日本人の平均寿命の延びに対応する「トンチン年金」が人気
日本人の寿命がどんどん延びています。厚生労働省の「2016年簡易生命表」によると、男性の平均寿命は80.98年、女性の平均寿命は 87.14年で、前年と比較して男性は0.23年、女性は0.15年上回っています。
男性の平均寿命が80.98年というと、75歳の男性であれば「あと5、6年」と考えるかもしれませんが、それは誤りです。というのも、平均寿命とは「0歳の赤ちゃんが何歳まで生きたか」ということです。75歳までに亡くなった方を除くと、今、75歳の人の寿命はさらに長くなります。
ちなみに、2016年の簡易生命表によると、75歳の男性の平均余命は12.14年、75歳の女性の平均余命は15.76年となっています。
まさに人生100年時代が現実的になる中、注目を集めているのが「トンチン年金保険(以下、トンチン年金)」です。
日本生命が2016年4月「グランエイジ」を、第一生命が2017年3月に「ながいき物語」を発売、いずれも販売が好調です。これらの動きを見てか、2017年10月には太陽生命が「100歳時代年金」、同じく10月には、かんぽ生命が「長寿のしあわせ」と、トンチン年金を投入してきました。
トンチンとは、生き残った人が保険料を受け取ること
ところで、「トンチン年金」の「トンチン」とは聞き慣れない言葉です。トンチンとは、死亡保障を行わない代わりに、その分、生きている人の年金を大きくする仕組みのことで、17世紀にイタリア人の銀行家ロレンツォ・トンティが考案したことに由来すると言われています。
長生きすることは喜ばしいことではありますが、公的年金や企業年金の財源不足から、将来は十分な年金がもらえなくなりそうです。そうなると、長生きすれば生活費に困るというリスクがあります。トンチン年金は、これらのリスクに備えることができる保険商品です。欧米では「長寿年金」という名前でさまざまな商品が発売されています。
日本の保険会社の中にはトンチン年金について「死亡保障を行わず、返戻金を低く設定することにより、その分長生きした場合の年金の受取額を大きくする」とさらりと書いてあるところもあるのですが、ここでの大きなポイントは、トンチン性、すなわち「早く死んでしまった人の分を、生き残った人が享受する」という点です。
日本の生保会社のトンチン年金は返戻率が高く中庸的
長寿保険のトンチン性について、一見、「自分が払った分が戻ってこないなんて損だ」と思うかもしれませんが、保険とはそもそも、そういうものです。自動車保険は、保険料は掛け捨てで、万一事故を起こした人が多額の保険料を受け取ることができます。
それと同様に長寿年金も、万一85歳以上長生きしたら、その経済的リスクをヘッジするものと考えると、年金支払開始までに死亡した場合は死亡給付金が支払われない掛け捨てであることにも納得感があります。
その点で、長寿保険を利用する大きなメリットは、あらかじめリスクに備えておけば、長生きリスクに備えて貯金をしておく必要がないことです。大げさに言えば、長寿保険を利用することで、85歳から生活に必要な年金支払が開始されるなら、それまでに持っているお金を全部使ってしまってもいいのです。
そう考えることができれば、高齢者のタンス預金が世の中に出て経済が活性化することにもなるでしょう。また、高齢化社会でリスクがある人を中心にサポートする仕組みを整えるという点でも合理的です。
そう言うと、トンチンはなかなかいい仕組みのように見えますが、実際には欧米でもそれほど普及していません。というのも、前述したように「払った分が他人に渡るのは損」という考えが根強くあるからです。
米国などでは死亡保障を行わず、返戻金をかなり低く設定したものが主流ですが、逆に、返戻金を高くした商品のラインアップもそろっています。一般の人から富裕層まで、多様なニーズに応えようとしているわけです。
日本では「何歳まで生きれば取り戻せる」といった「損益分岐点」で語られることが多く、返戻率が高いメニューのほうが注目されています。ファイナンシャルプランナーですら「こっちの商品のほうが損益分岐点が早い」などと書いていますが、本来リスクヘッジの観点では、保険は「損益分岐点」で検討するようなものではありません。
返戻率を高くするためには保険料を上げるしかありません。このため、日本のトンチン年金は欧米の保険に比べて割高になっています。一人ひとりの保険料を安くし、リスクに備えるといった「トンチン性」は薄いと言わざるを得ません。若干、中途半端というか中庸的な印象があります。さらなる普及のためにはそのあたりが課題になりそうです。
上山 光一