看護師が語る「印象深い最期の選択」…今こそ考えたい「最期をどう生きる?」

誰かのために生き長らえる

自分の死に際の話になると、よく言われるのが「食事や酸素もチューブからになり、管まみれになりたくない」ということです。筆者もできれば最後まで食事は口から食べたいですし、無理矢理生きている状態は嫌だと感じます。しかし、実際にそれらを拒否する人は少ない。
なぜでしょうか?印象に残っている患者さんがいます。

末期のがん患者で告知が行われた患者さん。患者本人は「積極的な治療は考えていない」と言っていました。しかし、それを聞いた娘さんは「嫌だ、死んでほしくない」と患者さんに懇願したのです。それを見て患者さんは『ほんとに私がいないとダメだね。先生もう少し頑張ってみます』と治療に向かうこととなりました。

がん治療は想像を絶するほど身体に負担をかけます。痛み止めなど緩和治療も同時並行で行いますが、おそらく辛かったでしょう。しかし、患者さんは娘さんのために生きようとしました。娘さんは、必死に看病をしていました。

患者さんが亡くなったあと、娘さんは「お母さんは、私に親離れをする時間をくれるために治療を頑張ってくれた」と。

自身のことだけではなく、娘のことを思い辛い治療を選択した母親。筆者はまだ独身であるため自分がどうしたいかを考えがちですが、「周りのことを考えた自分の最期」というのを考えていきたいと感じた出会いでした。

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大病院の看護師を経て、フリーライターをしながら時々個人家庭教師や老人ホームなどの介護施設で看護師として活動。
看護師、講師の経験からデータなど根拠のある記事が得意で、感染症看護や老年期の看護・介護、教育系が得意ジャンル。