かつて日本のビジネスは、「便利さ」と「安全性」を磨くことで世界を席巻しました。しかし近年では、現代自動車やサムスン電子、ハイアールといったアジアの企業が台頭し、日本が世界をリードしていた「便利」「安全」は「ありふれた価値」となってしまいました。

 そのため、いまや多くの日本企業が「これまで通りにやっているのに、うまくいかない……」と頭を抱えています。そんな日本のビジネスがこれから取るべき戦略は、数値化したり比較したりできない「唯一無二の価値」をつくっていくことです。……と言うとハードルが高すぎると感じる方もいるかもしれませんが、実はそれらの種は、あなたの会社の中にもあるものなのです。

 この記事では、拙著『すべてのビジネスに、日本らしさを。』をもとに、これから求められる「唯一無二の価値」のつくりかたを解説します。

日本がきっかけとなって欧米で生まれた「価値」

 アメリカやヨーロッパの企業は、すでに「唯一無二の価値」を創造しています。そのきっかけは、実はかつての日本でした。

 日本の卓越したものづくり技術やこだわりから生まれた「低価格で高品質な製品」は、世界各国の市場を席巻しました。その結果、世界各国は日本と同じ戦場で競うのではなく、新たな強みを求めて別の道へと歩み始めたのです。自分たちだけが持つ「精神」「歴史」「背景」をものづくりに掛け合わせるようになり、そこに「唯一無二の価値」が生まれ、「共感」や「憧れ」を得ていきました。

 わかりやすいのが、時計の世界です。「オーデマ・ピゲ」という時計ブランドをご存じでしょうか? 1875年のスイスにて誕生した、世界を代表する高級時計ブランドです。創業から現代まで続く家族経営によって職人技術が受け継がれ、その技術によって限界までこだわりぬいてつくられた機械式時計は、現代でも唯一無二の価値を持っています。1本数百万円するものは珍しくなく、なかには1億円を超えるものもありますが、世界のスターやセレブを中心に高い人気を誇っています。

「時間を知る」だけであれば、滅多に狂わないクオーツ時計や携帯電話の時計で十分です。それにもかかわらず機械式高級時計は、その技術に宿った「精神」や「物語」といった価値によって、唯一無二の存在感を誇っているのです。

 ファッション業界の企業も、近年では全世界的に「持続可能性」や「環境への配慮」を大事にする方向にシフトしています。2009年、アパレル企業のパタゴニアと量販店のウォルマートは、大手企業の経営者たちに、「自社製品が環境に与える影響を測定する指標をつくろう」と持ちかけました。

 こういった大手ブランドにかぎらず、多くのファッション企業が、環境破壊につながる生産体制や、大量消費・大量生産を前提にしたものづくりの姿勢を改め始めています。ユーザーもその姿勢を歓迎しており、「現在25〜40歳の人の73%が持続可能性をうたった製品に注目している」という統計もあります。

 これまでの「安くて機能的」「豪華や高級」ではなく、「環境負荷への配慮」といった姿勢もまた、選ばれるための「唯一無二の価値」になっているのです。

アマゾンのジェフ・ベゾスらが注目するイタリア企業

 便利なもので満たされ、いまや多くの人は、自分の美意識や思想を充実させてくれるモノ、社会や地球にとって必要なモノを求め、逆に、存在理由のないモノは信頼を失いつつあります。だからこそ、機能や便利さで競争するのではなく、他と比べることのできない「価値」をつくらなくてはならないのです。その価値が生まれる原点のひとつとして、「人」の存在があると考えます。

 日本のスーパーやドラッグストアに行くと、お菓子や食料品などの種類の多さに驚きます。日本には、顧客の視点に立ち、あらゆるニーズに応えてユーザーを喜ばせようとする才能があります。ですがその一方で、商品が増えすぎたあまり過剰な競争が生まれ、値下げ競争に突入している業界が多いのも事実です。

「ライバル他社に勝つために値段を下げる」という思考では、「少しでも安くつくる」サイクルから抜け出せなくなってしまいます。加えて、手作りによる生産は時間もコストもかかるからと、機械化に切り替える企業も増えています。しかし、「唯一無二の価値」は作り手の思想や熱意、手作業によって磨き上げられた美しさなどから生まれます。実際に世界では、人の手によってつくられた価値で、多くの人に求められ、成長を遂げている企業がたくさんあります。

 イタリアに、カシミア製品をつくっている「ブルネロ・クチネリ」というブランドがあります。1978年の創業以来、社長のブルネロ・クチネリさんは「労働者の尊厳を損なわない仕事の形」を追い求めてきました。

 同社にとってもっとも大切な存在は、従業員の3分の1以上を占める職人たちです。クチネリ氏は彼らをただの工員ではなく「アーティスト」だと考え、尊敬の意を込めて「アルティジャーニ(職人)」と呼んでいます。職人の給料は一般職よりも2割ほど高く設定されており、徹底して「働く人の尊厳」を重視した経営を行っています。その結果、同社のセーターは1着40万円もするような高級品ですが、職人たちの充実した精神や熱意によって生み出された圧倒的なクオリティを持ち、世界の多くのセレブたちに愛されています。

「儲けを抑えてでも、仕事に見合った給料を支払うことで、クオリティは維持され、結果的に成長につながる」。この考え方は世界で急成長する多くの企業の手本となっており、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス、セールスフォース・ドットコム創業者のマーク・ベニオフなど、シリコンバレーを代表する経営者たちにも影響を与えています。

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「少しでも安く」は作り手の価値を下げるだけ

「作り手の精神と技術によって価値をつくる」視点は、かつての日本が持っていた価値観でもありました。京都で100年以上にわたって茶筒をつくり続ける「開化堂」という老舗があります。茶葉を保存するだけの容器であれば、100円ショップでも購入できます。一方、開化堂の茶筒はその100倍以上の値段のものばかりですが、世界中からオーダーが絶えないと聞きます。

 それは、開化堂の茶筒には圧倒的な職人技術によってつくられた美しさと、その美意識を大事にする精神が宿っているためです。美しい商品だけでなく、職人が美しく働ける環境づくりにも注力しており、それに共感した優秀な職人さんが次々と入社しています。まさに意味の価値の魅力が、多くの人の心を惹きつけているのです。

「少しでも安く」という意識は、顧客の満足度を高めるための企業努力のように思えますが、裏を返せば、その商品に「材料や経費以外の価値が込められていない」ということでもあります。赤字が出ないギリギリまで値段を下げるようなものづくりをしていては、作り手の生活や精神も豊かにはなりません。「コスト削減中心のものづくり」から抜け出さないかぎり、他に替えがたい付加価値が生まれることはないでしょう。

 私たちは、「便利さ」「安全性」といった世界に発揮できる強みや役割を見失ったにもかかわらず、変化することなく「替えのきく価値」で戦い続けています。しかし、ここでお伝えしたような「職人技術」や「物語」、そして「美意識」や「精神性」といった目に見えない価値は、古くから日本の文化や価値観に根付いています。この「日本らしさ」を活かしてビジネスを考えることできれば、ライバルとの競争から抜け出すための「唯一無二の価値」をつくれるでしょう。

 

■ 各務 亮(かがみ・りょう)
THE KYOTO 編集長&クリエイティブディレクター。2002年から中国、シンガポール、インドなど電通海外拠点を移り住み、2012年から電通京都支社へ。京都から日本ならではのグローバル価値を生み出すべく「GO ON」「太秦江戸酒場」「夕暮能」など、伝統に異分野を掛け合わせたまったく新しい商品、サービス、事業を多数立ち上げ。2020年6月には京都発、文化&アートのプラットフォーム「THE KYOTO」を起業し、編集長&クリエイティブディレクターに。京都芸術大学非常勤講師。佐治敬三賞、カンヌライオン、D&ADなど受賞。内閣府 クールジャパン戦略推進会議メンバー、経産省 クールジャパンビジネスプロデューサー、観光庁 目利きプロデューサー、京都市 産業戦略懇談会委員、京都市 京都市伝統産業活性化推進審議会委員など歴任。

 

各務氏の著書:
すべてのビジネスに、日本らしさを。

各務 亮