2022年9月12日に行われた、サイボウズ株式会社とキャピタル・グループの面談内容を書き起こしでお伝えします。

スピーカー:キャピタル・グループ
サイボウズ株式会社 代表取締役社長 青野慶久 氏

事業内容について

キャピタル・グループ:サイボウズのビジネスについて、教えてください。

青野慶久氏(以下、青野):シンプルに言いますと、クラウドサービスを提供する会社で、企業向けに情報共有のサービスを提供しています。

もう少し具体的に言いますと、aPaaS(アプリケーションプラットフォームアズアサービス)というアプリケーションの開発基盤を提供しており、サービス名は「kintone」と言います。競合として、アメリカの企業では「Airtable」「Smartsheet」「monday.com」などと同じ分野です。

インフレ特別手当支給の背景について

キャピタル・グループ:インフレ対策として従業員に一時金を支給することを発表されましたが、なぜそうしたのですか。

青野:インフレ特別手当については、アメリカの動きを見て思いつきました。アメリカではインフレ率が高かったため、例えばマイクロソフトなどのIT企業が賃上げをするといった内容のニュースが流れてきました。

日本でも同じようにインフレの動きが少しずつ加速し、アメリカほどではないにしても、スーパーマーケットに行くと物の値段が上がっていることを実感しました。それを受けて、私たちもやるべきではないかと思いました。

キャピタル・グループ:他の企業もサイボウズに続いて対策を取っているのでしょうか。

青野:ほとんど追随する動きはありません。まだまだ日本企業は賃上げに対して消極的だと思います。

国内外における採用活動について

キャピタル・グループ:日本の労働市場について聞かせてください。日本で優秀な人材を確保するのは難しいと感じますか?

青野:そうですね、特に日本の場合は少子化が進んでいるため、若い人材の採用が本当に年を追うごとに厳しくなっていると感じています。

キャピタル・グループ:優秀な人材を惹きつけるための戦略は何ですか? どのようにして欲しい人材を惹きつけるのですか?

青野:日本での採用では、給料だけではなく働き方の柔軟さも含めて、魅力的な職場を作り、採用力を上げることに取り組んでいます。また、リモートワークが当たり前の環境になっている中で、海外での採用を求めて、最近ではベトナムやアメリカなどグローバルでの採用を進めています。

キャピタル・グループ:そのほか、欲しい人材を惹きつけるために行なっている工夫は何ですか?

青野:基本的には、要望があればすべて検討する、というスタンスを採用しています。働く時間や場所、仕事の内容もそうですが、自分で職種を選ぶこともできます。例えば、今まで営業をしていたけれども、技術に興味を持った人がいたとして「SEをしたいです」と希望されて、受け入れ部署が「YES」と言えば異動を止めることはしません。

職種も含めて自分で選ぶことができるようになっており、どのような価値を提供するかは本当に人それぞれです。私たちは「100人100通り」と言いますが、一人ひとりの個別の意見を聞きながら、できるところはすべて対応していくスタンスです。

雇用形態について

キャピタル・グループ:御社で採用をかける方々は、いわゆる普通の会社でいう正社員のような社会保険などの福利厚生が100パーセント入ったかたちなのか、それとも契約社員や業務委託などのフレキシブルなかたちなのでしょうか?

青野:その点については非常にフレキシブルで、どのような雇用契約にするかは相手と対話しながら選んでいきます。

コーポレートカルチャーについて

キャピタル・グループ:御社のコーポレートカルチャーとして、経営陣の考え方も非常にフレキシブルで、イノベーションを起こすという視点が浸透していると思います。しかし、日本でビジネスを行っていく上で、フレキシブルやイノベーションの視点を追求していくことは難しいことのように見受けられますが、いかがでしょうか?

青野:イノベーションを私たちはそれほど重視していないかもしれません。イノベーションを起こすことを目的とした組織ではありませんし、どちらかと言いますと、一緒に集まっている一人ひとりのメンバーが幸せに働けるかどうかに重点を置いています。

私たちのこだわりは、幸せな働き方を社会に広められるかどうかです。その結果として、フレキシブルに働くことでみんなが幸せになれると思ったため、現在のかたちを推進しているという感覚です。

キャピタル・グループ:つまり、御社はイノベーションを起こそうと取り組んできたわけではなく、そのような会社での環境を作ってきた結果として、現在のようなイノベーションが生まれているのでしょうか?

青野:おっしゃるとおりです。イノベーションは目的ではなく手段であり、私たちが楽しく働くために、イノベーションが必要であればイノベーションを起こすという優先順位で考えています。

日本におけるDXの遅れについて

キャピタル・グループ:日本におけるDXの現状をどうみていますか?

青野:私は子どもの頃からずっとコンピューターが好きでしたが、日本は本当に30年間以上ずっとプログラミングを学ぶことなく、デジタルに遅れ続けてきました。しかし、テクノロジーがこの状況を変えようとしています。

すでにプログラミングをしなくてもシステムを作れる時代が来ており、「kintone」もそうですが、ローコード、ノーコードという、コーディングをしないでシステムを構築できる時代になっています。これにより、この国でもようやくデジタル化、DXが進むと期待しています。

効果的なデジタル改革方法について

キャピタル・グループ:今のお答えに関連するかはわかりませんが、日本でDXを進め、デジタル改革していくことは、他の国に続いていく、あるいは近いところまで持っていく、前進させていくという、おそらく今の日本政府が1つのプライオリティとして考えているところでもあると思っています。

どのようなことをするのが改革という意味で効果的なのか、例えば政府から何をすべきかアドバイスを求められたら、何と答えられますか?

青野:「このノーコードというツールを徹底的に活用してください」とお答えします。実際にそれを行ってきており、例えば東京都では、私たちの「kintone」が大規模に導入され、エンジニアではなく、の都職員がノーコードのツールを使ってシステムを作ろうとしています。

画面をお見せしますが、こちらは先週の金曜日に開催し、反響があった東京都主催のトークセッションです。右側にいらっしゃるのが東京都の小池都知事です。左側が宮坂副知事、中心が私です。都で取り組んでいるシステム構築の動きを、東京の首都自治体、市区町村にも広める活動をすでに進めています。

キャピタル・グループ:実際に見てみなければ理解が難しいのですが、ノーコードとはどのようなものでしょうか?

青野:お見せできるイメージを共有させていただきます。こちらが今開発している画面です。プログラミングを書くのではなく、データベースを設計して設定するだけでアプリケーションが作れ、それがスマートフォンからすぐアクセスできるというものです。

私が聞いた話によりますと、この40年間で、世界で5億のシステムが作られてきたそうですが、ノーコードのツールが開発されたことにより、同じ5億のアプリケーションが5年で作られると言われているそうです。それほど、ノーコードはシステム開発を多くの人に広げていく、大衆化するものだと思っています。

競合製品について

キャピタル・グループ:競合はどこですか?

青野:大企業ではマイクロソフトの「Power Apps」、セールスフォースの「Lightning」などがあります。ベンチャーでは、先ほど挙げた「monday.com」「Airtable」「Smartsheet」などが競合製品です。

今後の日本のデジタル化イメージについて

キャピタル・グループ:5年後の日本のデジタルインフラはどうなってると思いますか?

青野:先ほどお伝えしたように、日本にはプログラマーがいないという事実があります。その一方で、長期雇用という文化があるため、社内に業務に詳しい人材がたくさんいます。これが今後の日本にとって強みになると思います。

ノーコードのツールがあったとしても、業務をわかっていなければシステムを作ることはできません。長期雇用で現場の業務をよく理解している彼らが、ノーコードのツールで開発者に代わることで、欧米にも負けないデジタル国家ができるのではないかと期待しています。

リスクヘッジの考え方について

キャピタル・グループ:会社の文化を変えるというところにどうしても戻ってくるのだと思いますが、先ほどからのお話でも、社風の関係で非常に柔軟性を持っており、最終的にそれがイノベーションにつながってくることもある、ということでした。

会社での文化、働きやすさを追求していったとき、やはり何かしらのリスクを取ってこそ人や会社の成長につながると思います。一人ひとりが自分の能力のベストを出していくためには、リスクも取りやすいような環境でなければならないと思うのですが、そちらについてはどのようにお考えですか?

青野:難しい質問ですが、リスクを取るのが得意な人もいれば、苦手な人もいると思います。全員に対してリスクを取ってチャレンジしなさいと言うつもりはありません。それは私たちの、まさに“One By One”の100人100通りの考え方に反します。

リスクを取りたい人が取りやすく、取りたくない人は取らなくて済むようにしていきたいと思っています。そこで対立するのがよくある組織ですが、対立しないようオープンに議論することを大切にしています。「リスクを取っても取らなくてもよいが、議論はする」というところが大事にしているポイントです。

経営陣の階層構造について

キャピタル・グループ:会社全体の組織図の中で、経営陣の階層が何層程度に分かれているか、どの部分がどこに対してレポーティングラインを結んでいるのかなど、そのような部分についてお話しいただくことはできますか?

青野:会社の階層構造は、他社とまったく変わりありません。社長、本部長、部長がいるという構造です。ただし、権限が違います。先ほどもお伝えしたように、社員一人ひとりが働く時間や場所、職種まで選ぶ権利を持っており、人事が指示することはできません。

それと同じように、例えば私は社長ですが「この製品を作りなさい」と言う権限も、営業に対して「このように売りなさい」と言う権限もありません。それぞれの部署で議論しながら決めていきます。階層構造は同じですが、権限の渡し方が違うという組織になっています。

コーポレートカルチャーの変化について

キャピタル・グループ:会社のカルチャーが代わり、働く人々の生産性にどんな影響がありましたか?

青野:私が社長になったのは2005年ですが、それから2年間、多くの失敗をしました。9社のM&Aを行い、業績も悪化し、離職率も大変高く、本当に大失敗の2年間でした。

そこで社長を辞めたいと思いましたが、なかなか辞めさせてもらえず、私はマネジメントの方法を根本から変えるしかなかったのです。自分に能力がないことがわかったため、社員の話を聞きながらマネジメントするという、今のスタイルに徐々に行き着きました。

文化を変えたことによるリターンの定量化について

キャピタル・グループ:なにかしら会社の文化を変えたことによりリターンが出てきたら、それを例えば生産性の向上についてどのくらいのリターンがあったというように定量化することはできますか?

青野:定量化はしていません。

求められる人材の特徴について

キャピタル・グループ:先ほどの採用のお話を聞いて、御社はおそらくいろいろなスキルを求めており、いろいろな人を採用することが現在の御社の柔軟性を作り出しているのではないかと思いました。

新卒の方々もけっこう採用しているだろうと思うのですが、学校から突然出てきて職場に入る時に、まだテクニカルの部分のスキルや人としての社会経験が少ない人も多くいます。このような人としてのソフトの部分のスキルが足りない人もいることを考えた場合に、今求められる人材はどのようなものだと思いますか?

また、学校や大学、学生に対して、このような人材が育ってほしいというお話をできるとしたらどのようなお話をしますか?

青野:こちらの画面は、私たちの企業理念です。学生に求めるものがあるとすれば、画面一番右側の「自分で自分のことを決めて、自分で責任をとれるようになってください」の部分になると思います。

サイボウズの場合は、何時に働くのか、どのようなキャリアパスを描くのかも100人100通り、つまり“One By One”ですので、それらを自分で選ぶ力が必要になってきます。日本の教育では自分が学ぶことを選択するという経験を得にくいため、日本人は本当に自分で選択するという経験を積んでいく必要があると思います。

このグラフが一番わかりやすいと思います。2008年から2012年くらいの間に社会的なイノベーションが起きました。クラウドという新しいテクノロジーが出てきたのですが、私たちがそこにキャッチアップできたのは、働く一人ひとりが自分の職場で楽しんでいて、新しい技術を学んでくれたからです。

キャピタル・グループ:資料にある「Turnover rate」とは離職率のことでしょうか?

青野:おっしゃるとおりです。

若者が求める職場環境とサイボウズの方向性について

キャピタル・グループ:先ほど、文化や職場環境などこれから御社で採用される人たちに対して求めることを説明していただきました。その中で、社長も含めて御社が考えている方向性が今の若い人たちが職場に求めているものと合致していると思いますか?

若い人たちは今の世の中に対する不安が大きいように思いますが、やはり終身雇用制や大手で経営が確立されており確固としたキャリアパスがあるような会社は、安心して勤められることから就職率が高い気がしています。しかし御社はある意味でその真逆ですよね?

青野:おっしゃるとおりです。若い人たちの考え方も少しずつ変わってきていると思いますし、これからも変わっていくと思います。学生はもう大きな会社に入ってもずっとその会社が安泰かどうかわからないということを認識しはじめています。

それならばサイボウズのような会社に入って自分でキャリアを切り開いていったほうが、実は長い人生で考えれば安泰なのかもしれません。そのような事例をたくさん作っていけば、学生たちの考え方もより変わっていくと思います。

国内に競争相手がいないことおよび退職率の低さについて

キャピタル・グループ:なぜ他の日本のベンチャー企業は御社のようなノーコード開発などを行わないのでしょうか? どうして競争相手として有力なのがアメリカの会社しかないのでしょうか?

また、退職率が3パーセントから5パーセントと大変素晴らしいのですが、低すぎると思います。ある程度の新陳代謝も必要ではないでしょうか? 欧米では、退職率が低すぎるのも問題で15パーセントくらいがちょうどよいと考える会社もあります。この点についてご意見をお聞かせください。

青野:まず、なぜ「kintone」のライバルはアメリカの企業なのかというと、日本では「kintone」のビジネスをもう10年あまり行っており、エコシステムができあがってきたからです。

このノーコードのツールがあっても、結局その周辺につながるシステムがたくさんないとあまり価値は生み出せません。さらにいうと、このノーコードのツールを学んだ開発者がたくさんいないと、結局のところシステムを作ることはできません。そのような意味でこのエコシステムが私たちの強みに変わってきているため、おそらくもう日本のベンチャー企業が「kintone」を抜くことはできないだろうと思います。

退職率については、実は退職率の目標値は定めていません。例えば現在の退職率が5パーセントくらいですが、この数字から現状がよいか悪いかという話はしません。ではなにを見ているかというと、辞める一人ひとりと対話をしながら、よい退職なのか悪い退職なのかを見ています。

もしサイボウズで働いて、次の夢がわいてきて元気に辞めていくのであれば、それはよい退職です。一方、サイボウズで働いて疲れてしまい、もう気持ちが続かなくなって辞めていくのであれば、それは悪い退職です。

ですのでもし退職率が1パーセントであっても、そのような人が1人でもいるのであればそれはよくない状態だと考えます。逆に退職率が10パーセントであっても、みんなが元気に辞めていくのであればかまわないのです。私たちが数字を追わないのは、一人ひとりの顔を見ながら経営をしていきたいからです。

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