11月8日の米大統領選挙では、共和党のドナルド・トランプ候補が優勢が伝えられていた民主党のヒラリー・クリントン候補を破り、大逆転で勝利しました。
選挙結果も意外でしたが、さらに予想外だったのがマーケットの動きです。トランプ大統領誕生なら「世界恐慌が起こる」とまで心配されていたことから、当然株価は下落し債券が買われる展開が予想されましたが、実際にはまったく逆の動きとなりました。
この想定外の株高を先導したのが「トランプノミクス(Trumponomics)」と称される、トランプ次期大統領の経済政策です。
「レーガノミクス」の再来で強いアメリカの復活へ
トランプノミクスの底流には「レーガノミクス」が流れています。レーガノミクスとは、1980年の大統領選挙で勝利した共和党のロナルド・レーガン大統領の経済政策を指し、減税と軍事費の拡大による拡張的な財政政策に特徴があります。
トランプ氏が今回の選挙戦でスローガンに掲げた「Make America Great Again」は、レーガン大統領のフレーズを拝借しており、大規模な減税やインフラ整備、軍事費増強といった拡張的な財政政策を公約していたことから、レーガノミクスとの類似性が注目されるようになりました。
レーガノミクスの経済的な効果についてはさまざまな意見があり、いまだに評価が定まってはいませんが、結果的にスタグフレーションに苦しんでいた米経済を立ち直らせ、イランでのアメリカ大使館人質事件で失墜していた米国の威信を取り戻したことは確かです。
したがって、レーガノミクスにはポジティブなイメージがあります。現在の米国は当時ほど経済状態が悪いわけではありませんが、所得格差の拡大で景気回復の恩恵が一握りの富裕層に偏っており、中低所得層には強い不満がくすぶっています。
トランプ次期大統領には、レーガノミクスの再来により、こうした閉塞感の打破と「強いアメリカ」の復活が期待されており、マーケットはこうした期待を先取りしていると言えます。
ねじれ解消で「決められない政治」に終止符
大統領選と同時に行われた議会選挙では共和党が上院・下院ともに多数党となり、2010年から続いていたねじれが解消されました。大統領と議会がともに共和党となったことで、「決められない政治」に終止符が打たれるのではないかと期待されています。
では、トランプノミクスとはどのようなものなのか。その概要は以下のようになります。
まず、目玉となる減税ですが、法人税を現行の35%から15%へと引き下げるとしています。企業収益の大幅な改善が見込まれるほか、税金の安い海外への企業移転を阻止することも狙いとされています。
所得税に関しては、最高税率を39.6%から33%へ引き下げ、現行の7段階から3段階へと簡素化することで富裕層を中心に恩恵が広がる見通しです。また、相続税は廃止するとしています。
財政支援に関しては、具体的な数字は明らかにされていませんが、インフラ整備に巨額な投資を行うことで雇用を創出するとしており、かなり大規模な支出が予想されています。また、軍事費も増強するとしています。
規制緩和では、まず金融危機を受けてオバマ政権が意欲的に取り組んだ金融規制改革法(ドット・フランク法、ウォール街改革法)を撤廃するとしているほか、オバマ政権の柱であった医療保険改革法(オバマケア)も廃止するとしています。また、環境に対する規制も撤廃し、石油や石炭といった従来型のエネルギー産業を支援することで雇用を増やすとしています。
こうした政策への期待から、株式市場は全般的に買い進まれ、中でも金融、ヘルスケア、エネルギーといったセクターが人気となっています。
蜜月は一過性の可能性も
マーケットに歓迎されて発足するトランプ政権ではありますが、蜜月は長くは続かないかもしれません。
まず、懸念されているのが財政赤字の拡大です。減税(歳入の減少)と財政支援(歳出の増加)がセットで実施されますので財政赤字は急拡大する見通しで、短期的には景気浮揚効果が期待できる一方で、長期的にはむしろマイナスとの見方もあります。
したがって、共和党が議会を支配しているとはいえ、公約はそのままでは通らないとの意見も多く、減税や財政支援の規模は大きく縮小される可能性があります。
また、保護主義的な通商政策も問題となりそうです。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への不支持を表明しているほか、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しも主張しています。こうした保護貿易的な動きは、米国経済のみならず世界経済全体へも悪影響を及ぼす恐れがあります。
この点では世界的に脱グローバル化の動きが見られていることもあり、テクノロジーセクターなどに暗い影を落としています。
また、トランプ氏は、FRB(米連邦準備理事会)が低金利政策によって株価を不当に高め、オバマ政権を支援してきたと非難しており、2018年2月に任期満了を迎えるイエレン議長を再任しない考えです。
ただし、トランプノミクスが目指す拡張的な財政政策は、需要の創出とともにインフレ圧力を強めることが予想されますので、イエレン議長が期待する「高圧経済」の実現は渡りに船であり、政策の方向性はぴたりと一致しています。
11月10日現在、フェドウォッチによる12月の利上げ確率は72%となっており、利上げの目安とされる70%を上回っています。FRBは2%のインフレ目標にはこだわらない一方で、インフレが制御不能にならない程度に緩やかなペースで利上げを継続する見通しです。
ドル高、金利上昇がリスク
トランプノミクスから想定されるマーケットのリスクとして、ドル高と金利上昇が挙げられます。トランプノミクスがインフレ圧力を強めることで、利上げペースが速まる可能性があり、リッチモンド連銀のラッカー総裁も10日、「財政刺激が実施されれば、金利の軌道はより急になるだろう」と述べています。
金利の上昇とともにドル高も進む見通しですが、ドル高は新興国からの資金流出を招く恐れがあります。世界経済の成長は新興国の成長に大きく依存していますので、ドル高が世界的な景気減速を招くのではないかと心配されています。
また、トランプノミクスでは財政赤字の急拡大が見込まれていますので、財政の健全性への懸念から金利が急騰するかもしれません。
トランプ氏は5月9日、CNNとのインタビューで「デフォルトの心配はない。紙幣を刷ればいい」としています。財政赤字が心配ならFRBに米国債を買ってもらえばいい、ということです。
こうした提案にFRBが乗るとは考えづらいのですが、拒否した場合にはFRB議長交代の観測が高まるかもしれません。日本でも、白川前日銀総裁が任期満了前に辞任しています。
トランプ氏が指名するFRB新議長には、米国債の購入に積極的な人物が登用されることになり、もしこうした事態となれば、一転してドルが値を崩す恐れがあります。
トランプノミクス推進なら円安ドル高の流れ
11月11日現在の円相場は1ドル=106円台後半と、トランプ新大統領誕生を受けて急速に円安が進んでいます。
レーガン大統領が就任した1981年1月に1ドル=200円程度だったドル円相場も同年7月には240円台まで上昇し、さらに翌年10月には270円台後半まで円安ドル高が進みました。レーガノミクスを参考にするのであれば、1年以内に20%、2年以内に40%の円安が目安となり、120円を軽く超えていくことも想定しておくべきでしょう。
ただし、トランプ氏は「ドル高が米企業の利益を損ねている」との発言から、ドル安志向とも言われています。トランプノミクスの行方もまだ不透明であり、ドル高により世界経済が停滞することも想定されますので、潮目が変わる可能性には十分な警戒が必要です。
LIMO編集部