アジア地域内各国の成長見通しを国別に見ていく第5回目は、古くから日本とビジネス上の関係が深いタイを取り上げます。

ASEANおよびメコン経済圏の中心

ASEAN第2位の名目GDP※を持つタイは、外国資本を積極的に導入することで経済発展を遂げてきた国です。そのASEAN内では、既にAEC(アジア経済共同体)が2015年末に発足し、「単一の市場、単一の生産基地」をスローガンとして、経済的な統合に一歩を踏み出しています。

※ IMF - World Economic Outlook Databases 2017年4月

ASEAN10カ国は総人口6億2000万人を擁する巨大市場です。市場の統合を前提とすると、長期的な視点ではタイを中心としたグレーターメコン圏がASEANの中心的な役割を果たしていくと予想されます。日本企業にとっても、タイはビジネス上の関係が古く、緊密であることに加え、メコン経済の中心に位置する国として重要な投資先であり続けるでしょう。

ちなみに、日本の対タイ直接投資額は、2015年に493億円と全体の約30%を占め(タイ投資委員会データより)、タイへの外国直接投資国として日本は第1位です。

政治経済上の懸念点は?

ただし、海外からの投資を背景に堅調に成長してきたタイですが、ここ数年を見ると、大洪水や政治的な内部対立、それを収拾する軍事クーデターの発生などの背景から、経済の成長力は鈍化していると言わざるを得ません。

当面の懸念は、海外要因としては、トランプ政権下で米国の通商政策が保護主義的な方向に傾くかどうかや、米FRBの追加利上げに伴うアジアをはじめとする新興国からの資金流出などがあります。特に、日本企業の進出ぶりにも見られるように、タイは製造業、特に自動車産業にとっては一大生産拠点であり、輸出の増減はタイ経済の成長に大きく影響するのです。

また、国内要因としては、2018年後半に予定されている総選挙の実施と軍事政権からの民政移管という大きな課題があります。長く続いたタクシン派と反タクシン派の対立は、タイ国内に深い対立と溝を作りました。この対立は、軍政下で見かけ上は収まっているものの、なお国民の間で燻り続けています。

高い人気を誇ったプミポン前国王も憂慮され解決を望まれたこの本質的な問題に、王位を継承したワチラロンコン新国王の治世のもと、次の政権がどう解決への糸口をつけていくのかが注目されます。万が一、民政移管や総選挙の実施にあたっても混乱が生じれば、新国王の求心力に疑問符がつくような事態もないとは言えません。

前国王逝去でも経済の底割れは避けられている

経済的には強弱両方の要因があるなか、景気は下支えされています。2016年10月13日のプミポン前国王逝去により、タイ国内は服喪期間に入りました。このため、企業は大々的な販促イベントを自粛、消費者にも娯楽消費を手控える動きが広がり、消費は抑制されました。

また、タイへの旅行客が、違法に運営していた中国系旅行会社への取締り強化により減少するなど、内外消費需要の低下要因から、タイ経済の景気減速が懸念されました。

一方で、タイ政府が昨年末に実施した所得控除策や農業生産高の改善による所得増加はプラス要因として働き、タイ経済は底割れすることなく、2016 年通年の実質GDP 成長率は+3.2%と、直近4 年間では、最も高い伸びとなりました。

タイ経済そのものは、2017 年はけん引役不在で成長は加速せず、成長率は昨年と同水準の+3.0%台半ば程度にとどまるとの予想が多く見られます。国家経済社会開発委員会(NESDB)も、2017 年のタイ経済の成長率見通しを+3.0~4.0%と発表しています。

タイ経済の今後の見通しは?

しかし、力強さには欠けるものの、タイ経済が上向く要因は多いと筆者は見ています。

その理由の一つは国内消費です。服喪による民間の消費や行楽の自粛ムードも、喪明けをにらんで動き始めていますし、消費者のマインドは既に上向きに転じて経済活動は徐々に正常化に向かうと考えられます。外国人観光客の回復も期待できる状況です。

二つ目には、地方振興策を軸とする総額1,900 億バーツ(約6,200 億円)の補正予算など政府支出による景気刺激策の効果が現れると予想しています。

農業生産も、2016年はエルニーニョ現象の悪影響で落ち込みましたが、今年は順調な生育と昨年比での反動増が見込まれ、これにより農業所得の回復傾向は一段を鮮明になると予想しています。さらに、米国経済の堅調に支えられた先進国経済の緩やかな改善が、需要増としてタイからの輸出の増加基調を支えています。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一