最近、注目が急上昇してきたワード、「裁量労働制」。事の発端は1月29日、国会答弁の裁量労働制における議論で安倍首相が反論した際、根拠としたデータに不備が見つかり、答弁を撤回したことが大きく報じられたことからでした。
そして先日、データの元となった調査結果に、異常値が実に117件もあったと発覚したことで、再び世間で大きく騒がれているのです。
ところで、そもそも裁量労働制ってどんなものでしょう? 「聞いたことはあるけど、内容はよく知らない」という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
メリットは? デメリットは?
裁量労働制とは、実際の勤務時間と関係なく、あらかじめ決められた時間を働いたとみなして、給与を支払う仕組みです。クリエイターなどを対象とする「専門業務型」とホワイトカラーを対象とする「企画業務型」が認められています。
生産性向上の観点から、労働時間を管理するよりは、その業務遂行の方法を従業員の裁量にゆだねることで、能力や成果を発揮できるように用いられることがあります。つまり、この制度の導入によって、一定の範囲内であれば労働者が主体的に仕事をコントロールできるのです。
一方で、デメリットとしては、時間内に仕事が終わらずに、時間外労働をした場合にも、基本的に残業代は支払われません。ただし、法定労働時間を超えた場合や、22時以降の深夜労働、休日出勤に関しては手当を支払う必要があります。
導入で得するのは?
仕事にやる気があり、能力のある人の場合、これまでの制度では非効率的だった部分などを自主的に改善できるため、生産率が向上します。また、自身の評価が適切になされるために、裁量労働制は働きやすい環境となり得るでしょう。
しかし、経営者サイドに裁量労働制が「悪用」された場合、実際の会社では、労働者に選択の余地はなく、ひたすら働かせ続けられるという悲惨なことが起きる場合もあります。
たとえば、多くの人の注目を集めたのは、ゲーム制作等を手がけるIT企業サイバードでの労働争議です。
実質「定額働かせ放題」になることも
Aさんは、2016年にサイバードに入社、専門業務型裁量労働制を適用され、1日10時間8分を「みなし労働」とし、ゲーム用ソフトウェアの創作を業務とすることになりました。ところが、「ゲームの体験イベントの開催」、「ゲーム宣伝用のサイトおよびSNS運用」など、裁量労働制が禁じられている仕事もさせられたりするなどして、時間外労働が100時間を超える月もあるなど、長時間労働を強いられました。しかし、どんなに働いても毎月の給料は変わらず、まさに「定額働かせ放題」という状況に陥りました。
当然ながら裁量労働制には一定の制限があるのですが、経営者側も労働者側もそうした制限をよく知らない場合も多くあります。こうした事情もあって、実際の運用では、「時間内であればいくらでも業務を任せられる」というように捉えられ、効率的に仕事をしたことで空いた時間にも、新たに業務を詰め込まれるというケースもあります。
なぜ導入が難しいのか
昨今では経営者・従業員の両者において成果主義の傾向が高まりつつあり、裁量労働制の導入を検討する企業も少なくはありません。しかし、導入する際、さまざまな点に注意しなければなりません。いくつか例を挙げましょう。
まず、対象とする業務は「自己決定が可能な業務」であるか? 事細かで具体的な指揮命令がある場合、本来のメリットである「主体的な仕事のコントロール」が難しくなってしまうためです。
みなし労働時間を何時間にするか? これは、これまでの業務において平均的な労働時間を設定するのが望ましいでしょう。みなし労働時間をそれよりも短く設定した場合、長時間労働・サービス残業の温床となってしまいます。
休日勤務や深夜勤務は原則として禁止しているか? たとえば、ある個人が進んで休日勤務や深夜勤務をした場合、その分、手当てを獲得でき、同じ業務を同じ能力を持つ人が時間内に労働した場合と比べて格差が生じてしまうからです。
さらなる議論が必要
裁量労働制では、従業員に対する評価の対象となるのは主に「仕事の成果」が中心となるため、仕事の成果をきちんと評価できるシステムが不可欠となります。評価と報酬の仕組みが賃金制度として整備されていなければ、裁量労働制において本来は得するはずの「能力のある人」も損をしてしまいます。
結果的に政府は、働き方改革関連法案に関して、裁量労働制の適用拡大の施行時期を延期しました。上でも述べたようなデメリットや導入の難しさといった観点から、「延期は適切だ」という意見もあります。いずれにせよ、議論のベースの部分で多くのミスがあった現状では、するっと話を通すのは難しいでしょう。さまざまなところでさらなる議論がなされ、対策を練った上で適用されるのが適切ではないでしょうか。
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