京都に「中川木工芸 比良工房」という工房があります。700年前に誕生した木桶の伝統的な製作技法を現代に受け継ぎ、おひつや寿司桶などの美しい木製品を製作し、高い評価を得ています。この工房がつくった木製のスツール「KI-OKEスツール」が、2015年にロンドンのビクトリア&アルバート美術館のパーマネントコレクションに選ばれました。

 一見すると伝統技術による仕事とわからないほどにシンプルですが、職人の技術に裏打ちされたプロダクトは独特のオーラを放ち、世界の目利きを唸らせたのです。この快挙の裏には、工房の技術力はもちろん、「強みを生かして異分野に忍び込む」という戦略も隠れていました。

 この記事では、拙著『すべてのビジネスに、日本らしさを。』をもとに、「ヒト・モノ・カネ」が潤沢なわけではない中小企業が生き抜くための、ビジネスの「戦略」について解説します。

中小企業は「戦わずして勝つ」戦略を

 現代は、資金や労働力を豊富に持つ大企業が、国内のみならず世界でしのぎを削っている状況です。莫大なお金を投入して商品を大量生産し、豊富な労働力でシェアや販路を拡大できるのは大手企業だけであり、中小企業がその競争に正面からぶつかっていくのは、賢明とはいえません。

 それにもかかわらず、日本の多くの企業は、大企業と同じゲームの中で必死に戦っています。しかしそれでは、「微細な違い」を競う争いに巻き込まれ、顧客が本当に求める価値から離れていってしまいます。

「ヒト・モノ・カネ」が不足している企業が市場で勝つための、唯一にして最大の戦略は、自分が有利なルールを考え、ゲームチェンジを仕掛けることです。

 戦略の名著『孫子』の兵法にも、「戦わずして勝つ」が最善の策とあります。既存の市場でトップになるのが難しいなら、新たな価値によって、新たな市場やルールをつくり、そこでトップになることを目指すのです。

既存のゲームをハックした「伝統的資産」

 つまり戦略とは、「独自の価値を、どこで発揮するか」を考えることです。私は、京都で元禄元年(1688年)から続く西陣織の老舗「細尾」の細尾真孝さんの挑戦に衝撃を受けました。

 音楽活動やジュエリー業界などを経て、2008年から家業に携わるようになった細尾さんは、着物の帯に使われていた西陣織を、帯の用途にとらわれず、ファッションのテキスタイルや高級スペースの壁紙、アート作品にまで転用し、その新しい用途を次々と開発していました。「クリスチャン・ディオール」や「ルイ・ヴィトン」の店舗の壁やインテリアに使用されたり、「ミハラヤスヒロ」といった数々のファッションブランドの服に取り入れられたりと、異業界にまで西陣織の可能性の幅を広げていきました。

 まさに、西陣織の技術という「伝統的資産」の価値を、従来とは異なる分野で発揮し、新しい価値を創造した素晴らしい例です。自分たちだけが持っている価値を最大限に発揮することで、大きな相手と競り合わない「自分が有利なゲーム」をつくったのです。これは伝統工芸だけのことではなく、次の2つのポイントを押さえていただければ、いかなる業界や業種でも実践できます。

 1つめのポイントは、「相手を知る」ことです。建築、インテリア、ファッションなど、これから挑む異分野のルールを理解しなければ、ハックどころかゲームに参加することさえできません。

 しかし、ゲームを理解できたとしても、そこで独自の強みを発揮できないことには、既存の強豪たちには負けてしまいます。そこで、もう1つのポイント「自分の強みを認識する」が重要となります。ところが多くの企業が、「自分たちの核となる価値」に気づけていません。企業内部にいながら自社の本質的な価値を正確に見極めるのは、思いのほか難しいことなのです。業界内のルールや常識に縛られる、顧客からの従来の期待値をベースに発想してしまう、といったケースは珍しくはありません。本質的価値に気づくためには、「よそもの」の視点で自らを振り返ることが重要です。

「よそもの」視点で蘇った映画村

 私がプロデュースさせていただいた東映太秦(うずまさ)映画村の「太秦江戸酒場」も、この「よそもの」の視点によって、本質的な価値を発揮した事例です。東映太秦映画村は、アニメとのコラボレーションを積極的に行い、「修学旅行生が東映のアニメキャラを楽しみにいくところ」というイメージが定着していました。しかし、かつて日本のハリウッドと呼ばれ、世界的な時代劇を数多く生み出した太秦には、それだけではない魅力があるように感じました。

 太秦は日本の芸能文化の原点ともいわれる土地であり、京都の東映や松竹の撮影所には、時代劇に使われている着物・美術・職人など稀有な資産が膨大にストックされています。これらの歴史や資産を活かせば、太秦を「時代劇の聖地」といえるような場に盛り上げることができると考えました。

 しかし、時代劇は世界では人気コンテンツであるとはいえ、日本では古いイメージがあるのも否定できません。そこで、江戸時代の酒場へタイムトラベルするという体験を前面に、実際にライブで時代劇を観劇してもらう、という戦略を考えました。「太秦江戸酒場」と名付け、時代劇を演出する本物の役者さん、大道具さん、舞台さんなど総出で、江戸時代の京都へゲストを迎える劇をつくったのです。

 目の前で突然起こる新撰組の辻斬りや、緊張感ある丁半の鉄火場など、ライブでの時代劇は喝采をもって受け入れられました。日本全国に星の数ほど酒場はあっても、こんな体験ができる場所はここにしかありません。

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独自の要素を「技術・素材・物語」に分解して考える

 どの企業にも柱となる主力商品やサービスがありますが、それが独自の価値とは限りません。本質的な価値は、その商品やサービスを生み出す、もっと根本的な部分に宿っていることもあります。しかしそれは「当たり前」と化していて、ふだんは意識していないことも多いのです。東映太秦映画村の持つ本質的な価値に気づけたのも、私が「よそもの」視点でその魅力を素直に見ることができたからかもしれません。

 内部の人が強制的に「よそもの」視点になるには、自社が持っている要素を「技術」「素材」「物語」の3つに分解して考えてみてください。東映太秦映画村でも、時代劇を形づくる要素を、役者や美術の職人さんたちが持つ卓越した「技術」、江戸時代を細部まで緻密に復元したセットという「素材」、日本の芸能文化発祥の地ともいわれる「物語」、この3つに分けて考えました。こうして自分たちの持つ「資産」を認識し、それを武器に「酒場」という異世界に忍び込み、独自の価値を創造したのです。

 日本の企業は昔から、この「水平展開」が得意でした。富士フイルムはカラーフィルム製造で培ったミクロン単位で構造体をつくり上げる技術をヘルスケア分野に転用し、事業転換を図りました。創業当時は「織機」を製造する会社だったトヨタ自動車も、織機に用いた自動化の技術を転用して自動車事業を始めたのです。京セラも、京都の陶磁器の技術を背景に、磁器づくりの技術を進化させて半導体メーカーとして世界一に上り詰めました。

 記事冒頭で紹介した「中川木工芸」のスツールも、おひつや桶づくりで培った「木材製品の加工技術」を、生活家具という異分野で発揮したため、唯一無二の価値を生み出しました。新しい技術や機能は追い求めてもきりがないですし、多大な資本や労働力、開発力を持つ大企業にはかないません。競争の激しい既存市場に迎合した価値をつくるのではなく、自分たちだけが持つ価値を見つけ、それを武器に異分野に忍び込み、オンリーワンになれる市場や顧客を創出する。これが「戦略を描く」ということなのです。

 

■ 各務 亮(かがみ・りょう)
 THE KYOTO 編集長&クリエイティブディレクター。2002年から中国、シンガポール、インドなど電通海外拠点を移り住み、2012年から電通京都支社へ。京都から日本ならではのグローバル価値を生み出すべく「GO ON」「太秦江戸酒場」「夕暮能」など、伝統に異分野を掛け合わせたまったく新しい商品、サービス、事業を多数立ち上げ。2020年6月には京都発、文化&アートのプラットフォーム「THE KYOTO」を起業し、編集長&クリエイティブディレクターに。京都芸術大学非常勤講師。佐治敬三賞、カンヌライオン、D&ADなど受賞。内閣府 クールジャパン戦略推進会議メンバー、経産省 クールジャパンビジネスプロデューサー、観光庁 目利きプロデューサー、京都市 産業戦略懇談会委員、京都市 京都市伝統産業活性化推進審議会委員など歴任。

 

各務氏の著書:
すべてのビジネスに、日本らしさを。

各務 亮