過去にクーデターで政府が退陣したこともあるトルコ

トルコで2016年7月15日夜(日本時間16日未明)、軍の一部がクーデターを試み、主要な道路や国営テレビなどを占拠して「国の全権を掌握した」と表明しました。しかし、16日の昼ごろまでに正規軍に鎮圧され、未遂に終わりました。

実は、トルコでクーデターが起こるのは珍しいことではありません。1960年、71年、80年の過去3回、クーデターで軍が権力を奪っています。このほか、失敗を含めて何度も、軍部が武力を使って、政治的な圧力をかけてきました。

なぜ軍がそこまで、政治介入を図ろうとするのでしょうか。背景にはトルコの歴史があります。1923年にトルコ共和国が建国されたとき、「建国の父」と呼ばれるケマル・アタチュルク将軍(初代大統領)は、政治から宗教の影響を排除する「世俗主義」を国の方針に掲げました。

トルコは、国民の圧倒的多数がイスラム教徒ですが、世俗主義は憲法にも明記されている国是です。長い間、公務員の女性がヒジャブ(スカーフ)をかぶることも禁止されていました(2013年に禁止令を廃止)。

軍や裁判所などは、この世俗主義を順守することで、自分たちの権力を守ることができました。このため、政府が親イスラムに向かうたびに、圧力をかけて退陣させてきたのです。

今回のクーデター決起は、ギュレン派粛正への抵抗か

トルコの現在の政権は、2002年に発足したイスラム保守の公正発展党(AKP)政権です。レジェプ・タイップ・エルドアン大統領は、同党の創設者であり党首です。

エルドアン氏は、首相(当時)就任後、欧米との関係を深め、10年間で年平均5%もの経済成長を実現しました。その一方で、軍や裁判所の権力を弱めるために、数千人もの世俗主義派のエリート層を辞任させたり異動させたりしました。

ただし、今回のクーデターは、これまでのような、世俗主義派と政権との衝突とは異なるという見方もあります。というのも、クーデターを試みたのは、エルドアン大統領の政敵であるイスラム宗教指導者ギュレン師を支持するグループであるとされているのです。

ギュレン派はもともと、エルドアン大統領とは親密な関係にありました。2013年ごろに政権と対立するまでは、率先して世俗主義派の排除を行っていました。

しかし、袂を分かつと、エルドアン大統領はギュレン派の静粛に取りかかりました。7月中旬には、ギュレン派の多くの将軍が逮捕される予定であるとされたことが、クーデターのきっかけだとも言われています。

強硬なエルドアン大統領に欧米各国が懸念

トルコ政府は、クーデター未遂をきっかけにギュレン派を中心とする反政権派の粛正を進めています。軍人や司法関係者、公務員、教員などで退職や停職などの処分を受けた人は、すでに5万人以上に達しています。また、テレビとラジオ計24局の免許取り消しも決めました。

さらに、エルドアン大統領は3カ月の非常事態を宣言しました。これにより、国会審議を経ずに法令を施行することが可能になり、市民の基本的な権利も制限されることになります。死刑制度の復活にも言及しています。

これらのあまりにも性急な動きに対して、エルドアン大統領の権力基盤を強固にしようとする「クーデター自作自演」説や「クーデター利用」説もささやかれているほどです。

トルコの混乱は他の国にとって「対岸の火事」ではすまされません。トルコは北大西洋条約機構(NATO)加盟国で、シリアに隣接する要衝です。米軍が主導するイスラム国(IS)の掃討作戦にも加わっています。難民問題などでは加盟申請中の欧州連合(EU)と協力関係にあります。

今回のクーデターに関し、欧米各国はトルコ政府への支持を打ち出す一方で、エルドアン大統領の独裁化を懸念しています。これらの声を聞き入れず、さらなる強硬姿勢を貫くのか、目を離せない状況です。

日本企業への影響は?

日本企業への影響はどうなるでしょうか。トルコは欧州と中東の結節点にあることに加え、同国自身の人口も7000万人を超え、市場としても有望です。トヨタ自動車、パナソニック、IHI、三菱重工業など、多くの日本企業も進出しています。

ただし、トルコ経済はかつてのような急成長の勢いはないとも指摘されています。さらに、独裁化が進むとすれば、今後の経済政策も不透明になります。これらの不安を受けて、外国為替市場では現在、トルコリラは対ドルで、過去最安値圏で推移しています。

トルコは親日国としても知られます。安倍首相はエルドアン氏と信頼関係が深いことから、大規模な粛正に対する批判などはしていません。今はまだ、混乱した状況を見守っているといったところでしょう。

 

下原 一晃