8月15日は「終戦の日」
8月15日は「終戦の日」です。1945年8月14日に日本政府がポツダム宣言(連合国による日本への無条件降伏要求)の受諾を決定し、翌8月15日の正午から昭和天皇の玉音放送により降伏が国民に告げられたことをもって終戦の日としています。ここで改めて言うまでもなく、この8月15日、終戦の日は日本の歴史にとって極めて重要な日です。
様々な意見はあるでしょうが、終戦の日を境に、ほとんど全ての日本人がそれまで持っていた価値観、考え方、信念などが一気に崩れ去り、予想だにしなかった出来事に直面しました。多くの人が絶望して戸惑ったはずです。しかし、そうした先人達の血の滲む努力により、日本は焼け野原から立ち直り、世界有数の経済大国になったのです。
18~19歳の14%が終戦の日を知らないという調査結果も
8月15日は、先の大戦で亡くなった多くの人々の冥福を祈ると同時に、人生観・世界観が根本から崩れながらも祖国再建に尽力した先人たちに感謝する日でもあるのです。その意味において、8月15日は決して忘れてはならない重要な日でしょう。
しかし、最近NHKが行ったアンケート調査によると、18歳と19歳の14%が「日本が終戦を迎えた日を知らない」と回答しています。つまり、8月15日が終戦の日であることを知らないということです。これは大きな驚きですが、終戦の日が風化されることは絶対にあってはならないことです。
同じ8月15日に起きた「ニクソンショック」
前述したように、終戦の日を境に、それまで一切の疑いを差し挟むことなく信じていた価値観・世界観がガタガタと崩れ去り、日本国民は茫然自失になりました。
実は、世界の金融市場でもこれと同じようなこと、つまり自分が信じ込んでいたことが一夜にして崩れ去り、茫然自失となったことがあったのです。それが「ニクソンショック」と呼ばれる、米国政府によるドルと金(ゴールド)の兌換停止です。
そして、そのニクソンショックが起きた(当時のニクソン大統領により発表された)のは、何と1971年8月15日(現地時間)なのです。日本時間と現地時間の差はありますが、同じ8月15日に起きたのは単なる偶然なのでしょうか。
ニクソンショックは金融市場の“ガラガラポン”
“米ドルと金(ゴールド)の兌換停止”と言っても、全くピンと来ない人も多いでしょう。しかし、当時は天と地がひっくり返るような大事件でした。
ザックリ言うと、ニクソンショック発生前までは、世界では事実上の「金本位制度」が敷かれており、その金と兌換(交換)できる唯一の通貨が米ドルでした。米ドルさえ持っていれば、米国政府がいつでも「1トロイオンス=35ドル」の固定レートで、世界中で使用可能な通貨である金(ゴールド)に交換してもらえたのです。
それゆえ、米ドルは世界の基軸通貨としての地位を確立していたのですが、“もう政府の金保有高がないので、明日から米ドルと金の兌換は行いません”となってしまいました。
多くの市場参加者が茫然自失になったことは想像に難くありません。まさしく、その26年前の「終戦の日」と同じように、人々の価値観・世界観がガラガラポンになったと言えましょう。
ニクソンショック以降、米ドルは最大で54分の1まで下落
ニクソンショックにより米ドルが暴落したのは言うまでもなく、日本を含めた多くの国が、それまで採用していた固定相場制度から変動相場制度へ移行しました。
そして、変動相場制度への移行に伴い、為替相場の変動がその国の経済に大きな影響を与えることになり、今日に至っています。ニクソンショックが世界経済に与えた影響は極めて甚大だったと考えられます。
ちなみに、現在の金価格は1トロイオンス=約1,280ドルですが、2011年には一時1,900ドル前後まで高騰しました。単純計算では、ニクソンショック以降の米ドルは最大で54分の1まで下落し、現在も36分の1に落ちたままなのです(ニクソンショック発生前との比較)。
米ドルにとっての8月15日
8月15日は日本にとっての終戦の日であるのと同時に、米ドルにとってもある種の”終戦の日”と言えるかもしれません。一方、ニクソンショックで暴落したにもかかわらず、米ドルは今でも世界の基軸通貨です。不思議と言えば不思議なのですが、結局は、米ドルに代わる基軸通貨が登場してこなかったということでしょう。
米ドルがいつまで基軸通貨としての役割を果たすのかにも注目したいところです。
LIMO編集部