今回は、農産物輸入自由化について、経済学的な観点から久留米大学の塚崎教授が解説します。

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TPPなど、貿易自由化の交渉は容易ではありません。農産物輸入を自由化すると日本の農家が困るからです。しかし、経済学者は農産物の輸入自由化を進めるべきだと主張しています。今回は、この点について考えてみましょう。

分業は双方の役に立つ

読者が一人暮らしだとします。隣人と「片方が食事を作り、他方が皿を洗う」という分業をしたら、お互いの生活が改善されますね。料理は1人分作っても2人分作っても、手間が2倍かかるわけではないからです。それだけではありません。料理が苦手な方にとっては、不味い料理を、しかも失敗しながら何度も作り直す必要がなくなるわけです。皿洗いだけではなく掃除もしてあげたい気分でしょう(笑)。

では、読者が料理も皿洗いも得意なスーパーマンだとして、それでも凡人と分業するべきでしょうか? 実は、そうなのです。読者が1時間かけて料理を3皿作り、1時間かけて皿を3枚洗うとします。1日2時間の家事で3皿食べるわけです。隣人は、2時間かけて料理を2皿作り、1時間かけて2皿洗うとします。1日3時間の労働で2皿食べるわけです。

では、2人が分業したら、どうなるでしょうか。読者は2時間かけて料理を6皿作ります。隣人は3時間かけて皿を6枚洗います。2人とも、家事に費やす時間は変化していないのに、2人合計の食事量は5皿から6皿に増えています。これを、たとえば読者が3.5皿、隣人が2.5皿食べれば良いのです。スーパーマンと凡人の分業でも、お互いの利益になるのです。実際には、分配を巡る交渉が難航を極めるかも知れませんが(笑)。

読者から見れば、隣人は料理も皿洗いも苦手に見えますが、料理よりは皿洗いの方が「まだマシ」です。そうした時には、隣人は超苦手な料理をせず、まだマシな皿洗いに特化すべきです。こうした考え方を「比較優位」と呼びます。

米国が農産物を、日本が工業製品を作って交換すれば良い

米国も日本も先進国ですが、得意分野は異なります。日本は土地が狭いので農業は苦手ですが、工業製品を作るのは得意なので、日本が工業製品を作って米国が農産物を作って交換すれば良いのです。

そのためには、日本が農家を守るための関税を引き下げ、米国が工場労働者を守るための関税を引き下げ、お互いが自由に貿易できるようになる必要があります。そのために自由貿易交渉が行なわれるのです。

中国から洋服を輸入し、中国に設備機械を輸出するべし

最近、中国が急激に技術レベルを上げていますので、怪しくなりつつありますが、ここでは「中国と比べると、日本は先進国なので、何を作っても日本が優れている」ということにします。それでも分業には意味があります。

洋服を作るのは、それほど技術が要りませんから、日本で作っても中国で作っても似たような物が作れます。一方、設備機械は高度な技術を要しますから、日本で作った方が遥かに良いものが作れます。日本は設備機械に比較優位があり、中国は洋服に比較優位があるわけです。従って、日本が設備機械を、中国が洋服を作って、貿易によって交換すれば良いのです。

一方的な農産物の輸入自由化でさえも、日本のためになる

自由貿易交渉は、「日本が農産物の輸入関税を引き下げて農家に泣いてもらう代わりに、米国に工業製品の輸入関税を下げさせて日本の製造業が輸出を増やして儲ける」「製造業が儲けて多額の税金を支払い、政府がそれを使って農家に補助金を出す」というイメージですね。

しかし実は、仮に外国が工業製品の輸入関税を引き下げなくても、日本経済のために一方的に農産物の輸入関税を引き下げるべきだ、というのが経済学の教えなのです。もちろん、交渉して下げさせた方が、より良いには違いありませんし、一方的に下げてしまうと相手国に「工業製品の関税を下げろ」と言いにくくなってしまう、といった交渉術の問題はありますが。

農産物の輸入を自由化すると、外国から安い農産物が輸入されます。そうなると、消費者は農産物を安く買うことができて、メリットを受けるのです。消費者は数が多いので、1人当たりのメリットは小さいですが、日本全体としてのメリットは大きなものがあります。

一方で、農家は失業してしまいますから、デメリットを被ります。しかし、そのデメリットはそれほど大きくありません。もともと高いコストをかけて農作物を作っていたので、高い値段で売っても利益は少ししか稼げていなかったからです。

あとは、失業の問題をどう捉えるか、です。主流派経済学は、失業の問題を重視しません。「失業者は、いつまでも失業しているのは損だと知っているから、給料の安い仕事でも引き受けるはずだ。いつまでも失業しているはずはないのだから、失業の問題は気にしなくて良い」と考えるわけです。

以上のように、主流派経済学は、農産物の輸入自由化を推進しようと考えていますが、政治家はそうではありません。そのあたりは、次回に。

なお、本稿は、拙著『経済暴論』の内容の一部をご紹介したものです。厳密性よりも理解しやすさを重視しているため、細部が事実と異なる可能性があります。ご了承ください。

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塚崎 公義