年の瀬も迫ってきましたが、今年のみなさんの「歯の健康」はいかがでしたか? 厚生労働省の2016年の発表によると、虫歯などで「歯を失ってしまった本数」について年代別に調べたところ、グラフ(別図版)に示すように、40代の終わりまでは1本に満たないのですが、50歳を越えたところで2本、60歳を越えたところで4.6本と、50代からぐっと増加していきます。

失う歯の本数は50代・60代で一気に増える

 残念ながら歯を失ってしまったときに、入れ歯や差し歯、ブリッジなどと並んで選択されるのがインプラントです。以前に比べると一般的な治療法となり、安全に行うことができるようになったインプラント治療ですが、大がかりな外科手術であることに不安を感じて、踏み切れない人も多くいます。この点について「そうした不安の声に応える新しい治療法として注目されているのが、メスを使わない『フラップレスインプラント』と呼ばれるものです」と話すのは、歯科医師の滝澤聡明さんです。

 滝澤先生は、国内のクリニックが通常行うインプラント手術の平均本数が月に2~3本とされる中、実に1カ月あたり約100本もの治療を行っている、インプラントの専門医です。ここではエキスパートの目で、最新の治療法のメリット・デメリット、安全性などについて解説してもらいました。

メスを使わないで、どうやって手術するの?

 インプラント治療に漠然とした不安をお持ちの方は、多くおられます。大きな声では言えない話かもしれませんが、私が以前に自分の両親のインプラント治療を手掛けたときにも、実は治療に踏み切るまでには時間がかかりました。言葉を尽くしてインプラントの良さを説得しても、「本当に失敗しないのか?」「ブリッジではダメなのか?」と問われ続けて、なかなか決心がつかなかったんですね。

 私の両親でも、息子に手術をしてもらうことさえためらうのに、一般の方がインプラント治療に躊躇し、踏み切れないのは当然です。そんな方に知っていただきたいのが、「フラップレスインプラント」という治療法です。

患者さんの不安を低減する「メスや麻酔時の注射」を使わない治療法が出てきた

「フラップレス」とは、無切開、つまり歯ぐきを切らない手術のことです。通常のインプラント手術の場合、メスで歯ぐきを切開して骨から剥がし、骨を直視できるようにしてからインプラント本体を埋め込んでいきます。一方、フラップレスインプラント治療の場合は、メスを一切使わないのです。

 また、インプラント手術が怖い理由に、麻酔の「注射」が苦手という方が多いのですが、イラスト(別図版)のように、鼻から吸入する麻酔である「笑気吸入鎮静法」を選べば、麻酔時の注射をする必要もありません。

 そもそも、なぜ従来のインプラント手術では、歯ぐきを切開する必要があったのでしょうか? 理由は、「インプラント=切開するもの」という古い常識があるからです。

 歯科にかかわらず、外科施術においては、施術を行う部分を直視しなければならないという凝り固まった常識があるために、インプラント治療の現場でも「切開はするもの」として考えられていました。

 もちろん、歯ぐきを切ってみないと、あごの骨の細かい形などがわからないため、インプラントを埋入する深さを測るのが非常に難しいのは事実です。メスで切ってしまうほうが、容易にできます。

 また、フラップレスは手間がかかることも事実です。私のクリニックでは、10㎜の穴を開ける場合、5㎜開けた時点で再度CTを撮り確認するなど念入りなチェックを行います。このように、丁寧な過程を踏まないと行えない施術法なのです。だからこそ、手術できるクリニックが限られます。しかし、歯科医の経験と技量があり、設備が整っていれば、切らずに治療を行うことも決して不可能ではないのです。

腫れの心配はほとんどない

 先ほどもお話ししたように、一般的なインプラント手術では歯肉を切開しますが、インプラントを埋入する骨の部分を直視するためには、それだけではなく、さらに骨から歯肉をはがす「剥離」を行う必要がありました。

 切開・剥離を行うと、歯ぐきを大きく傷つけるため、出血します。体の反応として、出血すれば、その傷を早く治そうと体中の血液が患部に集まるため、大きく腫れます。

 フラップレス手術なら、歯肉を切開・剥離してドリルで穴を開けるという施術を行いません。このため、「腫れ」についてはほとんど心配する必要がありません。

 また、通常のインプラント手術の場合は、歯ぐきを切開・剥離してインプラントを骨内に完全に埋入した後、骨とインプラントの結合を待ちます。一方、フラップレスでは、インプラントの頭(キャップ)を歯ぐきの上に露出させておくため、歯ぐきを縫合する必要がありません。

 なぜ、通常の場合はわざわざ歯ぐきを縫合してインプラントを埋め込むのでしょうか。理由は、インプラントの頭の部分を露出させておくと、舌で触ったり外部から圧力がかかったりすることがあり、インプラントと骨がうまく結合しないことがあるからです。

 しかし、歯科医師が術後の生活について十分に指導を行い、患者さんが気をつけていれば、わざわざ一度切開した部分を再度縫いつけ、また切開して骨を入れるという工程を踏む必要はないのです。

 縫合の必要がないので抜糸も行わないため、当然ながら通常のインプラント手術のように、縫合・抜糸時の痛みに悩まされることもありません。

<フラップレスインプラントのメリット>
・切開しないため、痛みや出血がほとんどない
・手術の回数が1回で済み、治癒期間が短い
・手術時の患者さんの体の負担が少ない

<フラップレスインプラントのデメリット>
・あごの骨の形状が把握しづらいため、医師の経験と技術力が必要
・術前のCTシミュレーションが必要

フラップレス手術ができない人もいる

 インプラント治療のハードルでもある痛みや怖さを誰もが克服できる治療法のように思えるフラップレス手術ですが、どんな患者さんでも受けられる手術、というわけではありません。

 たとえば、フラップレスに限らずですが、インプラントを行う際には、歯ぐきの幅や厚みが充分にある必要があります。骨の幅や高さがない人は、歯ぐきを切開して骨を直視して、慎重に判断しなければなりません。インプラントはあごの骨にドリルで穴を開ける必要があるため、神経の走り方が複雑な場合も、無切開手術は難しいといえます。

 ただ、これらの例は患者さんが自分の歯ぐきを触ってみてわかることではありませんので、まずはカウンセリングを受けてみることが大切です。

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見た目を取るか、安全性を取るか?

 たとえば、「見た目はいいが、安全性が保証されていない治療法」と、「見た目はあまりよくないが、確実に安全といえる治療法」なら、あなたはどちらを選びますか?

 私は、後者をおすすめします。治療をするからには、その歯をずっと長く安全に使い続けてほしいからです。

 もし、患者さんが「見た目がよければリスクが高くてもいい」と考えたとしても、私は「それは違うのではないですか?」と言える歯科医師でありたいと思っています。それが、専門的な知識を持った、歯科医師としての誠意だからです。

 そのような考えから、私が最終的に選んだのがインプラント治療で、中でもフラップレスという術式なのです。

 手術でメスを入れたり、副作用を持つ薬を飲んで体にダメージを与えることを医学用語で「侵襲(しんしゅう)」といいます。いくら治療のために効率的だとしても、高い侵襲を伴う医療行為は、患者さんの体にとって大きな負担となるため避けたいところ。フラップレスインプラントは、体への負担が少ないため「低侵襲」の治療法だといえます。

 すべての症例がフラップレスで行えれば、これに越したことはありませんので、私のクリニックでは、フラップレスが可能な場合はなるべくこの術式で治療しています。ただ、フラップレスではある程度の歯肉や骨の状態のよさが必要となるため、治療計画上、切開を必要とする術式をすすめる場合もあります。

 いずれにしても、数多くの選択肢の中から、納得のいく治療法を、患者さん自身で選んでいただけるようになってほしいと切に願っています。

 

■ 滝澤聡明(たきざわ・としあき)
 医療法人社団明敬会理事長。歯学博士。神奈川歯科大学卒。1996年に東京都江東区にタキザワ歯科クリニック、2006年に湘南藤沢歯科、2019年に東京日本橋デンタルクリニックを開院。インプラント治療に注力し、「インプラント専門外来」や「インプラントセンター」、インプラントのセカンドオピニオンとリカバリーをメインとする「リカバリーセンター」を設けている。ICOI(国際口腔インプラント学会)日本支部役員、ICOI指導医、ICOI認定医、iACD(国際コンテンポラリー歯科学会)国際理事会理事、UCLAインプラントアソシエーションジャパン理事、厚生労働省認定臨床研修指導医。

滝澤氏の著書:
切らない! 縫わない! 怖くない! フラップレスインプラント

滝澤 聡明