似たような経験を思い出す

Twitterでのこの騒動を見て、筆者がまず思い出したのは、数年前に筆者自身が似たような経験をしたことでした。

筆者の産まれ故郷は、東日本大震災(3.11)で大きな被害を受けました。震災当時、筆者は他県に住んでおり、実家もすでに存在していなかったため、直接的には被害を受けていません。

ですが、筆者にとっては幼少期から青春時代までを過ごした場所で、まさに「故郷」と呼べるたった1つの場所でした。両親が離婚していたこともあって個人的な感情も影響し、唯一「帰る場所」という強い思い入れもある土地だったのです。

その大切な場所が、3.11により自分が知っている姿とは大きく変わってしまいました。

その衝撃は想像以上で、直接的な被害は受けていないとはいえ、心情的には大きなショックを受けました。

当時幼稚園児の子どもがいましたので、日中は子どもの世話や仕事に追われ平常心を保っていましたが、その期間の自分の記憶は曖昧でハッキリと覚えていません。
子ども達を寝かし付けた後、リビングでぼーっとしていたかと思うと、突然涙を流していた…というのは、夫から聞いた話です。夫曰く「当時はなんて声をかけて良いのか分からなかった」と言っていました。

ただただ、家族の生活を成立させるために身体を動かしていたような気がします。

そうして過ごしていた後、ママ友の中に同じような境遇の人がいることを知りました。震災前からの友人でしたが、たまたま隣県出身ということを知りました。話をしていると、お互いが「故郷のために何かしたい」という思いを抱えていて、ささやかながら被災地商品の購買促進活動を進めていくことにしました。すでに震災から半年以上の時間が経っていました。

ある日、その活動の一環として、被災前の故郷の写真を展示することになりました。そこで関東に在住していた同郷の幼なじみに「昔撮った写真が手元にあったら貸してほしい」と連絡をしたのです。この幼なじみとは年に数回ではありますが、結婚してからも変わらず連絡を取り合う、気心の知れた間柄でした。

しかしその友人から返ってきた言葉は、私の予想とは大きく異なるものだったのです。
『当事者じゃない人間が善意を振りまいて、巻き込まないで!』

友人の両親はご健在でしたが、実家は変わらず被災地にあり、まだまだ不自由で不安な暮らしを強いられていました。このような背景があり、彼女の気持ちが爆発した結果での言葉だったと思います。

その一件以来、お互いがしばらくの間連絡を取ることができずにいました。私は善意のつもりだったことが、大事な人を傷付けてしまった事実に、何が善で何が悪なのか分からなくなってしまいました。行動を起こすこと自体が怖くなってしまったのです。

現在、その彼女とは交流を再開しています。
再び連絡を取り合うようになったきっかけは、覚えていません。ただ、震災当時のことを「どちらがとか、誰がとか、何が悪かった…ではなかった」「悪かったとすれば、あの震災だった」「震災がなかったら、あんな感情をお互い知ることはなかった」と電話口で泣きながら話し合ったことを覚えています。

そして、言葉ですべてを表現することができない感情を共有した彼女は、今でも私のかけがえのない友人です。