投信1編集部による本記事の注目点
- 東芝メモリの株式売却が、米ファンドのベインキャピタルを主軸とする日米韓連合にようやく決着しました。
- 韓国のSKハイニックスが単独企業では最大の3950億円もの拠出をしておきながら、今後10年間は株式議決権の15%超を持てないといった制約を本当に遵守するのか不安な面もあります。
- 今回の買収スキームにセット側の4社が加わったことを最大限活用して、業界デファクトが握れる半導体ビジネスを軌道に乗せてもらいたいものです。
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東芝メモリの株式売却が、米ファンドのベインキャピタルを主軸とする日米韓連合にようやく決着した。今後、すんなり事は進むかというと疑わしい。いまや敵対関係となった米ウエスタンデジタル(WD)との法廷闘争をクリアするとともに、新たに事業に参画することになる同業の韓国SKハイニックスらと将来のNAND事業のすり合わせを急ぐ必要がある。
日米韓連合には、ベインキャピタルのほかSK、東芝、HOYA、さらにアップル、デル、シーゲイト、キングストンの米4社が名を連ねる。スキームではここに銀行融資団も参加して総額2兆円の拠出を行うことで、東芝メモリの買収を成立させるというものだ。
しかし、この先様々な難題が待ち構える。SKが単独企業では最大の3950億円もの拠出をしておきながら、今後10年間は株式議決権の15%超を持てないといった制約を本当に遵守するのか不安な面もある。利害関係が複雑に絡んだ各社の思惑で、半導体ビジネスではことさら重要となる投資タイミングの判断を、適宜かつ迅速に行えるか疑わしい。この寄り合い所帯の政治的な調整に時間を割いている間に、本来の需要を踏まえた投資や次世代への研究開発の議論を十分尽くせるか心配だ。
何よりWDと係争している法廷闘争の解決を急ぐ必要がある。仮に裁判所から株式売却の無効を言い渡されれば、この買収スキームそのものが瓦解しかねないからだ。互いに拳を突き上げた状態では、双方共倒れになることだけは間違いない。
セット視点からの開発に切り替える
しかし、ここで注目したいのは、東芝メモリに出資するアップル、デル、シーゲイト、キングストンという4社の顔ぶれだ。いずれも東芝メモリが製造するNANDフラッシュの主要な顧客になりえる。WDから見れば、SSD/HDDなどのストレージでライバル関係にあるシーゲイトの参画には、はらわたが煮えくり返るほどであろうが、東芝メモリにとってはこうした優良な顧客との関係を最大限活用するべきだ。
デルもストレージを手がけており、その存在感は何より大きい。ある意味、スマートフォン(スマホ)中心のアップルよりも、今後はIoT時代を控えて、急成長している高性能・大容量データストレージ向けのSSDが大量に必要となっており、そのビジネスに絡んでいるのが、このデルだからだ。デルというとPCのイメージが強いが、昨年大きな買収を完了していることを思い起こしてもらいたい。
デルは昨年に当時ストレージ業界大手であった米EMCを670億ドル(2年前の発表当時)という巨額を投じて手に入れた。AIやビッグデータ処理には欠かせないハイエンドサーバーに搭載する、大容量で高速のストレージとなるSSDが大量に必要になるからだ。
今後は、ますます大容量化や高信頼性が要求されてくる次世代ストレージ開発で、主要顧客と密接に打ち合わせして、コアデバイスであるNANDへのフィードバックを行い、完成度の高いチップの開発スピードを引き上げていくことが重要だ。長期の視点に立ち、顧客側と次世代開発ロードマップをすり合わせて、チップ開発に生かせるメリットは計り知れない。
足元のNAND需要の逼迫も、実はスマホが本格需要期に来ているからではなく、このデータストレージ向け高性能SSDの存在があるため、中長期的に安定して伸びることを顧客や関連業界は見抜いているからだ。このため、そのコアデバイスのNANDを展開する東芝メモリを巡り、激しい争奪戦が行われた。WDも必死になって自分たちの陣営に取り込もうとしたのだ。逆にWDのライバルメーカーたちが東芝メモリの買収事業に加わったことで、WDは居ても立っても居られないという状況だろう。
サムスン電子のNAND事業の飛躍も実は、社内にスマホやPC事業のセットの存在があったことが大きいと言われている。特に最新の3D-NANDで独走したのは、立ち上げ当初に自社のパソコン製品に組み込みながら耐久性など試行錯誤を重ね、徐々にメーン顧客の信頼を勝ち取っていったからだとも言える。東芝メモリは今後、先のセット4社とチップからセットまでの仮想的な“垂直統合”を実現して、サムスン電子に対抗するのも手だ。
WDとの和解に注力する
一方、猛り狂っているWDの怒りを抑えるのは並大抵ではないだろう。しかし、自分たちも東芝を追い込むような強硬策を全面展開してきた反省をしなくてはならない。訴訟ですべてを解決できないことぐらい、日本通を自任しているミリガンCEOなら理解できるはずだ。
いま一度、両者は冷静になり、和解のテーブルの席についてもらいたい。東芝側も足元を見られていろいろと翻弄されてきた部分はあるようだが、できるだけWD側の“不安”を取り除く努力をすることが急務になる。難しい交渉事になるだろうが、敵はお互いではなく、別のところにあり、過去の確執を捨てないと両社に未来はないのである。
互いに決定的なダメージを防ぐには、良識的な判断のもと折り合うしかない。WDにとっても強硬策に走るだけが能ではないはずだ。サンディスクの時代から築き上げてきた東芝とのアライアンスは何物にも代えがたい。サムスンの独走を許す前に大同団結するしか、両社にとっても残された道がないように思う。しかもできるだけ早く和解しないと、サムスンとの競争力の差がますます開いてしまう。
サムスン独占阻止でSKと共闘
確かに一部では、韓国のSKハイニックスとの資本提携を視野に入れた協業に異議や懸念を抱くのも致し方ないところだ。14年に、東芝からNANDの重要な微細化の製造技術が違法に持ち出されたとして、一時は訴訟にまで発展している。最終的にはSK側が和解金(3億ドル弱)を支払うことで和解した経緯もあって、今後の提携に関しても本当に大丈夫なのか、という疑念が出てくるのも仕方がない。しかし、そこは過去のことと割り切って、前進するしかない。次世代のMRAMでも提携を続けており、この種が早晩大きな実を結ぶことも期待したい。
何よりSKもNAND事業への投資を拡大しており、先端の3Dでも開発を強化中だ。現在、清州で3Dの新棟建設を本格化しようとしており、立ち上げ時期も当初計画より半年ほど前倒しして18年下期に引き上げている。役割分担次第では、サムスン電子に先行されている投資競争で巻き返せる可能性は高い。
奇しくも東芝メモリが新体制で発足しようとする2017年は、東芝がNANDフラッシュを発明して30周年。東芝メモリの今後は依然難題が山積みだが、新たな多国籍軍で将来の道を切り開くしかない。今回の買収スキームに、セット側の4社が加わったことを最大限活用して、業界デファクトが握れる半導体ビジネスを軌道に乗せてもらいたい。その暁にはNAND事業でサムン電子の背中を追い越しているかもしれない。
電子デバイス産業新聞 副編集長 野村和広
投信1編集部からのコメント
今回の東芝の一件は、多国籍チームということでコミュニケーション面に今後も相応のハードルを残すかもしれません。ただ、対サムスンという構図では一定の評価はされてもよいでしょう。とはいえ、これまでパートナーであったWD(サンディスク)との話し合いは今後も必要で、そのリスクを残しつつの船出となります。
一方で、日本企業が各グローバルプレーヤーをマネージするという、これまた大きな宿題が突き付けられてもいます。これまで、半導体への投資はトップダウンで一気に遂行するというのがサムスンの対日本メーカーへの必勝パターンでした。過去起きたことが未来も起きるのであれば、今回の構図も不安がないわけではありません。
電子デバイス産業新聞×投信1編集部
電子デバイス産業新聞