2017年のノーベル経済学賞はシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が受賞しました。投資家の不合理な行動の研究業績が認められた同教授ですが、活況が続く株式市場については「謎だ」としており、お手上げのようです。
そこで今回は、その“謎”を解く手がかりとなりそうな3つのポイントを整理してみました。
セイラー教授、株高は「理解不能」
セイラー教授は活況が続く株式市場について、「株式市場は油断している様子だ。私には理解できない」と述べ、リスクに対する警戒心が薄れているのではないかと警鐘を鳴らしています。
セイラー氏の受賞理由は行動経済学への貢献ですが、投資家の心理的特性を重視する行動経済学では、投資家の行動は必ずしも合理的ではないとする“限定合理性”の立場をとっています。たとえば、自己管理の欠如や損失への恐怖が、長期的には不適切な結果をもたらすことが指摘されています。
投資家心理がマーケットに与える影響を研究し尽くしたセイラー氏をもってしても、現在の市場のボラティリティー(変動性)の低さや、投資家が抱き続ける楽観論にはとまどいを隠せいないようです。
最高値更新でも投資家は“弱気”
とまどいを隠せいないのはセイラー氏ばかりではありません。ウォール街でもトップクラスのストラテジストとして有名なゴールドマン・サックスのデビット・コスティン氏もその一人です。
コスティン氏の2017年末のS&P500株価指数の予想は、昨年12月時点の2300から現在は2400に引き上げられていますが、それでも10月13日現在の2553よりも6.0%も低い水準です。
コスティン氏は弱気の理由として、米連邦準備制度理事会(FRB)による金融政策正常化や政治的な不透明感などとともに、株価収益率(PER)の高さを挙げており、バリュエーションから見て現在の株価は正当化できないとしています。
では、なぜ株価の上昇が続いているのでしょうか。コスティン氏の説明は、行動経済学者であるセイラー教授にとっても興味深いかもしれません。
コスティン氏は現在の強気相場を“悩める強気”と表現しています。同氏によると、株価上昇にもかかわらず、投資家心理は“弱気”であることが相場の調整を難しくしていると指摘しています。
全米個人投資家協会(AAII)が週次で公表しているアンケート調査によると、今後6カ月の株式市場について“強気”と答えた投資家の割合は、年初から10月12日までの平均値で33.5%と過去平均の38.3%を下回っています。同様に、“弱気”は32.0%と過去平均の30.3%を上回っています。
コスティン氏は、相場の調整役として、「ユーフォリア」とも呼ばれる“過度に楽観的”な投資家心理の必要性を説いています。実は投資家が弱気であることが相場の調整を遅らせているという見方には、セイラー教授も納得かもしれません。
ボラティリティーの低下に違和感、金融政策正常化を注視か
セイラー教授は、「世界的に非常に大きな不確実性が存在する局面で信じられないほどボラティリティーが低いというのは謎だ」と述べており、株高と同時にボラティリティーの低さにも違和感を持っているようです。
ボラティリティーの低さには、2013年にノーベル経済学賞を受賞したイエール大学のロバート・シラー教授も懸念を示しています。
シラー教授が独自に開発した景気循環調整後の株価収益率(CAPE)は現在、1929年の株価暴落前の水準に肩を並べようとしています。同教授は、過去の株価急落前の特徴として、高いCAPEと低ボラティリティーの組み合わせを挙げており、現在がまさにその状態にあると警告を発しています。
ボラティリティーの低下には世界の中央銀行による緩和的な金融政策が一定の役割を果たしてきたと考えられています。
しかし、最近ではFRBがバランスシートの縮小を開始したほか、欧州中央銀行(ECB)も昨年12月に資産購入額の縮小を決定しており、近い将来に更なる縮小に動くと見られています。また、日銀も昨年9月に目標を量から金利に切り替え、資産の購入量は減少傾向にあります。
このように、世界の中央銀行が量的緩和政策からの出口へと向かっていることで、中銀の抱える資産残高の伸びが鈍化しており、近く減少に転じる見通しとなっています。こうした出口政策の影響により、ボラティリティーが上昇を始めるのかどうかが注目されます。
米株価は必ずしも米景気を反映していない
米株高の背景には税制改革への期待があるとの指摘も少なくありません。しかしセイラー氏は、トランプ政権の混乱を見れば「投資家はその実現を信じられなくなっているはずだ」と述べ、減税への期待が株価を押し上げているとの見方を一蹴しています。
セイラー氏は買い材料が見当たらない中での株高に疑問を投げかけていますが、この疑問に対する答えとしてはドイツ銀行の指摘がヒントになるかもしれません。
ドイツ銀行が2015年のデータを用いて調べたところ、米国内の雇用者のうち製造業が占める割合は14%に過ぎませんが、S&P500構成企業の利益のうち68%が製造業からとなっています。その一方で、雇用の86%を占めるサービス業の利益は32%にとどまります。
これは、企業利益は海外との取引に大きく依存していることを示唆しており、特にドルの価値と原油価格が企業利益と密接に結びついていると指摘しています。
米株価は必ずしも米景気を反映しておらず、むしろドルや原油の動きに左右されており、最近のドル安や原油高が米株高を正当化しているのかもしれません。
したがって、米経済が困難に直面していたとしても、ドル安と原油高が続く限りは企業利益を確保できる可能性がありそうです。一方、ドル高と原油安となった場合には、米景気が好調だとしても企業業績が落ち込む恐れがありそうです。
LIMO編集部