ドナルド・トランプ氏の次期米国大統領就任が決定してから始まったトランプ相場。円安を伴いながら日経平均が1万9,000円を超えてきたことで、株式投資を中心に今後の資産運用を考え始めた方も多いのではないでしょうか。
一方、この相場で何か始めたいけれども、どう動いていいかわからないという資産運用初心者の方もいらっしゃるはずです。「手持ちの運用資金がない」、「忙しく資産運用どころではない」、「株式市場の株価動向について細かく知っているわけでもない」など、悩みは人それそれでしょう。また、インデックスファンドで資産形成をしているけれど、この機会にアクティブファンドも検討したいという投資家層もいると思います。
こうした個人投資家は、テクノロジーを活用することで自分に合った資産運用が可能になるかもしれません。今回は、ヤフーの膨大なデータと人工知能(AI)を活用した投資信託「Yjamプラス!」の運用助言を行っているMagne-Max Capital Management CEO兼CIOの岡田克彦氏に投信1編集部がお話を伺いました。
ビッグデータ×AIで資産運用の何が変わるのか
資本市場(マーケット)のパフォーマンス以上の超過収益を獲得しようとする、いわゆるアクティブファンドは、ファンドマネージャーやポートフォリオマネージャーと呼ばれる資産運用のプロが運用しています。彼らは、割安だと判断する資産を購入し、その資産価格がフェアバリューか割高な価格になると売却し、利益を上げることを目的としています。
Yjamプラス!はこうした銘柄の発掘から投資判断、投資期間の設定など、これまで人間のファンドマネージャーやポートフォリオマネージャーが行ってきたことにAIを活用する投資信託です。
ただし、同投資信託の特徴はそれだけではありません。岡田氏は次の点を強調します。
「Yjamプラス!はヤフーのビッグデータを活用することができるので、AIを活用するにしても精度が違います」
海外のテクノロジー活用に優位性のあるヘッジファンドなども、インターネット上に存在する情報やデータを活用して資産運用を行うことが可能でしょう。
これまでも、Twitterを始めとするSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などの情報をもとに投資判断をするアプローチは度々話題になってきました。
しかし、そうした金融機関といえども、大手ネットメディアやSNSが抱えるビッグデータを利用していることはないでしょう。ところが、Yjamプラス!は日本を代表するポータルサイトであるヤフーのビッグデータを活用することができると言います。
資産運用でAIが得意な領域とは
では、Yjamプラス!は 資産運用にAIをどう活用するのでしょうか。岡田氏は次のポイントを挙げてくれました。
「Yjamプラス!では、たとえば株式市場におけるアノマリーなど、株式市場においてパターン認識できる要素を学習させて運用に活用します」
株式市場では、有名なアノマリーとして「1月効果」、「Sell in May(5月に株を売れ)」、「ハロウィーン効果」など、株式市場参加者によく知られる株価動向があります。
こうした株価動向のパターンにはプロの投資家も注目しています。ただし、投資家は人間ですから、これらのパターンをどこまで厳密に解析し投資判断として実行するかとなると、人それぞれです。
ヘッジファンドでファンドマネージャー経験がある岡田氏も、「儲けるトレーダーは価格変動のパターン認識と学習ができている。ただし、どれほど優れたトレーダーであっても得意の領域は限られる」と指摘します。
つまり、人間はパターンを認識して実際の取引に活用することができますが、すべての投資機会の活用はできず、限界があるということです。
マーケットに数多く存在するパターンをAIに認識させることで、Yjamプラス!がより多くの投資機会で投資リターンを実現し、パフォーマンスを上げていくことができれば、これまでそうした金融商品に出会っていない投資家にとっては興味深いものになると言えるでしょう。
AIも使い方次第。現時点では万能ではない
一方、マーケットをダイレクトに“当てる”ために、AIの中でもディープラーニング(深層学習)の活用を試みる流れもあります。しかし、これには過学習のリスクがあり、過去の動きに合った関数を作っている可能性を専門家から指摘されることがあります。ともすれば万能にも感じるAIですが、資産運用での活用に限界はないのでしょうか。
岡田氏は、ディープラーニングを資産運用に用いる際の問題点を次のように指摘します。
「儲かっているうちはいいのですが、相場の流れが急に変わり、運用でパフォーマンスが出ない時にその理由をクライアントに説明するのが難しいことがあります。また、過去にないパターンの相場に直面すると、パフォーマンスがうまく出ないこともありえます」
一口にAIと言ってもさまざまですが、特にディープラーニングを資産運用に用いるのは時期尚早と言えそうです。機関投資家などのプロ投資家は、社内外で投資戦略の説明とその実行後の評価を説明されることがあります(パフォーマンスレビュー)。これは、ファンドマネージャーがどのような狙いで売買を行い、その結果としてのパフォーマンスがどうであったかを振り返るというものです。
いくらパフォーマンスが良くてもその因果関係を説明しきれないのでは、運用資金の出し手も、ただディープラーニングを使った金融商品というだけでは受け入れるのが難しいのではないでしょうか。その点、Yjamプラス!ではマーケットのパターン認識が可能な投資機会に絞り込んでいます。
「スター発掘モデル」と「確率的モテ期予測モデル」
現時点でYjamプラス!は、大きく2つの投資戦略に注目しています。
Yjamプラス!の第1の戦略として「スター発掘モデル」があります。スター発掘モデルではアナリストなどの評価変更や企業の業績、増配や自社株買いなどのコーポレート・アクションなどによる“投資家の注目度の変化”を測定します。その注目度を測定するために、公開情報であるニュースや掲示板などの情報に加えて、ヤフーのビッグデータを活用することになります。
株式投資経験が長いプロの投資家の間では「株は変化を取ることが重要だ」と言います。これは、投資家にとって最もおいしい“株価が上昇する局面”は、会社が何かしらの形で変化するプロセスにあることを指しています。
どんな有力企業であっても、その会社に対する投資家の期待値が高く、また、その期待値に変化がなければ株価は動きにくいでしょう。一方、さほど注目されてこなかった企業でも、変化の兆しと継続的に変化し続ける期待が持てるようになれば株価が変化していく傾向にあります。
こうした変化をニュースなどの報道の数=「注目度」として測ることも可能です。ところが、多くのメディアはより多くの読者と接点がある企業を報道しがちです。その結果、報道ベースだけで注目度を測ろうとすると「一部の偏った企業だけが取り上げられている(岡田氏)」状況となり、3,500社を超える上場企業の注目度を網羅的に測定・評価するのには適さないようです。そこで、ヤフーのビッグデータを組み合わせて活用し、注目度測定の精度を上げる工夫をしているのです。
もう1つの戦略は、「確率的モテ期予測モデル」です。株価が上昇する際にも、いわゆる「旬」とも呼べる値動きが良い期間があります。このモデルは、その旬をしっかり捉えて売買に結びつけようとするものです。
もちろん、この発想自体は人間のファンドマネージャーにもあります。しかし、ある銘柄を新たに買う際に、目標株価は持っていても、どの程度の期間保有し続けるのかを定量的に決めているケースはそれほど多くはないのではないでしょうか。
また、一般的に人間が運用する株式のアクティブファンドには、そうした「旬」を捉える際にもいくつか障壁があります。
1つは、先ほどのスター発掘モデルと同様に、人間が網羅的に銘柄の「旬」を把握することは難しいということ。もう1つは、株価として「旬」を迎えつつあるとわかっていても、その「旬」を捉えるための投資期間が極端に短かったりするとついつい見逃してしまうことです。パフォーマンスレビューの際に短期売買を繰り返していると、その理由を尋ねられるというケースも少なくありません。
こうした点から見ても、ビッグデータを活用し、AIで日本の上場企業を網羅的に確認するといった膨大かつルーティーンの要素を含む作業は、機械に任せた方が効率は良さそうです。
テクノロジーを活用した投資戦略と費用のバランス
では、こうした投資戦略は年間を通じてどの程度の期間、機能するものなのでしょうか。岡田氏は「私たちの投資戦略は年間で85%程度の稼働」と言います。人間のファンドマネージャーの投資戦略が年間を通じてどの程度稼働しているのかはデータがないので一概に比較できませんが、これまで見てきた投資戦略が年間を通じて高い水準で稼働していると言えそうです。
最後に、個人投資家にとっては気になる信託報酬(運用管理費用)はどの程度なのでしょうか。
Yjamプラス!の場合、信託報酬は信託財産の純資産総額の年0.9936%(税込み)と、1%を切った水準です。この水準を評価するにはYjamプラス!の今後の運用成績を見ていく必要がありますが、株式市場で市場の変動以上の超過収益がほしい、すなわち“アルファを取りたい”投資家にとっては、注目すべき商品が出てきたのではないでしょうか。
逆に、人間のアクティブファンドのファンドマネージャーは、より自分の投資戦略に特徴を持たせなければ、投資家を説得するのが難しい環境が迫ってきたのかもしれません。資産運用業界の「人間 vs. 機械」の競争は大きな一歩を踏み出したと言えそうです。
LIMO編集部