京都に「冷泉(れいぜい)家」という和歌の名家があります。「歌聖」と謳われた公卿・藤原俊成(としなり/しゅんぜい)やその息子の藤原定家(さだいえ/ていか)から連なる歌道の宗家であり、その歴史は800年にもなります。
その冷泉家が、貴重な資料を保存すべく、日本古来の漆喰塗りの土蔵の再建を目的としたクラウドファンディングを実施したところ、目標額の3倍以上である1200万円もの資金が集まりました。とくに多くの若い世代に支援を受け、和歌のファンが年々高齢化しているなか、予想外の結果となりました。いったいなぜ、これほどの支援を集められたのでしょうか?
この記事では、拙著『すべてのビジネスに、日本らしさを。』をもとに、これからのビジネスに求められる「目的」について解説します。
なぜ、京都の老舗企業は売上を「あえて上げない」のか?
かつて日本企業が世界に誇った「便利」「安全」などの価値がありふれたものになったいま、世界的に「他に替えられない独自の価値」が求められるようになりました。それにともなって、企業が行うビジネスも、その目的を見直す必要に迫られています。
冷泉家のクラウドファンディングにこれだけの支援が集まった理由には、現代のビジネスが求められる「あるべき姿」が関係していると考えます。
現代のビジネスは、何を目的にするべきでしょうか? みなさんが普段、新商品や新サービスに関して会社から要求される「売上を伸ばす」という目的は、「具体的に何をすればいいか」、つまり解決策が描きにくいため、よい目的設定とはいえません。モノが足りず、それをつくり、届けることが期待されていた時代は、「売上を伸ばす」が目的として機能していましたが、「便利なもの」「機能的なもの」「みんなが欲しいもの」が溢れたいま、商品の改善や改良を重ねることで売上を上げる難易度は格段に高まりました。
一方、京都の老舗企業の多くは、売上を上げないよう意図的にコントロールしています。売上規模が上がると、それに比例して職人を増やしたり、作業を効率化したりする必要がありますが、職人の技術が上がるまでの間、商品の質にバラツキが出てしまいます。事業が拡大して、作り手とお客さんの距離が離れてしまうと、リアルな反応が感じられなくなるデメリットもあります。そのため事業の拡大や成長よりも、「目の前のお客さんたちに必要とされる価値を提供し続けられる適正規模の維持」を重視しているのです。
「あの会社より売れる商品を」と、お客さんではなく競合を見たビジネスを続けると、顧客視点から離れた商品やサービスができてしまいます。企業もビジネスも、無理に成長を目指す必要はないのです。
ビジネスの目的は、「存在意義」を追求すること
ビジネスの目的を設定する際に考えたいのは、その商品・サービス・事業の「存在意義」です。便利なモノやサービスがあふれた現代では、消費者は「自分の思想に合ったもの」という軸で選択します。企業がビジネスの目的として追い求めるべきことも、自分たちの持つ価値を明確に打ち出し、そのメッセージや価値観を受け入れてくれる人を惹き寄せ、その人たちにとって「なくてはならない、存在意義のあるもの」になることなのです。
存在意義は「ミッション」とも言い換えられます。ミッションを掲げている企業は少なくないですが、そのミッションが現代でも通用するかどうかは気をつけなくてはなりません。世の中の価値観は時代によって大きく変化します。既存のミッションが現代でも変わらず必要とされているとは限りません。これまで放置されてきたミッションを一度見直すことも必須です。
たとえば、現在の百貨店は時代の変化の真っ只中にいます。「いいモノ」にアクセスするハードルが高かった時代には、百貨店の「多様なモノを並べる」というミッションは高い存在価値を持っていました。しかし情報とモノが溢れた現代では、百貨店は新しいミッションを設定し、業態を変革する必要に迫られています。
変わる時代のなかで「過去の価値観に縛られた」ミッションや価値を提供し続け、その結果、売上のために奇抜な宣伝をし、消費を無理やり喚起している事例もあります。それでは生活者を豊かにし、社会をよくすることには逆行してしまいます。新しい商品・事業を開発するときは、まずはその存在意義を考え直すところから始めることが重要なのです。
過度な「差別化」はユーザーの迷惑でしかない
とはいえ、競合他社を見渡していても自らの「存在意義」は見つかりません。近年は多くの企業が「差別化」戦略をとっていますが、たとえ「差別化」がされていても、それがユーザーにとって「存在意義」のあるものとはかぎりません。過度な細分化は、むしろ消費者には「迷惑」とも受け止められかねません。
では、存在意義とはなんでしょう? わかりやすいのは「社会的大義」、つまり「社会や世の中をよくする」ことです。かつては「世の中を便利にする」「安全にする」が世に求められる大義でしたが、現代は「少子化」「格差」「地域の過疎化」「環境問題」といった課題の解決が、社会として望まれていることであり、それに寄与することが「存在意義がある」といえるでしょう。
私がお手伝いをさせていただいたプロジェクト「GO ON」にも、社会的大義を感じました。「GO ON」は、京都にある工芸企業の後継者6人によるクリエイティブユニットです。伝統工芸をさまざまな異分野に取り入れて世界に発信する活動を行い、京都が抱える「伝統文化の継承危機」の解決に取り組んでいます。
京都には世界でも類を見ない伝統や技術があり、その価値の存続を支え、次代につないでいくことは、まさに社会的に大義のあるミッションです。
ビジネスの目的は「綺麗ごと」でいい
社会的大義のあるミッションは、言葉にするには少し恥ずかしい「理想」や「夢」といった「綺麗ごと」に見えることもあります。私自身、「職人を憧れの仕事にする」と掲げた「GO ON」プロジェクトも、当初は社内でもまったく理解を得られませんでした。「そんなことより売上はどうなのか」という厳しい指摘を何年も受け続けました。
しかし、諦めずに粘り強く続けていくうちに、メディアからの取材や世界の名だたる一流ブランドとのコラボレーションなど、少しずつチャンスが舞い込んできたのです。それだけではありません。社内でもしだいに協力者が現れ始めたのです。とくに共感を示してくれたのは20代の人たちでした。最近の学生が就職先選びで「給与」よりも「社会貢献」を重視するように、この世代は「社会をよくしたい」という想いが強く、仕事にも社会的意味を求めます。
これが、冒頭で紹介したクラウドファンディングが成功した理由です。「失われかけている日本文化を伝承させる」ことは、まさに「社会をよくする」ために取り組むべき課題だったのです。
社会的課題は、困っている人が多いから社会的な課題となっています。たとえ「綺麗ごと」であっても、この解決をビジネスの目的として掲げることで、その「意味」に共感した人が、ときには業界や国境を越え、別世界からも現れます。社会をよりよくするという「意味」は、あらゆる障壁を乗り越えて、人や企業を動かすのです。そして集った人たちによってコラボレーションが起きることで、新たな価値が生まれ、結果的に企業の利益や存続にもつながるのです。こうしたチャンスを呼び込むための旗印こそが、社会的大義です。
「少子化」「格差」「地域の過疎化」「環境問題」といった社会課題は、これまでビジネスとは関係のないことと考えられていました。それは「儲からない」からです。しかしこれからは、自社の利益ではなく、これら課題の解決といった「綺麗ごと」を語ることが、ビジネスに求められつつあるのです。
■ 各務 亮(かがみ・りょう)
THE KYOTO 編集長&クリエイティブディレクター。2002年から中国、シンガポール、インドなど電通海外拠点を移り住み、2012年から電通京都支社へ。京都から日本ならではのグローバル価値を生み出すべく「GO ON」「太秦江戸酒場」「夕暮能」など、伝統に異分野を掛け合わせたまったく新しい商品、サービス、事業を多数立ち上げ。2020年6月には京都発、文化&アートのプラットフォーム「THE KYOTO」を起業し、編集長&クリエイティブディレクターに。京都芸術大学非常勤講師。佐治敬三賞、カンヌライオン、D&ADなど受賞。内閣府 クールジャパン戦略推進会議メンバー、経産省 クールジャパンビジネスプロデューサー、観光庁 目利きプロデューサー、京都市 産業戦略懇談会委員、京都市 京都市伝統産業活性化推進審議会委員など歴任。
各務氏の著書:
『すべてのビジネスに、日本らしさを。』
各務 亮