量子ドット材料(Quantum Dot=QD)の需要拡大が見込まれている。韓国のサムスンディスプレー(SDC)が忠清南道牙山キャンパスに2025年までに総額13.1兆ウォンを投資する計画を発表し、8.5世代(2200×2500mm)マザーガラスで当初月産3万枚の生産体制を整備して、次世代テレビ用パネル「QD-OLED」の量産を21年から開始するためだ。これに伴い、QDメーカーの動きも活発化しており、20年には応用範囲の拡大がさらに進みそうだ。

市場は年率27%で成長

 QDとは、直径が10nm以下の半導体微粒子を指す。主にカドミウム(Cd)系やインジウム(In)系の金属微粒子が用いられる。こうした微粒子は、紫外光など特定の波長の光を当てると、粒径の違いに応じて赤や青、緑に発光する。紫外光を長時間当てても色褪せることがほとんどないため、これらの性質を利用して、液晶や有機ELといったディスプレーやLED照明の色味を向上したり、太陽電池が吸収できる波長を広げて発電効率を高める波長変換材料に使ったり、病巣を特定するバイオマーカーに利用しようといった取り組みが進んでいる。

 ちなみに、SDCのQD-OLEDは、青色に発光する有機ELにQD層を組み合わせ、青色光でQD層を励起して赤と緑に変換し、液晶と同様にカラーフィルターも積層してRGBフルカラーを得る構造を採用する。こうした用途がQDの需要拡大に寄与し、調査会社のMarketsandMarketsでは、QD市場は18年の26億ドルから年率平均27%で成長して、2023年には85億ドルに達すると予測している。

ナノシスは生産能力を倍増

 現在、QDメーカーとして最も大きな供給能力を持つと目されるのが米ナノシスだ。同社は19年7月、カリフォルニア州ミルピタスの本社工場で数百万ドルの投資を完了し、QDの年産能力を50t以上に倍増したと発表した。15年に年産能力を25tに拡大すると発表し、18年にこれを実現したが、テレビやモニター、タブレット向けなどに拡大する需要に対応するため新たな増産投資を進め、1300L以上の容量を持つ2階建ての反応炉を整備した。

 19年10月には、19年のQD出荷量が前年比で5割以上増加する見通しだと発表した。19年後半には、ナノシス製のQDを搭載した100以上のディスプレー製品が市場で入手可能になり、そのほとんどが1000ドルを下回る手頃な価格で購入できるようになった。「この傾向は、2020年に液晶テレビでの採用が拡大し、近い将来、ナノシスの技術と市場でのリーダーシップをさらに確立する新たなQD色変換製品の導入によって加速すると予想している」と、暗にSDCのQD-OLEDへの採用を予見するかのようなコメントを出している。

ナノシス製QDの製品への採用が加速している

シンガポールのベンチャーがペロブスカイト型で商品化

 シンガポールに本社を置く先端材料ベンチャーのナノルミは19年11月、ディスプレー用にCdフリーのペロブスカイトQD(PeQD)を用いた色域向上フィルム「カメレオンGフィルム」を業界で初めて開発したと発表した。すでにディスプレーメーカーが評価を進めており、これを搭載した民生品が20年後半に発売される予定だという。

ナノルミのカメレオンGフィルム

 ペロブスカイトとは、結晶構造の1つを意味する。例えば、チタン酸バリウム(BaTiO3)のように、A+B+C3という3元系から成る遷移金属酸化物などのことをいう。

 QDフィルムは現在、液晶の色域を向上させるために使われている。液晶テレビで、液晶パネルとバックライトユニットの間にQDフィルムを挟むと色域を広げることができるため、液晶テレビが有機ELテレビに対抗できる技術の1つとして利用されている。サムスンが商品展開しているハイエンド液晶テレビ「QLED」はこの技術を採用したものだ。

 カメレオンGフィルムは、CdフリーでRoHS指令に準拠したハロゲン化物半導体ナノクリスタル(緑色PeQD)を用いており、拡散フィルムの代わりにバックライトユニットに搭載するだけで、Rec.2020規格で90%以上、Adobe RGBおよびDCI-P3規格で99%以上の色域を実現できる。

 既存のQDフィルムより最大20%高い輝度を実現でき、省エネ化にも寄与できる。フィルムの色性能は化学組成の管理で決定され、従来のQDと異なり、緑色PeQD個々の粒子サイズに依存していない。同社は保護シェルを使用して欠陥のないナノ結晶を調製することに成功し、緑色PeQDを安定化させる樹脂の処方も開発。独自の連続フロー反応器システムで緑色PeQD大規模生産を実証し、大判のロール・ツー・ロールでフィルムを製造できるようにした。

 同社は19年7月、PeQDの商業化に向け、シンガポール国立大学から100万ドルのシード資金支援を受けて事業化を進めてきた。

Nanocoは事業売却も視野に

 こうした需要拡大に対応した動きの一方で、再編を検討している企業もある。CdフリーQDメーカーの英Nanocoテクノロジーは19年11月、会社の売却も視野に入れた検討を進めていることを明らかにした。独立した財務顧問にエバーコア社を指定し、ここを通じて12月中旬に提案があることを期待している。

 同社の11月5日付の発表によると、ディスプレーおよび赤外センサー向けに潜在顧客を開拓し、事業の継続的な資金調達を模索するのと並行して、戦略レビューの1つとして会社の売却可能性を特定関係者と予備協議したという。

 同社は、アップルとみられる米国顧客と18年2月に開発・供給契約を結んだが、この顧客が19年6月に「量産に採用しない」方針を表明。これに伴い、Nanocoは20年度(2020年7月期)の売上高見通しを1300万ポンドから400万ポンドに下方修正した。

 また、19年7月期の通期業績は、売上高が712万ポンド、営業損益は548万ポンドの赤字(前期は741万ポンドの赤字)にとどまり、がんの診断マーカーなど画像診断用に開発しているQDについては事業スピンアウトを含むオプションを検討する考えを示していた。また、アップル需要に備えて生産能力を約4倍に拡張し、20年度前半に量産準備が整う英ランコーン工場の今後の操業も懸念されていた。

 QD業界では、韓国のサムスン電子が16年末に、当時QDの実用化で最も先行していた米QDビジョンを7000万ドルで買収している。

電子デバイス産業新聞 編集長 津村 明宏