世界が注目する次世代素材の量産化に成功
2年連続のノーベル生理学・医学賞受賞は非常に喜ばしいニュースでした。一方で、受賞者の大隅良典東京工業大学栄誉教授が基礎研究の重要性を強調された発言は大変重みのあるものでした。
そんな中、1990年代からNASAを始め世界的に研究開発が行われてきた“夢の繊維”、人工のクモの糸が、いよいよ実用化の段階に入ったようです。ここでも我が国の研究開発は目覚ましい成果を上げ、慶応義塾大学発のバイオベンチャー企業「Spiber」(山形県鶴岡市、以下、スパイバー)が世界の最先端を走っています。
遺伝子操作による合成タンパクで人工クモ糸を量産化
スパイバー代表の関山和秀氏が人工クモ糸の研究開発に着手したのは、同氏が慶応義塾大学在学中の2004年のことです。その後、2007年には事業化のためにベンチャー企業を立ち上げ、クモ糸を作る遺伝子を組み込んだ微生物を大量培養して量産する方法を確立しました。
その後、スパイバーは2013年にNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)によるベンチャー支援事業に、2014年には内閣府による革新的研究開発推進プログラムに承認されています。
また、産業界からのラブコールも大きく、2014年に自動車部品メーカーの小島プレス工業と共同出資会社を設立、2015年にはスポーツウェアメーカーのゴールドウイン(8111)などから約100億円の出資を受けるなど、ベンチャー企業としては理想的とも言える展開を見せています。
ナイロン、ポリエステルを超える“夢の繊維”
人工クモ糸による新しい繊維「QMONOS(クモノス)」の、鋼鉄よりも高い引張強度・靱性を持つという特性は、石油由来の合成繊維であるナイロン、ポリエステルを超えるものと言えるでしょう。もちろん、原材料に石油資源を使わないというメリットもあります。
地球上で最も強靭な繊維と言われる天然のクモの糸同様に、20種類のアミノ酸から成るたんぱく質が主成分で、より天然の感触・風合いが得られると言われます。加えて、アミノ酸の組み合わせにより多種多様な素材を生み出すことが可能です。
そのため、テーラーメードによる多品種少量生産でも低コスト化が図れ、環境との調和に優れるなど、理想的な産業になる可能性を秘めています。また、ポリマー、フィルム、ゲル、ナノファイバーなど様々な形態への加工が可能であり、アパレル、輸送用機器、医療分野などでの市場化が検討されているようです。
アパレルではポリエステルよりも伸縮性に優れ、破れにくいという特性から、アウトドアウェアのTHE NORTH FACEによるアウタージャケットが2015年に市場化されました。また、輸送用機器ではトヨタ自動車のレクサスのコンセプトシートに採用され、つい最近、パリ・モーターショー2016で発表されています。
医療分野では手術用の縫合糸、人工血管素材が検討されるなど、巨大なポリエステル市場に食い込む有望製品として、世界的にも熱い視線が注がれています。
IPO(新規株式上場)へ期待がふくらむ
内閣府、NEDOなど政府系機関による支援を受け、また、ゴールドウインなど事業会社との合弁会社設立や事業提携が相次いでいるスパイバーは、IPO(株式上場)が近いのではないかと期待されています。
市場ではサイバーダインの再来とも噂され、既に株主には、ゴールドウインに加え、ベンチャーキャピタルや銀行などの名前があがっています。
2016年8月4日には、テレビ東京系の「カンブリア宮殿」放送500回記念スペシャルに同社代表の関山氏が出演するなど、IPOに向けた助走が始まっているようにも見えます。今後の動向に注目したいと思います。
※スパイバーのIPOに関して詳しくは、『慶應大発ベンチャー・スパイバーのIPOはあるか-上場時主幹事や時価総額』もご参照ください。
石原 耕一