バブル崩壊後、長期にわたって日本経済は低迷を続けました。その理由については、諸説ありますが、筆者は「日本人が勤勉で倹約家であることによる合成の誤謬であった」と考えています。
合成の誤謬とは(初心者向け解説)
皆が正しいことをすると、皆がヒドい目に遭うことがあります。これを「合成の誤謬」と呼びます。
劇場火災の時、非常口に向かって走ることは個々の観客にとって正しいですが、全員が非常口に殺到すると全員がヒドい目に遭いかねません。株価暴落の噂が流れたら、個々の投資家にとっては株を売ることが正しい行動でしょうが、全員が売り注文を出すと値がつかず、皆が大損することにもなりかねません。
世界中の農家が豊かになろうとして懸命に作物を作ると、大量の作物が作られますが、人々の胃袋が大きくなるわけではないので、作物の価格が暴落して世界中の農家が貧しくなるかも知れません。こうしたことは、よほど想像力が逞しい人でないと予見できないので、経済政策が誤ったりするわけです。
勤勉と節約は、バブル期までは好材料だったが・・・
江戸時代には、勤勉に働いて少しでも多くのコメを作り、節約に努めて少しでもコメ消費を抑えることが、生命を維持するために必要でした。
明治からバブル期までは、勤勉に働いて多くの物を作り、節約に努めることで、作られた物が個人に消費されず、工場設備等に用いることができました。資金面でも、人々が勤勉に働いて多くの収入を得て、節約に努めて残りを銀行に預金したため、銀行は預金が集まり、工場建設資金などを貸し出すことができたのです。
しかし、バブルが崩壊して景気が悪化すると、新しい工場を建てる企業が減りました。人々が勤勉に働いて多くの物を作り、人々が節約に励んで少ししか消費しないため、工場が建設されないと物が余ります。余った物は輸出されましたが、輸出が増えると輸出企業が持ち帰ったドルが銀行に売りに出されるため、円高になります。したがって、余った物を輸出するのにも限度があるのです。
そこで、企業は生産を絞ります。そうなると、採用も絞りますから、労働力が余ります。失業問題の発生です。政府・日銀の経済運営の最大の目標は、「インフレと失業の無い経済」ですから、失業が増えたら対策をしなくてはなりません。そこで、日銀は金融を緩和しましたが、金融緩和は不況期には効果が薄いのが普通です。
既にある工場の稼働率が低い時に「金利が低いから借金をして工場を建てましょう」と言われても、応じる企業は多くありません。住宅についても、勤務先が倒産したりリストラされたりするリスクを考えれば、金利が安くても不況期に住宅ローンを借りようというサラリーマンは少ないでしょう。
そこで、政府がケインズの教えに従って公共投資を行ったわけです。公共投資によって失業者が雇われれば、給料をもらった元失業者がたとえばテレビを買うので、テレビメーカーが増産のために別の失業者を雇うだろう、と期待したわけです。
つまり、財政赤字がこれほど膨らんでいる主因は、景気が悪くて失業者が多いことなのです。財政赤字というと、「政治家が人気取りのために選挙区に橋や道路を作るから」というイメージが強いですが、それはバブル期までのことであって、バブル崩壊後は不景気による失業が財政赤字を膨らませたのです。
アベノミクスになってからも、消費税を一度上げたら需要が大幅に落ち込んだため、二度目の消費税率引き上げは先送りされました。旧民主党も合意した政策ですから、政党の人気取りのために先送りされたわけではないのです。
不況が需要を減らす悪循環
不況で物が売れないから企業が作らない、そうなると企業は人を雇わないから失業が増える、失業者は収入がないから物を買わない、というわけで、いっそう物が売れなくなります。物が売れないと工場を建てないので鉄やセメントや設備機械の需要も落ち込みます。
不況で企業が赤字になると銀行の融資態度も慎重になります。さらに、銀行の貸し倒れが増えて銀行の自己資本が減ってくると、銀行自身が自己資本比率規制を気にして「貸し渋り」に走る可能性も出てきます。地方自治体は、不況で税収が落ち込むため、歳出を抑制します。
日本のバブル崩壊後は、これにデフレ(持続的な物価の下落)が加わりました。それほど激しいデフレではなかったので、世の中で言われているほどの打撃ではなかったと思いますが、デフレが景気に悪いことは疑いないでしょう。
物が売れないために値下げ競争が発生します。そうなると、企業はコストカットのために賃金の引き下げを図ります。正社員の給料は削れませんが、ボーナスをカットします。そして何より、正社員が定年退職した際に新しく正社員を雇う代わりに非正規社員を増やします。こうして、労働者階級の所得は減っていき、個人消費が減っていくのです。
「物価が下がると、実質金利(名目金利マイナス物価上昇率)が上がるため、投資が抑制される」と言われます。簡単に言えば、「人々が、家や工場の値段が下がると予想するので、買い控えが発生する」というわけです。既に借金で家や工場を建てた人にとっては、デフレになると売上が減ったり給料が減ったりして返済負担が増すため、苦しくなります。これをデット・デフレーションと呼びます。
以上のように、日本人が勤勉に働き節約に努めたことが、その後の長期停滞を生じさせたのです。ところが最近になり、少子高齢化で労働力が不足するようになりました。勤勉に働く人が減ったので、物が余らなくなってきたのです。そこで、失業問題も解消し、経済が良い方向に向い始めています。これについては、後日。
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塚崎 公義