5G対応のスマートフォンが2020年から本格的にリリースされるなか、部品レベルではRF部品の搭載員数増加に期待が集まっている。なかでも、アンテナ領域は最も商機拡大が見込まれる分野の1つだ。

 アンテナ分野はミリ波への対応に伴い、半導体実装技術を使ったアンテナモジュール「AiP(Antenna in Package)」への移行が進む。基板材料メーカーや組立工程を受託するOSATなどが、この新領域に対して期待を寄せている一方、LCP(液晶ポリマー)をはじめとする低損失基板材料は、絶好の事業機会を失う可能性も指摘され始めている。

求められるアンテナ技術の高度化

 スマホに搭載されるアンテナは通常、MID(Molded Interconnect Device)を使って筐体上部と下部に設置される。5Gのうち、6GHz以下、いわゆる「サブ6」領域では現在のアンテナ技術が踏襲されるが、28GHzや39GHzといったミリ波領域ではアンテナ技術が大きく変わる。

 ミリ波は一度に多くのデータを流せる特徴を持つ一方、障害物に弱い弱点もあり、アンテナ技術の高度化はスマホなどの端末だけでなく、基地局などのインフラ分野でもカギを握る。具体的には、従来の形態は一線を画す、アレイ状のアンテナパッドを配置した「AiP」が必須となってくる。

 AiPはスマホの筐体側面に配置するため、19×5mmと特殊なパッケージ寸法を取っており、基板層数は6-2-6層のビルドアップ構造。片面にアンテナパッドが形成され、もう一方にはパワーアンプ統合型のRFICとPMICが実装される。

 ミリ波はユーザーの「手」さえも障害物となってしまうため、スマホ1台に最低でも4個、あるいは6個のAiPが搭載される見込み。搭載員数が複数個になるため、経済的な面からもミリ波対応スマホの登場に期待を寄せる声は大きい。

クアルコムが唯一実用化

 しかし、実際のところ、20年の5Gスマホ出荷台数のうち、ミリ波が占める割合はごくわずかだ。業界コンセンサスとなっている2.5億台に対し、ミリ波端末は1割強にとどまる見込みで、世界各国のミリ波商用スケジュールが需要動向のカギを握ることになりそうだ。

 このAiPを現在実用化できているのは、米クアルコムただ1社。18年に第1世代となる「QTM052」を発表、19年には対応周波数の拡大と低背化を図った第2世代の「QTM525」をリリース。モデムを含めて、ミリ波のソリューションを一元的にサポートできる体制を整えている。

 競合するチップセットベンダーもAiPの開発に力を入れる。とりわけ、中国ハイシリコンと台湾メディアテックが意欲的に取り組んでおり、材料メーカーも巻き込むかたちで評価が進んでいるという。

低損失基板材料がいらなくなる?

 AiPが業界に与えるインパクトは他にもある。内蔵のRFICが送信時に数GHzの信号を28/39GHz帯にアップコンバート、受信時に28/39GHzの信号を数GHz帯にダウンコンバートできる。これによって、アンテナからモデム部をつなぐケーブルに求められる高周波特性が変わってくる可能性があるのだ。

 ミリ波対応に向けて、より低損失な材料が必須になってくるとして、LCPをはじめとする次世代基板材料の開発競争が活発化している。しかし、この変換機能によって「LCPのような高価な材料ではなく、より安価なポリイミド(PI)系などでも十分」という声が出始めている。実際にPIも特性を改良したMPI(変性ポリイミド)などが台頭しており、日進月歩で特性が改善しているといわれている。

 材料メーカーの多くが、低損失材料の市場拡大が見込めるとして、新製品の上市や研究開発を加速しているが、AiPの登場はこうした前提条件を覆す可能性も秘めている。

電子デバイス産業新聞 副編集長 稲葉 雅巳