投信1編集部によるこの記事の注目点

  •  IoTの普及拡大で、年間1兆個規模のセンサーが活動する「トリリオン・センサー」社会が到来すると言われています。そのキーテクノロジーとして注目されているのがEnOcean(エンオーシャン)です。
  •  欧米で先行して普及している規格ですが、日本でも普及推進団体のプロモーター(幹事会社)を務めるロームを中心に応用製品化活動が展開され、日本市場向け製品が登場してきています。
  •  エンオーシャンは独シーメンスで開発されていた技術をベースとし、スピンアウトして設立されたEnOcean社が中心となって技術開発および応用展開が進められています。また、2008年に設立されたコンソーシアム「EnOceanアライアンス」がアプリケーション開発や普及活動に取り組んでいます。

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「IoT」がメディアで取り上げられ、世間的にも広く知られる言葉となって数年が経つ。当初は漠然としたイメージや将来的な期待感が先行していたが、最近では関連デバイスや機器といった対応製品が徐々に登場し、業務用のセンシングサービスなどで実用化が始まっている。

IoTの普及拡大によって到来すると言われているのが年間1兆個規模のセンサーが活動する「トリリオン・センサー」社会だが、その実現のキーテクノロジーとして注目されているのが、エナジーハーベスティング無線通信規格のEnOcean(エンオーシャン)である。欧米で先行して普及している規格だが、日本でも普及推進団体のプロモーター(幹事会社)を務めるローム(京都市右京区)を中心に応用製品化活動が展開され、日本市場向け製品が登場してきている。日本においてもエンオーシャン技術を活用した製品の本格普及が始まったと言えそうだ。

ワイヤレスで自立センシングを実現するエンオーシャン

エンオーシャンは独シーメンスで開発されていた技術をベースとし、スピンアウトして設立されたEnOcean社が中心となって技術開発および応用展開が進められている。アプリケーション開発や普及活動には、2008年に設立されたコンソーシアムである「EnOceanアライアンス」が中心となって取り組んでいる。ロームはアジア地域唯一のプロモーターで、日本市場におけるエンオーシャン普及の旗振り役と言える。前述のとおり日本での普及はまだこれからといった状況だが、欧米ではビル内センシングなどで実用化されており、50万以上ものビル・建物への納入事例がある。

エンオーシャンは振動・熱・光などの環境に存在する微小なエネルギーを活用する「エナジーハーベスティング」により、自立駆動のセンシング、無線通信を行えるのが特徴である。省電力性能に優れ、スイッチであれば操作する力を変換した電力のみで無線で電波を飛ばすことができる。それより消費電力の大きいセンサー駆動やデータ送信においても、小型の太陽電池や長期交換不要な小型バッテリーなどで必要な電力をまかなえる。

煩雑かつ高コストにつながる配線も不要で、小型の無線センサーを自由に分散配置してセンサーネットワークを構築することが可能だ。通信の信頼性にも優れており、多数のセンサーを同時に使用する環境であっても問題なく動作させることができる。低コストで多数のセンサーの設置が想定される、IoTにうってつけの技術と言えよう。日本市場ではスマートメーターにも採用されている特定小電力無線の928MHz帯や、ZigBeeやBluetooth Low Energy(BLE)と併用できる2.4GHz帯製品がラインアップされている。

広域無線通信技術を日本で初めて実用化

EnOceanアライアンスは、12年から毎年春と秋に日本国内でアライアンスイベントを開催している。去る4月14日に京都市のローム本社で開催されたイベントは、従来のアライアンスメンバーだけでなくプロモーターや正会員から招待された企業・団体関係者にも出席対象を拡大し、日本市場におけるエンオーシャン技術の広がりを象徴するものとなった。

EnOcean社CTOのフランク・シュミット氏

イベントでは技術開発の最新動向や日本企業における応用展開の取り組みが紹介されたが、注目すべきトピックスは広域無線通信技術「EnOcean Long Range」の実用化だ。この広域版は12年から開発を進めていたもので、高出力化と高精度アンテナにより、従来は最大数百mだった通信距離を最大5~7kmに延長した。省電力特性は従来同様で、小型太陽電池などによって電源無しで使用が可能だ。EnOcean社CTOのフランク・シュミット氏は、「エナジーハーベスティングにより安定的に使用可能な、現状では世界唯一の長距離無線技術だ」とその性能に自信を見せた。

広域無線通信技術を用いた長距離無線センサー

日本国内で実証試験を進めてきたが、日本写真印刷グループのサイミックス(長野県茅野市)が農業用長距離気象センサーシステムとして製品化した。商用製品としては世界第1号で、NTT東日本と共同で商用サービス化する。無線送受信機と温湿度、照度、土中センサーがセットになっており、農地においてデータをセンシングして自宅などに送信できる。屋外の農場への設置を想定して耐候性、耐薬品性、長期信頼性も備えている。

サイミックスでは農業分野以外へも展開する方針で、人感センサーや超音波測距センサーなどとしての応用を計画している。

ビルのスマート化などで導入拡大

大手センサーメーカーのオプテックス(滋賀県大津市)は、エンオーシャン採用製品として在室検知センサーとスイッチを製品化している。優れた防水性に加えて外光やエアコンの風などによる誤報を防止する機能を備えており、設置場所を選ばない。バッテリーの長期交換が不要なことから、光の入らない会議室や倉庫などでも使用できる。

オプテックスの無線スイッチ

同社ではこれらのセンサー、スイッチとゲートウェイを組み合わせることで、スマートビル市場に展開を図っている。在室検知センサーで人を検知して照明やエアコンの稼働状況を自動制御し、省エネ化につなげる。照明スイッチにはパターン制御機能を備え、会議室での利用状況により照明パターンを選択可能である。すでに導入した顧客においては、消費電力や照明配線コストの削減といった導入効果が出ているという。

同じくスマートビルへのエンオーシャンの活用事例を紹介したのが内田洋行(東京都中央区)である。同社はセンサーネットワークとビル統合管理システムを組み合わせたスマートビルソリューションを事業化しているが、エンオーシャンはそのキーとなる技術と位置づけている。近年、健康経営や環境経営に対する意識の高まりとともにビルの環境性能を評価する認証制度が登場し、ビルのスマート化ニーズが高まっているという。エンオーシャンはワイヤレスであることに加えてオープンシステムであり、低コストでの導入を実現できる。

シンガポールの家具ベンチャー、カマルクのグループ会社であるカマルク特定技術研究所(鹿児島市)は、16年にオープンしたサービス付き高齢者専用賃貸住宅(サ高住)向けのエンオーシャン採用ソリューションの事例を紹介した。居室内に人感センサーや温湿度センサー、バイタルセンサーを設置して、入居者の常時見守りを行う。また、館内状況もリアルタイムでモニタリングでき、無線通信によってデータを集約化して異常発生時に速やかな対応が可能になっている。17年以降にはほかの施設向けにも本格的に販売が計画されている。

ほかにも、アイテック(長野県塩尻市)は高齢者見守りシステムへの採用事例を紹介した。人感、温湿度、照度センサーを搭載した無線センサーシステムで、一般住宅や工場用にも採用されているという。

ロームはFA向けシステムなどを実証中

ロームは日本におけるアライアンスプロモーターとして、日本の法規制に適合した技術開発や普及啓発活動をリードしている。エンオーシャン関連製品として無線通信モジュールやセンサーモジュール、開発キットなどを製品化しているほか、応用開発も行っている。アライアンスイベントでは、FA向けセンサーシステムや無線通信ブリッジ技術の開発を紹介した。

FA向けセンサーシステムは、製造設備に無線通信可能なセンサーを取り付け、後付け可能なマシンヘルスケアモニタリングシステムとするもの。実証試作機を用いて検証を行っており、シグナルタワーの無線化など配線の削減と配置の自由化を実現した。無線通信ブリッジ技術は、単独では限界のあるエンオーシャンセンサーの通信距離を、ルーターを中継器としてカバーするもの。建物内の階層ごとや近接する建物同士で無線センサーネットワークを構築できる。工場やオフィスビル、商業施設などで実証を進めている。日本マイクロシステムズ(大阪市中央区)が製品化する予定だ。

日本での導入がさらに拡大へ

イベントでは展示コーナーも設けられ、EnOcean社やセミナーで紹介された応用製品の実機が展示された。また、エンオーシャンアライアンス副会長兼アジア地区代表の板垣一美氏は、照明器具内に搭載できる小型リレースイッチや、窓の開閉状況を監視してこじ開けられた際に警報を発する窓センサーなど、欧米メーカーのエンオーシャン応用製品を紹介し、日本企業との協業拡大を呼びかけた。

エンオーシャンアライアンスのグラアム・マーチン会長

イベントの締めくくりとしてエンオーシャンアライアンス会長兼CEOのグラアム・マーチン氏は、「4年前のアライアンスで来日した時に応用アプリケーションは何もなかったが、今回はたくさんの発表があった」と日本におけるエンオーシャンの拡大への喜びを語った。本格的なIoT市場の立ち上がりとともに、エンオーシャンを採用した製品は今後さらに拡大が予想される。日本でも日常的に利用する機器にエンオーシャンの名前やロゴを目にする日が、そう遠からず到来するかもしれない。

電子デバイス産業新聞 大阪支局 記者 中村剛

投信1編集部からのコメント

世界でIoTの標準化が加速しています。その中でもどういったアプリケーションがより広く普及するのか、キラーアプリケーションは何なのかを探っているのが現状です。また、センサーを付けることでどのようなサービスを提供し、マネタイズできるのかも注目したい点であり、そのサービスプロバイダーとして日本企業が主体的に立ち回れる領域を早く確立したいところです。

電子デバイス産業新聞×投信1編集部

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