法務省の「令和3年民法・不動産登記法改正のポイント」によると、相続開始から10年を経過した後の遺産分割は、特別受益や寄与分を考慮した具体的相続分ではなく、法定相続分(又は指定相続分)によるのが原則です。令和5年4月1日より前に始まった相続には、令和10年3月31日を基準とする経過措置があります。
親が亡くなってから、実家の名義や預金の分け方を決めないまま、何年も過ぎてしまう方は、少なくないと考えられます。「遺産分割に期限はあるのか」「10年たつと、分け方が変わると聞いたが本当か」「話し合いがまとまらないとき、調停には、いくらかかるのか」と、調べる方もいるかもしれません。
この記事では、前半でこの疑問に、法務省と裁判所の公表資料と編集部の試算で答えます。前半だけで、10年ルールの中身と試算まで確認できます。後半では、3つの相続分の違い、基準日の考え方、調停の費用と審理期間、令和7年の司法統計の数字を整理します。分け方の判断は、相続人の話し合いや家庭裁判所が行います。個別の相談は、弁護士や司法書士などに確認してください。
1. 想定される疑問:父が8年前に亡くなったが、遺産分割をしていない。10年たつと分け方が変わる?もう間に合わない?調停にはいくらかかる?
「父が8年前に亡くなりました。母は先に亡くなっていて、相続人は兄と私の2人です。実家には兄が住み続けていて、遺産分割の話し合いは、しないまま時間が過ぎました。最近、10年たつと分け方が変わると聞きました。もう間に合わないのでしょうか。話し合いがまとまらないときの調停には、いくらかかりますか」。
この疑問は、一人の事情に見えますが、同じ迷いは、相続の話し合いを先延ばしにしている人に、当てはまりえます。答えは、次の3点です。
- 遺産分割を求めること自体に、期限はありません。ただし、相続開始から10年を経過した後の遺産分割は、特別受益や寄与分を考慮した具体的相続分ではなく、法定相続分によるのが原則です。10年が過ぎる前に、家庭裁判所に遺産分割を請求すれば、引き続き具体的相続分で分けられます。相続人全員が合意すれば、10年を過ぎても、具体的相続分で分けられます(法務省)
- 令和5年4月1日より前に始まった相続は、少なくとも施行時から5年の猶予があり、令和10年3月31日が基準です。相続開始から10年が、それより後に来る場合は、10年の経過時が基準です。たとえば、平成30年10月に亡くなった場合は、令和10年10月ごろが区切りです(法務省、編集部試算)
- 調停の申立てには、被相続人1人につき収入印紙1200円分と、郵便料が必要で、話合いがつかないと審判に移ります。令和7年の遺産分割事件16431件のうち、1年以内に終局したのは約67.9%、2年以内は約91.3%です(裁判所、編集部試算)
2. 10年が近い・既に過ぎた・話し合いが進まない、3つの場合を確認
読者の方が気にしそうな「もし」を、法務省と裁判所の資料で確認します。いずれも、ご自身の相続分を確定するものではありません。
- もし、相続開始から10年が近いなら:10年の期間が満了する前に、相続人が家庭裁判所に遺産分割を請求すれば、引き続き具体的相続分で分けられます。10年の期間満了前6か月以内に、請求できないやむを得ない事由があった場合には、その事由がなくなってから6か月が経過する前の請求でも、同様です(法務省)
- もし、相続開始から10年が既に過ぎているなら:分け方の基準は、法定相続分(又は指定相続分)になります。分割の方法は、基本的に遺産分割で、共有物分割ではありません。相続人全員が合意すれば、具体的相続分で分けることも可能です(法務省)
- もし、話し合いがまとまらないなら:家庭裁判所の遺産分割の調停または審判の手続を利用できます。調停がまとまらず不成立になると、自動的に審判の手続が始まり、裁判官が審判をします(裁判所)
具体的相続分とは、法定相続分や指定相続分を、特別受益(生前贈与等)や寄与分で修正して算出する割合です(法務省)。ここからは、この答えの前提になる10年ルールの中身と、試算を確認します。
3. 10年ルールの中身と試算:兄だけ生前に1000万円の贈与があれば、10年後は弟の取り分が500万円減る
法務省の資料によると、改正前は、具体的相続分で遺産分割を求めることに、時的な制限がなく、長期間放置しても、遺産分割を希望する相続人に不利益が生じませんでした。そのため、早く請求しようという動機が働きにくく、時間がたつと、生前贈与や寄与分に関する書類が散逸し、記憶も薄れて、具体的相続分の算定が困難になるおそれがありました。
そこで、令和3年の民法改正で、相続開始から10年を経過した後にする遺産分割は、具体的相続分ではなく、法定相続分(又は指定相続分)によると定められました(民法第904条の3)。令和5年4月1日に施行されています。例外は2つで、10年が過ぎる前に家庭裁判所に遺産分割を請求したとき、10年の満了前6か月以内にやむを得ない事由があったときです。
編集部が、冒頭の例に近い数字で試算しました。父の遺産が3000万円で、相続人は兄と弟の2人、兄だけが生前に1000万円の贈与(特別受益)を受けていたと仮定します。具体的相続分で分けると、みなし相続財産は4000万円で、それぞれ2000万円です。兄は贈与の1000万円を引いた1000万円、弟は2000万円です。
3.1 【遺産3000万円・兄だけ生前贈与1000万円だと、10年後に弟の取り分はいくら減る?具体的相続分と法定相続分を比較(編集部試算)】
前提条件:父の遺産は3000万円、相続人は子の兄と弟の2人(母は先に死亡)、兄だけが生前に1000万円の贈与(特別受益)を受けた。寄与分はない。具体的相続分は、遺産に特別受益を足したみなし相続財産4000万円に、法定相続分2分の1をかけ、特別受益を引いて計算する。編集部試算1/1
出所:法務省「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」を基にLIMO編集部試算
- 具体的相続分(10年以内に家庭裁判所に請求する、または全員が合意):兄の取り分は1000万円(2000万円−贈与1000万円)、弟の取り分は2000万円です。
- 法定相続分(10年を経過した後の原則):兄の取り分は1500万円(3000万円の2分の1)、弟の取り分は1500万円(3000万円の2分の1)です。
表を見ると、同じ遺産でも、10年を過ぎると、贈与を受けていない弟の取り分が、2000万円から1500万円に、500万円減ります。兄の取り分は、1000万円から1500万円に、500万円増えます。ただし、試算は仮定の例です。実際は、特別受益や寄与分の有無、金額の認定で変わります。
4. まとめ
遺産分割を求めること自体に、期限はありません。ただし、相続開始から10年を経過した後の遺産分割は、具体的相続分ではなく、法定相続分によるのが原則です。10年が過ぎる前に家庭裁判所に請求するか、相続人全員が合意すれば、具体的相続分で分けられます(法務省)。
令和5年4月1日より前に始まった相続は、令和10年3月31日が基準で、10年がそれより後に来る場合は、10年の経過時が基準です。遺産3000万円で、兄だけ1000万円の贈与があれば、弟の取り分は、2000万円から1500万円に減ります(編集部試算)。
調停の申立ては、被相続人1人につき収入印紙1200円分と郵便料で、不成立なら審判に移ります。令和7年の遺産分割事件は16431件で、1年以内の終局が約67.9%、遺産5000万円以下が約77.6%です(裁判所、編集部試算)。個別の判断は、専門家に確認してください。
5. 法定相続分・指定相続分・具体的相続分の違い:特別受益や寄与分を加えて修正した割合が具体的相続分
法務省の資料によると、遺産分割は、相続人の協議(合意)、または家庭裁判所の審判・調停で行います。遺産分割の基準は、従来、法定相続分や指定相続分ではなく、具体的相続分の割合でした。この3つの違いを、先に確認します。
法定相続分は、民法であらかじめ定められている画一的な割合です。たとえば、配偶者と子2人が相続人なら、配偶者が2分の1、子が4分の1ずつです。指定相続分は、遺言により被相続人等が指定した割合です。具体的相続分は、法定相続分や指定相続分を、事案ごとに修正して算出する割合です。
具体的相続分の計算では、相続財産の価額に、特別受益(生前贈与等)の総額を足し、寄与分の総額を引いた、みなし相続財産に、法定相続分をかけます。そこから、各相続人の特別受益の価額を引き、寄与分の価額を足します。長く被相続人の世話や仕事の手伝いを担った人や、生前に大きな援助を受けた人がいる場合に、差が出る仕組みです。
6. 基準日の考え方:令和5年4月1日より前に始まった相続は令和10年3月31日が基準、10年がそれより後なら10年の経過時
法務省の資料によると、令和5年4月1日より前に被相続人が亡くなった場合の遺産分割にも、新しい決まりが適用されます。ただし、経過措置により、少なくとも施行時から5年の猶予期間があります。この5年が満了するのは、令和10年3月31日です。
具体的相続分で分けたい場合は、相続開始から10年が経過する時と、施行時から5年が経過する時の、いずれか遅い時までに、相続人が家庭裁判所に遺産分割を請求する必要があります。相続開始から10年が、令和10年3月31日より後に来る場合は、10年の経過時が基準です。
基準日を、相続が始まった時期ごとに整理しました。境目の日付は、相続が始まった日によって、数日の差が出ます。ここでは、おおむねの時期で示します。
6.1 【令和10年3月31日が節目なのはどの相続?相続が始まった時期ごとの基準になる時を早見表で確認(法務省の資料を基に整理)】
- 令和5年4月1日以後:基準になる時は相続開始から10年の経過時で、10年が過ぎる前に、家庭裁判所に遺産分割を請求します。
- 平成25年3月以前(施行時に既に10年が経過):基準になる時は令和10年3月31日の経過時で、令和10年3月31日までに、家庭裁判所に遺産分割を請求します。
- 平成25年4月〜平成30年3月(10年が令和10年3月31日より前に来る):基準になる時は令和10年3月31日の経過時で、令和10年3月31日までに、家庭裁判所に遺産分割を請求します。
- 平成30年4月〜令和5年3月(10年が令和10年3月31日より後に来る):基準になる時は相続開始から10年の経過時で、10年が過ぎる前に、家庭裁判所に遺産分割を請求します。
表を見ると、冒頭の例の、平成30年10月に亡くなった場合は、4行目に当たり、令和10年10月ごろが区切りです。平成25年から平成30年3月までに亡くなった場合は、令和10年3月31日が区切りで、2026年10月時点では、あと約1年半です。基準日の日付は、個別に確認してください。
7. 【編集者の視点】
今回の整理で、いちばん意外だったのは、「期限」という言葉が、指すものが人によって違う点です。遺産分割を求めること自体に期限はありません。一方、具体的相続分で分けられる期間には、10年という区切りがあります。相続税の申告の10か月や、相続登記の3年とは、別の期限です。
とくに、特別受益や寄与分を主張したい側にとっては、10年が重要な意味を持ちます。何も請求せずに10年が過ぎると、法定相続分が基準になり、主張が通りにくくなります。反対に、贈与を受けた側は、10年が過ぎると、有利になる場合があります。立場によって、受け止め方が違う点も、大切です。
この記事は、特定の請求や、話し合いの進め方を勧めるものではありません。相続分の額、基準日、特別受益や寄与分の認定は、個別の事情で変わります。弁護士、司法書士、家庭裁判所などに、個別に確認してください。
8. 遺産分割調停の流れと費用:収入印紙は被相続人1人につき1200円で、不成立なら自動的に審判へ
裁判所の案内によると、被相続人が亡くなり、遺産の分割について相続人の間で話合いがつかない場合には、家庭裁判所の遺産分割の調停または審判の手続を利用できます。調停は、相続人のうちの1人または何人かが、他の相続人全員を相手方として申し立てます。
申立人になれるのは、共同相続人、包括受遺者、相続分譲受人です。申立先は、相手方のうちの1人の住所地の家庭裁判所、または当事者が合意で定める家庭裁判所です。申立てに必要な費用は、被相続人1人につき収入印紙1200円分と、連絡用の郵便料です。郵便料は、裁判所ごとに異なります。
調停では、当事者双方から事情を聴き、必要に応じて資料の提出を求め、遺産について鑑定を行うなどして、各当事者の希望を聴きます。そして、解決案の提示や助言をして、合意を目指します。話合いがまとまらず、調停が不成立になると、自動的に審判の手続が開始され、裁判官が、一切の事情を考慮して、審判をします。
遺産分割が成立したあとは、不動産の相続登記も必要です。法務省の案内によると、遺産分割が成立した場合は、成立した日から3年以内に、その内容を踏まえた所有権の移転の登記を申請することが義務づけられています。調停で決まった内容も、登記を忘れないようにしてください。
9. 令和7年の司法統計:遺産分割事件は16431件で、遺産5000万円以下が77.6%、1年以内の終局が67.9%
裁判所の令和7年司法統計年報(家事編)によると、令和7年に終局した遺産分割事件は、全国で16431件です。内訳は、調停成立が7033件、認容が1366件、取下げが2405件などです。調停成立は、全体の約42.8%に当たります(編集部試算)。
審理期間は、1月以内が331件、3月以内が1605件、6月以内が3824件、1年以内が5398件、2年以内が3839件、3年以内が962件、3年を超えるものが472件です。1年以内の合計は11158件で、約67.9%、2年以内の合計は14997件で、約91.3%です(編集部試算)。
遺産の価額は、認容・調停成立のうち、「分割をしない」を除く8321件の内訳があります。1000万円以下が2938件、5000万円以下が3519件で、合わせて6457件、約77.6%です。遺産の額が大きくなくても、話合いがまとまらず、家庭裁判所に持ち込まれるケースが、多いと読み取れます。
9.1 【令和7年の遺産分割事件、遺産はいくら?遺産の価額別の件数と割合を一覧で確認:認容・調停成立8321件(司法統計年報)】
- 1000万円以下:2938件で、割合は35.3%です。
- 5000万円以下:3519件で、割合は42.3%です。
- 1億円以下:944件で、割合は11.3%です。
- 5億円以下:541件で、割合は6.5%です。
- 5億円を超える:60件で、割合は0.7%です。
- 算定不能・不詳:319件で、割合は3.8%です。
表を見ると、遺産が5000万円以下の事件が、約8割を占めます。「うちは財産が少ないから、揉めない」と考えがちですが、実際には、遺産の額が小さい事件が多く、家庭裁判所に持ち込まれています。実家の不動産が、遺産の大半を占める場合に、分け方で意見が分かれやすいと考えられます。
10. 【編集者の視点】
今回の整理で、気になったのは、「話し合えば何とかなる」という期待と、「話し合いが進まない」という現実との、差です。令和7年の統計で、遺産分割事件の約7割が、1年以内に終局していることは、手続きが長期化しやすいとは限らないことを示しています。早めに動くほど、選べる道が広がります。
また、財産が少ない場合ほど、不動産の分け方で揉めやすく、調停に進む割合が高い、という数字も印象的です。10年の区切りがあることを知っていれば、「いつか話し合う」ではなく、「今年中に一度話し合う」と、考えを切り替えるきっかけになります。
この記事は、特定の請求や、調停の申立てを勧めるものではありません。相続分の額、基準日、手続きの要否は、個別の事情で変わります。弁護士、司法書士、家庭裁判所などに、個別に確認してください。※本記事は、編集部が法務省、裁判所が公表する公式の最新一次資料を直接確認の上、執筆・検証しています。
11. よくある質問
11.1 Q. 遺産分割に、期限はありますか?
遺産分割を求めること自体に、期限はありません。ただし、相続開始から10年を経過した後の遺産分割は、具体的相続分ではなく、法定相続分(又は指定相続分)によるのが原則です(法務省)。
11.2 Q. 「具体的相続分」とは何ですか?
法定相続分や指定相続分を、特別受益(生前贈与等)や寄与分で修正して算出する割合です(法務省)。
11.3 Q. 10年を過ぎたら、もう具体的相続分では分けられませんか?
相続人全員が合意すれば、10年を過ぎても、具体的相続分で分けることは可能です。また、10年が過ぎる前に家庭裁判所に請求した場合は、引き続き具体的相続分で分けられます(法務省)。
11.4 Q. 令和5年4月1日より前に亡くなった場合は?
経過措置があり、少なくとも施行時から5年の猶予期間があります。基準は、令和10年3月31日か、相続開始から10年の経過時の、いずれか遅い時です(法務省)。
11.5 Q. 遺産分割調停の申立てには、いくらかかりますか?
被相続人1人につき、収入印紙1200円分と、連絡用の郵便料です。郵便料は、裁判所ごとに異なります(裁判所)。
11.6 Q. 調停がまとまらなかったら、どうなりますか?
自動的に審判の手続が開始され、裁判官が、遺産の種類や性質、各相続人の状況などの一切の事情を考慮して、審判をします(裁判所)。
11.7 Q. 調停は、どのくらいの期間がかかりますか?
令和7年に終局した遺産分割事件16431件のうち、1年以内が約67.9%、2年以内が約91.3%です。3年を超えたものは472件です(最高裁判所の司法統計年報、編集部試算)。
11.8 Q. 遺産分割が成立したら、何をしますか?
不動産がある場合は、遺産分割が成立した日から3年以内に、その内容を踏まえた相続登記の申請をする必要があります(法務省)。
参考資料
- 法務省「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント」
- 法務省「新制度の概要・ポイント」
- 法務省「相続登記の申請義務化について」
- 裁判所「遺産分割調停」
- 最高裁判所「司法統計年報(家事編)令和7年」
齊藤 慧