親や先輩の「就活アドバイス」が間違いだらけになる理由

これからの産業を生み出す人の考え方

 学生が自分の就職先を決めるときには、自分よりも社会人経験のある親や先輩に意見を求めることがあるかもしれません。また、子どもが心配なあまりに、「良かれと思って」就職先についてあれこれアドバイスする親御さんもいるでしょう。

 筆者は現在、成長意欲の高い学生のキャリアを支援するメディア「Goodfind」を主宰していますが、その中でしばしば感じることがあります。確かに情報収集自体は大事なことなのですが、注意しなければならないのは、「親や先輩のアドバイスが、必ずしも『就活をする本人』に当てはまるわけではない」ということです。

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 この記事では、拙著『Shapers 新産業をつくる思考法』をもとに、「親や先輩のアドバイスが間違いだらけになる理由」と、学生がはまりやすい「就活の落とし穴」について解説したいと思います。

親のアドバイスは「時間軸」が抜けている

「親世代のアドバイス」があてにならないのは、産業や企業、個人のキャリアのあり方は、5~10年で大きく変化するからです。

 社会人になっても、最初に情報収集した時点(就職活動のとき)から正確に知識をアップデートし続けているという人は、そう多くはありません。そのため、時間軸での変化を把握せずに、自分の経験と知識のみで語られるアドバイスも多く、「それは10年前の話ですよね?」ということが、しばしばあります。

 親が子どもに、もしくは歳の離れた先輩が後輩に語るキャリア論は、悪気なく「間違いだらけ」になってしまう構造にあるのです。

 過去から未来という「時間軸」を加味した上で、個人のキャリアや企業・社会・産業というスケールで考えていくと、話がかなり複雑になります。さらに、過去のことを正確に知るには、それなりの知識の蓄積とリサーチが必要です。そうなると、かなり大変なプロセスに思えて、尻込みするかもしれません。しかし、キャリアを考えるときには本来、そうした「立体的なものの見方」が必要なのです。

「憧れの人と同じキャリアを選ぶ」ときの落とし穴

「時間軸」を考慮しないとはまる「落とし穴」について、コンサルティング業界を例に考えてみます。

 たとえば、2005年に私と一緒に会社を創業した織田一彰は、アクセンチュアという外資系コンサルティング会社の出身です。織田はコンサルタントを経験したあとに、参画したスタートアップを上場承認まで成長させた上で上場企業に売却し、その上場企業の役員を務めたあとも何社か連続的に起業しては事業売却しています。いわばシリアルアントレプレナー(連続起業家)です。現在は全国の学生向けにセミナーを行うほか、国内外の大学で客員教授や講師なども務めている人物です。

 彼の話を聞いて感銘を受け、「織田さんみたいになりたいから、(織田さんと同じ)外資系コンサルティングファームに行きたい」と言う人がいます。しかし、織田がアクセンチュア(当時はアンダーセンコンサルティング)に入社したのは1993年です。当時の同社は、社員数が数百名規模の会社でした。

 1999年に私が就職活動をしているときにさえ、私が説明会に参加しようとすると、同級生に「あの会社は怪しい。すぐクビになるらしいからやめたほうがいい」と止められるような会社でした。それよりさらに6年前、もっと小規模だった頃に織田は新卒で入社しています。今の同社とはまったく違う会社だったと言えます。

業界自体も今とは大きく違う

 コンサルティング産業の歴史を少し振り返ってみましょう。

 1980年代までは、日本市場自体が右肩上がりで総花的な経営で成り立っていました。「選択と集中」といった戦略が不要だったので、コンサルティングの市場はまだほとんど存在しませんでした。1980年代は、今は有名なコンサルティングファーム各社はどこも小規模だったのです。

 その後、1990年代前半のバブル崩壊とともに日本企業にも戦略が必要となり、「戦略コンサルティング」の市場が成長しました。

 さらには、Windows95の登場などにあわせてパソコンの普及、インターネットの登場、SAPやオラクルなどのERP(統合基幹業務システム)の成長などを背景に、企業内でITシステムを導入するニーズが高まっていきました。そのなかでITコンサルティング分野が急成長した背景もあります。

 つまり、1990年代は、戦略コンサルティングやITコンサルティングという事業分野自体が、黎明期から急成長期に向かっていたベンチャー的な領域にあったのです。

筆者の伊藤豊氏の著書(画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします)

数十年後に同じ会社に入っても、同じ経験はできない

 のちに、1980~1990年代に新卒で外資系コンサルティングファームに入った人たちの中から、起業家や経営者がたくさん輩出されました。これは、当時のこうしたベンチャー的な成長環境に、安定した大手企業の世界への切符を捨てて飛び込めるような「リスクテイカー」が集まったという側面が大きいでしょう。それに加えて、そういった成長領域だったからこそ、若いうちから裁量を持ってスピーディに成長でき、黎明期の創業者世代に直接、薫陶を受けて磨かれていった可能性が高いのです。

 当時のコンサルティングファームに入社した人たちに話を聞いてみると、入社当時は周りから「何の会社なのか」「危ないのではないか」と言われ、親にも反対されることが多かったと口を揃えます。

 その後、コンサルティングが産業として成熟していった結果、2000年代の半ばからコンサルティングファームは学生に人気の業界になっていきます。2010年代になってからは、「今は行きたい業界がないので、(後の転職を考えて)いろいろな業界を見られるところに行きたい」「やりたいことがないので、プロフェッショナルとして市場価値が高くなりそうなところに行きたい」といった消去法的な理由も重なり、不動の人気を築いています。

 ここまで聞けば、今のコンサルティング業界に入社していく学生と、20~30年前にコンサルティングファームに入社した現在の40~50代の人たちは、まったく違うタイプだということがわかるでしょう。同じようなキャリアを歩んでも、同じようにはなれないということです。前提となる人物像も違えば、業界・企業の成熟度もまったく違うからです。

 大切なことは、「当時の黎明期的なコンサルティング業界を選んだことで、その業界自体を大きくする側になったからこそ、偉大なキャリアを築いた先人たち」がいたと理解することです。そして、すでに誰かが大きくしたあとの成熟した会社・業界に後追いで入るのではなく、「今で言えば、その黎明期にあたるところはどこだろう?」と考えられる思考力を持つことなのです。

 

■ 伊藤 豊(いとう・ゆたか)
 スローガン株式会社 代表取締役社長。東京大学文学部行動文化学科卒業後、2000年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。システムエンジニア、関連会社出向を経て、本社マーケティング業務に従事。2005年末にスローガン株式会社を設立、代表取締役に就任。「人の可能性を引き出し 才能を最適に配置することで 新産業を創出し続ける」ことを掲げ、学生向けメディア「Goodfind」や若手社会人向けメディア「FastGrow」などのサービスを通して、数多くのベンチャー企業や事業創出に取り組む大企業を人材面から支援している。

 

伊藤氏の著書:
Shapers 新産業をつくる思考法

スローガン株式会社 代表取締役社長 伊藤 豊

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執筆者
  • 伊藤 豊
  • スローガン株式会社 代表取締役社長

東京大学文学部行動文化学科卒業後、2000年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。システムエンジニア、関連会社出向を経て、本社マーケティング業務に従事。2005年末にスローガン株式会社を設立、代表取締役に就任。「人の可能性を引き出し 才能を最適に配置することで 新産業を創出し続ける」ことを掲げ、学生向けメディア「Goodfind」や若手社会人向けメディア「FastGrow」などのサービスを通して、数多くのベンチャー企業や事業創出に取り組む大企業を人材面から支援している。