個人型確定拠出年金iDeCo(イデコ)が節税効果で人気となっています。しかし、いざ運用を始めようとしても資産をどう分散すればいいのか、いわゆるアセットアロケーションでお悩みの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

資産配分で忘れられがちなのが“ヒューマンキャピタル(人的資本)”です。そこで今回は、重要でありながも見逃されることが多い人的資本を考慮すると、どのようなアセットアロケーションがお勧めとなるのか、具体的な例もまじえながらポイントをまとめました。

ヒューマンキャピタルは債券の保有と同じ

米国で古くから伝わる経験則として、株式などのリスク資産への投資比率は“100-年齢”というルールがあります。たとえば、30歳のモデルポートフォリオは株式が70%、債券が30%となります。

ただ、この経験則は現在ウォール街で働くファイナンシャルアドバイザーの間ではあまり信じられていません。彼らに聞くと30代であれば「株式100%が基本」との答えが返ってきます。

彼らが重視しているのがヒューマンキャピタル(以下、人的資本)です。人的資本とは、ざっくり言うと退職までに受け取る給与所得の現在価値の合計のことです。

給与所得がある程度安定していることを前提とすると、毎月受け取る給与は擬似的に債券のクーポンとみなせますので、人的資本を同額の債券保有高と考えることができるわけです。

債権のクーポンというのは耳慣れない言葉かもしれませんが、通常、債券にはクーポンと呼ばれる利子に相当する部分があり、半年ごとに支払われます。たとえば、額面100円の債券のクーポンが2円だとすると、クーポンレートは2%で、半年ごとに1円ずつ支払われます。

このクーポンレートは債券の発行時に決められて償還されるまで変わりません。また、債券の価格自体は変動しますが、満期まで保有すれば償還は額面金額となりますので、額面割れの心配はありません。よって、一般に、国債にはデフォルトリスクがないと考え、安全資産とみなされています。

人的資本、30代ならおおむね1億円程度が見込まれる

さて、人的資本の計算には、将来のキャッシュフローと割引率が必要となり複雑ですが、便宜的には貯蓄額と債券のクーポンをリンクさせるとだいたいのイメージがつかめるかもしれません。

たとえば、毎月3万円、年2回のボーナス時に7万円ずつ貯蓄をすると年50万円になります。一方、個人向け国債の利回りは0.05%ですので、年間で50万円のキャッシュフローを受け取るためには10億円分の国債を保有する必要があります。これは、人的資本が10億円に相当することを意味します。

やや極端な例となってしまいましたが、10年物国債のクーポンレートを1.0%とすると1億円で100万円のクーポンが受け取れます。30代から40代であれば、人的資本の目安として1億円程度を仮定することはおおむね妥当と考えることができそうです。

人的資本に比べると若年層の金融資産は極端に少ない

資産配分を決めるにはリスク許容度が重要な役割を果たします。たとえば、100万円の資金をすべて株式で運用した場合、リスクが20%だと1年後には80万円になってしまうかもしれません。このリスクを受け入れられないのであれば、よりリスクの小さい債券をポートフォリオに組み入れることになります。

ただ、人的資本を考慮した場合には1億円の債券に100万円の株式を加えた1億100万円のポートフォリオを想定しますので、このポートフォリオは債券99%、株式1%で構成されていることになります。

この場合、ポートフォリオの価値が1億80万円になってしまっても、下落率は0.2%ですので、この程度のリスクであれば誰でも受け入れられそうだと考えるわけです。

人的資本は年齢とともに減少

人的資本は年齢とともに減少します。一方、こつこつと投資を続けることで金融資産は増え続けことが期待できます。人的資産と金融資産を合わせた総資産で考えて、株式の比率が“100-年齢”となるまでは、金融資産を株式100%で保有してもよさそうだということになります。

20代であれば、総資産の9割以上が人的資本となるのが普通です。総資産に占める人的資本が50%を下回るのは、ほとんどの人が50歳を過ぎてからとなりますので、50歳で金融資産の100%を株式に投資したとしても、総資産での株式と債券の比率は50:50となる計算です。

人的資本を考慮すると、リスク許容度が低い人であっても、40代になるまでは金融資産に債券を組み入れる必要はほとんどないと考えてもよさそうです。とはいえ、退職時には人的資本はほぼゼロと考えられますので、60代では“100-年齢”ルールに従って60%から70%を債券で運用することが適切になってきます。

人的資本は投資のヒント、運用のカギを握る可能性も

人的資本を考慮すると、金融資産のリスクは特に若年層では非常に小さなものであることがわかります。

“国際分散投資でポートフォリオを最適化”などの魅力的な謳い文句をよく目にされると思いますが、モデルポートフォリオを見ると、30代でも債券比率が30%前後であることがしばしばです。ここには、人的資本を考慮していない、シンプルな“100-年齢”ルールが見え隠れしています。

億単位のヒューマンキャピタル、すなわち擬似的な債券を保有していると考えられる30代が100万円でスタートする金融資産の30%を債券に割り当てることが本当に最適であるのかどうか、よく考えてみる必要がありそうです。

投資の成果の8割はアセットアロケーションで決まるとも言われていますが、金融資産のみを切り離して考えるのか、それとも人的資本と金融資産を総合して考えるのかによって、リスク許容度に決定的な違いをもたらします。

概数であっても人的資本を考慮してアセットアロケーションを考えることは投資のヒントとなり、運用のカギを握ることになるのかもしれません。

LIMO編集部