たとえば、勤めている会社が仮に窮地に陥ったとしても、自分にビジネスを起こす力があれば怖くありません。「安定したキャリアを歩むためには、安定した会社に勤めるのではなく、価値を自ら生み出す力を身に付けておくべきだ」という考えで、起業家や経営者を目指す人もいます。では、起業家や経営者になりたいとしたら、どのようなファーストキャリアを選ぶべきでしょうか。
筆者は、学生のキャリアを支援するメディア「Goodfind」を主宰しており、起業家や経営者になりたいと言う学生とお話しすることが多々あります。しかし、そのような学生でも、新卒時にはあまり深く考えずに大企業に行こうとする人が多いことが不思議でなりません。
この記事では、拙著『Shapers 新産業をつくる思考法』をもとに、著名な起業家や経営者がどのようなファーストキャリアを歩んできたのかを紐解きます。
起業家のキャリアパスは、2000年前後で大きく変わった
今の40代・50代以降の経営者や起業家の経歴を見て、「みんな大企業出身だから、大企業に行ってから起業したほうがいい」とか、「経営者になるのは、大企業出身のほうが有利」といった結論を導く人がいます。これはミスリーディングです。
たしかにひと昔前までは、大企業出身者が圧倒的に多かったのは事実です。しかし、時代が変わり、特にインターネット産業の発展とともに様相は大きく変わってきています。1990年代以前に就職している世代と、2000年代以降に就職している世代とで、大きく異なる傾向が明確にあるのです。
2000年より前に就職している世代は、インターネットが社会的に普及する前の世代という意味で、「ビフォーインターネット就職世代(以下、BI世代)」とも言えます。この世代の高学歴層は、銀行や証券会社、商社、メーカー、インフラ系などに就職した人が多いのが特徴です。いわゆる「良い大学を出て良い会社(誰もが知る業界トップの会社)に入る」のが基本で、それ以外の選択肢が少なかったとも言えます。
2000年以前に大企業に就職して、のちに起業家となった人たちの最も典型的なキャリアパスはこうです。大企業に就職したものの、2000年前後のインターネットの黎明期にビジネスチャンスに気づき、今やメガベンチャーとなっている当時は黎明期のネットベンチャーに転職して、そこで何年か修業してから起業したというものです。
活躍する起業家100人のキャリアパスを調べてみると
一方で、2000年以降に就職している「アフターインターネット就職世代(以下、AI世代)」のキャリアパスは、BI世代とは大きく異なる傾向がみられます。
インターネットによって情報収集がしやすくなった背景はもちろんです。ただ、それだけでなく、インターネット産業の発展とともに新しい成長企業がたくさん生まれ、優秀な若者にとって魅力ある就職先の選択肢が増えたことが大きな変化です。
2015年の話になりますが、活躍する起業家100人の1社目の職歴から経歴の傾向を調査したことがあります。
結果として、大企業出身者は、BI世代では66%、AI世代では20%でした。また、その大企業出身者の約半数はベンチャーへの転職を経て起業していました。純粋に大企業だけの就業経験しかない人は1割程度でした。
今は有名な会社も、昔は名もないベンチャーだった
私が聞いた印象的なエピソードをひとつ紹介します。慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)の学生だったその人は、進路の参考にしようと卒業生名簿を眺めていたそうです。卒業生名簿には就職先が掲載されているので、ブランド力のある大企業やステータスのある難関企業のOB・OGを探して訪問することも可能でしょう。
でもその人は逆に、「自分が知らない会社」を探したそうです。SFCの先輩には優秀な人が多いはずだという前提で、「自分が知らない無名の会社に行った先輩がいるとしたら、自分が知らないだけで、その会社には面白い何かがあるのではないか」と考えたのです。そうして当時まだ無名で社員数も少なかった楽天を見つけたと言います。
これは極端な例かもしれませんが、東大生からこんな話も聞きました。アルバイトのノリで長期インターンをしていた社員数名の会社にそのまま入社して、気づいたら役員になり、あれよあれよという間に会社が上場して、20代で上場企業の役員になっていたという話です。
10~20年で会社は大きく変化します。つまり、今、大企業として知られている会社が、10~20年前はベンチャー企業だったということも多いのです。その事実を私たちはつい忘れがちです。
あの著名な起業家のファーストキャリアは?
サイバーエージェント、DeNA、グリーといったメガベンチャーの創業者3人のファーストキャリアを例に挙げてみます。
まず、サイバーエージェント創業者の藤田晋氏は、1997年にインテリジェンス(現・パーソルキャリア)に新卒入社しています。インテリジェンスという会社を知らない若い世代からすると、「パーソルキャリアか、やっぱり大手企業出身だ」と思うかもしれません。しかし、当時のインテリジェンスは社員数80名規模の未上場ベンチャーで、その3年後に上場しています。
次に、DeNA創業者の南場智子氏は、1986年にマッキンゼーに新卒入社しています。マッキンゼーは、今となっては高学歴の学生が憧れるブランドを持った世界的なコンサルティング会社です。当時の同社を知る複数人にリサーチしてみると、当時のマッキンゼーは日本においてコンサルタント数十名規模の会社だったのではないかといいます。コンサルティングという仕事の特性上、社員がオフィスにいないことも多く、正確に当時の社員数を把握されている人が少ないのですが、少なくとも日本で100人以上の規模になったのはもっと後だったことは間違いありません。
グリー創業者の田中良和氏は、1999年にソニーコミュニケーションネットワーク(現・ソニーネットワークコミュニケーションズ)に新卒1期生で入社しています。ソニーグループの設立4年のインターネットベンチャーで、2005年に東証マザーズに上場する会社です。その後、2000年に楽天に転職していますが、この時の楽天も今とは規模が大きく違います。1999年12月期の売上6億円規模から2000年4月の上場(店頭公開)を経て、2000年12月期の30億円規模へと飛躍する時期で、社員数はおそらく50名から200名規模に増えていくフェーズだったはずです。
ちなみに、楽天が数百名規模になるまでに在籍していた人たちの多くは、のちにベンチャーの経営陣や起業家として活躍しています。
「有名な起業家は大企業出身」というのは思い込みであることも多く、上記のように「その人が就職した当時はベンチャー企業だった」というケースも数多くみられます。起業家や経営者になりたいとしたら、前述のようなAI世代とBI世代との違いも踏まえてファーストキャリアを考えることも必要でしょう。
■ 伊藤 豊(いとう・ゆたか)
スローガン株式会社 代表取締役社長。東京大学文学部行動文化学科卒業後、2000年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。システムエンジニア、関連会社出向を経て、本社マーケティング業務に従事。2005年末にスローガン株式会社を設立、代表取締役に就任。「人の可能性を引き出し 才能を最適に配置することで 新産業を創出し続ける」ことを掲げ、学生向けメディア「Goodfind」や若手社会人向けメディア「FastGrow」などのサービスを通して、数多くのベンチャー企業や事業創出に取り組む大企業を人材面から支援している。
伊藤氏の著書:
『Shapers 新産業をつくる思考法』
スローガン株式会社 代表取締役社長 伊藤 豊