金融庁は、フィデューシャリーデューティーというものを金融機関に求めています。投信の手数料に関しては、顧客本位の手数料体系にしろ、ということです。

これに関して、セゾン投信の中野晴啓社長と筆者は、ファイナンシャルプランナー(以下、FP)の岩城みずほ先生主催のセミナーで、岩城先生にコーディネーターになっていただき、ディスカッションをしました。その内容をかいつまんでご報告します。

そもそも顧客本位の手数料が必要なのか?

中野:日本の投資信託の運用業界は、投信を販売している大手金融機関の系列会社が支配的なシェアを持っているので、親会社(販売会社)の意向を受けて手数料の高い投資信託を作る傾向にあります。そうした中で、金融庁は、手数料を顧客本位のものに改めるべきだ、としているのです。

ちなみに、投信関係の手数料は、販売手数料(入会金のようなもの)と信託報酬(年会費のようなもの)があり、前者は販売会社が全額受け取りますが、後者は両者で折半すると考えてください。

当社(セゾン投信)は、既存大手投信会社のようなビジネスをすれば容易に儲けることができますが、顧客本位の安い手数料で商売をしています。そもそも当社が投資信託業務に参入した経緯が、既存業界に対する憤りであったことから、当社が彼等のビジネスモデルを真似て儲けるといったことは考えられません。

塚崎:冒頭に明確に申し上げておきたいことがあります。経済は暖かい心と冷たい頭で動いていますし、私にも人並みに暖かい心と冷たい頭があります。しかし、今日は、中野社長との対談ということで、両者の違いを浮き彫りにする会です。そこで、敢えて私は暖かい心を隠して冷たい頭脳で中野社長と対峙します。皆様は決して私を冷たい人間だと誤解なさいませんように(笑)。

中野社長の会社の株主は、クレディセゾンと日本郵便ですね。では、日本郵政(日本郵便の親会社)の株主である私から質問です。大手投信のビジネスモデルを真似すれば利益が増えて配当も増やせるならば、そうして欲しいのですが、なぜそうしないのですか?

中野:利益を稼ぐことだけが企業の目的ではありません。企業は社会の公器ですから、何もわからない顧客に高い商品を売り付けるようなことをして良いはずはありません。事実、日本郵便も我が社の方針を納得していただいてから出資していただいたものです。

当社は、顧客に対してプロフェッショナルな運用とともに、投資家のコミュニティーの形成や投資知識の啓蒙といった、運用だけでない価値を提供しているという自負があります。

塚崎:わかりました。セゾン投信さんが薄利多売で大手のシェアを奪っていき、将来的には大きな利益を上げて多額の配当をしてくださることを期待していましょう。

岩城:そもそも今回の企画は、飲み会の時に、「出勤途中で道端に人が倒れていたら、助けるか否か」という議論をしたことから始まりました。中野社長は助けるべきとのご意見ですよね?

中野:もちろんです。運用が人命より大切なはずはありませんから。社員も、そういう温かい社長が好きだ、といって私についてきてくれると信じています。

塚崎:それって、株主の立場からは納得できないですね。ぜひ、急いで出社して全力で運用してほしいです。もっとも、中野社長がケガ人を見捨てるところを誰かに目撃されてSNSに投稿されて、不買運動でも起こされたら悲しいですから、周囲に人がいるかいないかで判断してくださいね。

正しい手数料とは?

中野:顧客本位だから、手数料はゼロが理想です。もちろん、私も給料ゼロだとシンドイので、人並みの給料はほしいですし、社員にも人並みの給料を払う必要がありますが、それ以上の収入は我が社には不要です。そこから適切な手数料水準が導き出されると思います。

塚崎:適切な手数料とは、利益を最大にする手数料です。具体的には、中野社長の理想とする手数料率から少しずつ引き上げて行き、これ以上引き上げたら顧客がライバルに逃げてしまうと思う直前で止めれば良いのです。

客席から質問:バンガード社(注)は非常に手数料が安いが、どう考えますか ?

中野:バンガード社は、確かに手数料率が非常に低いです。規模が非常に大きいので効率的な運用ができていて、顧客のために手数料を引き下げることができているのです。コストの低さを顧客に還元しているのは、素晴らしい姿勢だと思います。

塚崎:バンガード社は、「手数料の安さでライバルから客を奪い、世界中のバンガードのライバルを全部倒産させた後で、手数料を何倍にも引き上げる」という長期戦略かも知れないので、誉め称えるのは控えた方が良いかもしれません。

注:バンガード社というのはアメリカの運用会社で、特にバンガード・トータル・ワールドストックは、ニューヨーク市場に上場されているETF(上場型投資信託)の残高は世界第3位です。これ一本で、日本を含む世界中の株式市場をカバーします。
運用管理手数料の水準が非常に低く、運用資産残高の増加につれて引き下げられていることも好ましく、現在のエクスペンスレシオは0.18%です。日本でもインデックス投資に詳しい投資家に非常に人気があります。

iDeCo関係投信の手数料の異常な安さについて

中野:iDeCo(イデコ)関係の投資信託は、一般の投資信託と同じ商品なのに、手数料が異常に安いのです。一般の商品でボロ儲けしている中から一部を補填しているのでしょう。あのような値付けをされると、中小の業者は全く太刀打ちできないので、大変迷惑です。

しかも、販売手数料が通常とれない上に信託報酬も安いものが多いので、販売金融機関が乗り気でなく、熱心に宣伝活動もしないので、iDeCoの普及が妨げられています。また、同じ商品を買う人によって違う値段で売っている「一物二価」は、顧客に対する誠実な対応とは到底言えません。

塚崎:経済学的には、値段が安いから(宣伝がなされず)需要が伸びない、というのは興味深いですね。

それはそれとして、なぜiDeCo関係手数料はそれほど安いのでしょう?

中野:日本では企業年金からのシフトでDC制度が始まったことから、企業年金向けの大口割引となる安い運用報酬のフィー体系のままiDeCoにもそれが引き継がれたのでしょうね。iDeCoは大口資金とは対極の小口積み立てが前提となるマスリテールビジネスなのに、業界あげてそこへの問題意識を欠いたまま大手各社が何も考えずに追随した、ということでしょうね。

塚崎:金融機関もバカではないので、何か理由があるはずだと思います。たとえばスーパーの卵の安売りのように、客を集める道具として使うとか、金融庁向けに手数料を引き下げたことをアピールしたいとか。本当のところはわかりませんが。

金融教育の不足について

中野:日本では、金融教育が全く不十分なので、顧客の無知につけ込んで手数料の高い商品を売り込む販売会社が多く、問題です。もっと顧客本位の手数料体系にすべきです。我がセゾン投信は、そうした崇高な目的のために、日夜頑張っておりますし、今後も頑張って参る所存です。

塚崎:それなら、金融庁は文部科学省に対して、もっと金融教育をするように要請すれば良いのであって、金融機関に手数料を下げろというのはおかしいでしょう。タバコを買いに来た客にタバコを売る店が悪いのではなく、タバコは健康に悪いという教育をしっかりしない文部科学省や厚生労働省が悪いのです。

そもそも、各官庁は所掌する業界の発展のために尽力しているのに、金融庁は前身が金融監督庁であるため、金融業界の味方ではなく取り締まる方です。何とかしてほしいですね。

中野:日本人は、自分の頭で考えて結論を出すのが苦手な国民だから、銀行や証券会社の言うなりになってしまうので、残念ですね。投資家を啓蒙していかなくてはならないという、使命感を持っています。

塚崎:自分で考えることも重要ですが、病気のことを知ろうとして医学書を勉強するのも大変ですから医者に行くわけです。同様に、資産運用のことは、自分でも少しは勉強した上で、プロであるFPに相談すると良いでしょう。日本人は、情報はタダだと思っている人が多いのですが、プロに若干の謝礼を払ってアドバイスを受けると、大きなメリットがある場合も多いですから。

岩城:FPに相談する時には、商品を売り付けるFPと、そうでないFPを区別してくださいね。商品を売り付けるFPに相談してしまうと、文字通り商品を売り付けられてしまいますから(笑)。

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ちなみに、筆者の投信手数料に関する見解は、拙稿を御覧いただければ幸いです。なお、上記は当日の実際の流れに忠実ではありません。読みやすく順番を入れ替えたりしてありますし、当日省略した補足説明等も、一部加えてあります。時間がなくてご紹介できなかった内容も、一部掲載しました。したがって、当日参加してくださった方の記憶と異なる部分があるかと存じますが、ご了承いただければ幸いです。

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塚崎 公義