンテック企業が顧客目線を持ったコミュニティの一員として、エコ・システムの一つとして存在するような環境作りが望ましいのではないでしょうか。いわゆる旧態依然のエゴ・システム(ego-system)からエコ・システム(eco-system)への脱皮です。
今後、個人事業者向けの貸出領域においても、フィンテックは伝統的な与信審査モデル(担保・保証重視、過去の実績重視等々)の単なる効率化ツールではなく、与信審査そのものを根底から変革させる起爆剤になるかもしれません。
フィンテックありきではなく、21世紀の新しい貸出モデル、それはもしかすると伝統的な金融の良さを残しつつ進化した新モデルなのかもしれませんが、それを支えるフィンテック、ビッグデータやAI等の破壊的技術の最適活用が求められてくるのだと思います。
そして、先進国、途上国に関わらず、金融機関の職員・貸付担当者は、コミュニティの一員として、過去の業績数値を吟味する財務分析力というよりは、未来志向の企画力、ファシリテーション能力、アドバイス力のようなものを求められるようになるのはないでしょうか。
大場 由幸