シャープは液晶テレビ国内生産撤退の一部報道を否定
2017年3月15日付けの朝日新聞が「『世界の亀山』に幕」と、シャープが液晶テレビの国内生産から撤退すると報じたことに対し、複数のメディアが同社が撤退報道を否定し国内での生産を継続する考えであることを伝えています。
シャープの亀山工場は、三重県亀山市にある液晶パネルとテレビ組み立ての一貫生産を行う工場で、2004年から稼動を開始。そこで生産された液晶テレビは「亀山モデル」として日本のみならず世界的に有名になりました。
ただし、その後の液晶工場への過剰投資や液晶テレビ市場の競争激化によってシャープは経営危機に陥り、2016年に台湾の鴻海(ホンハイ)グループ傘下に入り現在は経営再建中です。そうした時代背景を考慮すると、朝日新聞の撤退報道を目にして、”やはり”という思いと一抹の寂しさを感じられた方も多かったのではないかと推察されます。
一方、撤退報道を即座に否定したシャープ首脳の考え方も、その内容をよく吟味すると非常に納得のいくものでした。
液晶テレビの国内生産を継続する理由
では、なぜシャープは液晶テレビの国内生産を継続するのでしょうか。各種報道を見ると、その理由は以下の2点にまとめることができます。
第1は輸送費の問題です。液晶テレビは、とりわけ80インチ以上の大型の場合、海外工場からの輸入では輸送費が非常にかさみます。そのため、シャープは80および90インチの液晶テレビは栃木県にある矢板工場から亀山工場に集約して国内で生産を継続する考えです。ちなみに、矢板工場は8Kなどの高付加価値製品の開発やアフターサービスの拠点として存続させる予定です。
第2は、自動化によるコストダウンの余地があることです。そのために、今後は一部人手のかかる工程は海外にある鴻海の工場へ移管するものの、2018年3月期に亀山工場に45インチ用のパネルから完成品までの自動化ラインを設置し、その成果次第で将来的に自動化ラインの適用サイズを増やしていく考えです。
鴻海首脳は、2016年にシャープに資本参加を決定した時点で、国内工場での大規模なリストラは行わないことを表明していました。今回の報道からもその考えに変化がないことが改めて確認できます。
また、2017年3月期第3四半期決算で液晶テレビは黒字化したとコメントしていたことから、液晶テレビ事業のリストラが喫緊の課題ではないと推察されます。よって、上述したシャープ首脳の考え方に違和感はありません。
国内液晶テレビ市場がシャープにとって魅力的なのはなぜか
シャープが「亀山撤退報道」に敏感に反応し、これを完全否定した背景には国内市場に対する強い意欲があるからだとも推察できます。実際、国内の液晶テレビ市場は、今後同社にとって魅力的な市場になる可能性が高いと考えられます。その理由は以下の2点です。
第1は、4Kテレビ普及の本格化です。足元で液晶テレビの採算が改善しているのは、世界的に高精細な4Kテレビの需要が高まっていることによりますが、この傾向が今後も期待されるためです。
第2は、買い替え需要の顕在化です。家電エコポイント(2009年~2011年)やアナログ停波(東日本大震災で特に大きな被害を受けた岩手・宮城・福島の3県を除く全国で2011年7月に実施)を前に、駆け込み需要で大きく盛り上がった時期がありました。その時期に買われた製品の買い替え需要が、2018年ごろから顕在化してくると見込まれるためです。
そのことを理解するために国内の出荷推移のデータを見てみましょう。
- 2000年~2008年:年間800~1000万台で推移
- 2009年:1,360万台
- 2010年:2,520万台
- 2011年:1980万台
- 2012年~2016年:年間500~600万台で推移
このように、家電エコポイント特需などで“大きな需要の先食い”が起こってしまった結果、2012年以降の国内市場は、エコポイント以前、つまり本来の実力以下の水準に留まっています。しかし、テレビの平均使用年数は約10年(内閣府データ)であることから、そろそろエコポイント時期に買われた製品の買い替え需要が顕在化してくると考えてよいと思います。
実際、JEITA(一般社団法人 電子技術産業協会)でも、2020年には国内市場が年間1,050万台まで回復するという予想を発表しています。
加えて、以前は薄型テレビを手掛けていたパイオニア、ビクター、東芝、日立などのプレゼンスが大きく低下していることや、2020年には東京五輪が開催されることなども考慮すると、今後の国内液晶テレビ市場はシャープに魅力的なビジネスチャンスをもたらすことが期待されます。
このような背景から、国内での生産を継続するというシャープの投資判断は”吉”と出る可能性が高いのではないかと筆者は考えます。
和泉 美治