「定年を前に貯金を確かめたら、300万円ほどだった」。少ないと感じるかもしれませんが、実はこれが60歳代の一人暮らしの「ちょうど真ん中」の水準です。年金とこの貯金で、いったい何歳まで暮らしていけるのでしょうか。

私が資産運用を見てきた経験からいえば、老後の試算で見落とされがちなのは3つです。年金を平均より多く見積もっていないか。何歳まで生きる前提で計算しているのか。そして、介護のような大きな出費を入れているか。

ここでは、64歳で貯金300万円の一人暮らしをモデルケースに、この3つを数字で確かめます。

この「300万円」は架空の数字ではありません。実は、金融経済教育推進機構(J-FLEC)の調査で、60歳代の単身世帯が持つ金融資産の中央値として示されている金額です(金融経済教育推進機構「家計の金融行動に関する世論調査2025年(単身世帯調査)」2025年12月18日)。平均値は1364万円ですが、一部の資産が多い人に引っ張られた数字で、実感に近いのは中央値の方です。

※金融資産がすべて預貯金ということではないと思いますが、今回は金融資産がすべて預貯金という前提で話を進めます。
※編集部注:本記事のケースは、公的統計をもとに設定した試算例です。

65歳以上の一人暮らしの生活費はいくらなのか?税金などを含めて月約16万1000円、年金の平均は月約12万円

まずは、一人暮らしの高齢者が実際にいくらで暮らしているのかをみていきましょう。総務省の家計調査によると、65歳以上の単身無職世帯の家計は次のとおりです(総務省「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」)。

  • 【消費支出】月14万8445円
  • 【税金や社会保険料(非消費支出)】月1万2990円
  • 【年金などの社会保障給付】月12万212円

生活費と税金や社会保険料を合わせると、毎月16万1435円が出ていく計算です。一方、年金などの社会保障給付は平均で月約12万円です。

仮に年金月額を月15万円と見積もれば、不足は毎月1万1435円で済みます。しかし、一人暮らしの高齢者の平均に近い月12万円では、不足は毎月4万1435円。同じ生活でも、年金の見積もり方で不足額は3倍以上に変わります。

※自分の年金額は、「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」で確かめられます。老後の試算は、まずその数字を確かめるところから始めたいところです。

60歳代の一人暮らしの中央値である貯金300万円は何歳まで持つのか?年金月15万円なら約87歳、月12万円なら約71歳

では、貯金300万円から毎月の不足分を取り崩していくと、何歳で尽きるのでしょうか。

改めて確認しておくと、この300万円は、60歳代の単身世帯が持つ金融資産の中央値です(金融経済教育推進機構「家計の金融行動に関する世論調査2025年(単身世帯調査)」2025年12月18日)。つまり、60歳代の一人暮らしの半数は、これより少ない金融資産で定年を迎えていることになります。ここからの試算は、特別な人の話ではなく、統計上の「真ん中の人」の話です。

  • 【年金月15万円・貯金300万円】約21.9年で、約87歳まで
  • 【年金月12万円・貯金300万円】約6年で、約71歳まで

※65歳から、生活費と税金などの合計(月16万1435円)と年金の差額を毎月取り崩すと仮定した試算。物価上昇や運用益、介護費などのまとまった出費は含みません。金融資産はすべて取り崩しに使えるとしています。

年金月15万円なら、87歳ごろまでは持ちそうです。しかし、年金が一人暮らしの平均に近い月12万円だと、貯金300万円は71歳ごろに尽きてしまいます。年金の差は月3万円ですが、貯金が持つ期間には約16年の差がつきます。

もっとも、手放しで安心できる数字ではありません。

この試算は、体調を崩したり介護が必要になったりすることを前提にしていません。そして、何歳まで生きるかという問題もあります。

老後資金は85歳までの計算でよいのか?65歳から90歳まで生きる人は男性で約30%、女性で約54%

老後資金の試算では、65歳から85歳までの20年間で計算することがよくあります。では、本当に85歳までを前提にしてよいのでしょうか。

厚生労働省の簡易生命表では、生まれた人のうち各年齢まで生きる人の割合が次のように示されています(厚生労働省「令和7年簡易生命表の概況」)。

  • 【65歳まで】男性89.9%、女性94.5%
  • 【90歳まで】男性26.7%、女性50.8%
  • 【寿命中位数】男性84.13年、女性90.17年

ここから65歳まで生きた人に限って計算すると、90歳まで生きる割合は男性で約30%、女性で約54%になります。寿命中位数(生まれた人の半数が生存する年齢)も、女性は90歳を超えています。

※65歳までの生存割合に対する90歳までの生存割合の比で計算。

では、90歳までの25年間で計算し直すとどうなるでしょうか。

  • 【年金月15万円】不足額は85歳までなら約274万円、90歳までなら約343万円(貯金300万円では約43万円足りない)
  • 【年金月12万円】不足額は85歳までなら約994万円、90歳までなら約1243万円(貯金300万円では約943万円足りない)

特に女性の一人暮らしでは、90歳まで生きることは「万一」ではなく「半分以上の確率」です。85歳までの試算だけでは、実際に必要な金額を少なく見積もるおそれがあるということになります。

介護が必要になったらいくらかかるのか?平均で一時費用約47万円と月約9万円、総額は約542万円

もう一つ、老後の試算から抜け落ちやすいのが介護費用です。生命保険文化センターの調査では、実際に介護を経験した人の費用は次のとおりです(生命保険文化センター「2024年度 生命保険に関する全国実態調査」)。

  • 【住宅改造や介護用ベッドの購入などの一時費用】平均47.2万円
  • 【毎月の費用】平均9.0万円
  • 【介護期間】平均55.0カ月(4年7カ月)

これをもとに計算すると、介護費用の総額は約542万円になります。

※一時費用の平均に、毎月の費用の平均×介護期間の平均を足した試算。ただし、調査は2人以上の世帯が対象です。

60歳代の一人暮らしの金融資産の中央値である300万円は、介護費用の平均だけでも足りない計算です。一人暮らしでは、家族による介護を期待しにくい分、外部のサービスに頼る場面も増えるでしょう。老後資金を考えるときは、毎月の不足とは別に、介護に備えた「まとまったお金」も意識しておきたいところです。

定年後も働くと貯金は何歳まで持つのか?年金月12万円でも70歳まで月5万円稼げば約77歳まで

では、貯金を長く持たせるにはどうすればよいのでしょうか。年金月12万円のケースで、効果を数字で比べてみます。

  • 【何もしない】貯金300万円なら約71歳まで
  • 【支出を月1万円減らす】貯金300万円なら約73歳まで
  • 【65~69歳に月5万円稼げるように働く】貯金300万円なら約77歳まで

※支出を減らした分、または働いた収入の分だけ取り崩しが減ると仮定した試算。稼いだ収入にかかる税金や社会保険料は含みません。

支出の見直しも大切ですが、生活費を削るだけでは大きくは延びません。月に1万円を減らしても、延びるのは2年ほどです。一方、70歳まで月5万円働けば、貯金が持つ期間は約6年延びます。支出を減らすより、収入を足す効果の方が大きいということになります。

年金の繰下げ受給もよく挙げられる方法です。70歳まで繰り下げれば年金は42%増え、月12万円なら約17万円になります(日本年金機構「年金の繰下げ受給」)。ただし、繰り下げている5年間は年金を受け取れないため、貯金300万円ではその間の生活費をまかなえません。繰下げは、65~69歳の生活費を働いて稼げる場合に初めて現実的な選択肢になります。

経済アナリストの検証:一人暮らしの老後資金は「年金の見積もり」と「何歳まで計算するか」で答えが変わる

60歳代の一人暮らしの金融資産の中央値である貯金300万円でも、年金を月15万円と見るか12万円と見るかで、貯金が尽きる年齢は87歳にも、71歳にもなりました。差は約16年です。老後の試算は、どんな数字を入れるかで印象が大きく変わります。

だからこそ、前提には「平均」ではなく「自分の数字」を入れることが大切です。年金はねんきん定期便で、生活費は家計簿や口座の引き落としで確かめられます。

もう一つの落とし穴が、「何歳まで」という前提です。85歳までの計算は分かりやすい一方で、65歳の女性の半分以上は90歳まで生きます。長生きそのものが、老後資金にとってはリスクになりうるということです。

そう考えると、一生受け取れる公的年金は、長生きに備える最も確かな仕組みといえます。70歳まで働いて貯金の取り崩しを遅らせたり、その間に年金を繰り下げて受け取る額を増やしたりすることは、貯金が少ない人ほど効果が大きい選択肢です。

私は、貯金が少ないことよりも、自分の年金額と生活費を正確に知らないまま定年を迎えることの方が、大きなリスクだと考えています。

まとめ

60歳代の一人暮らしが持つ金融資産の中央値は300万円。生活費は税金などを含めて月約16万1000円で、年金月15万円なら約87歳、一人暮らしの平均に近い月12万円なら約71歳で貯金が尽きる計算です。65歳から90歳まで生きる人は男性で約30%、女性で約54%。介護費用は平均で約542万円かかります。

貯金を長く持たせるには、支出を削るよりも、定年後も少しずつ働いて取り崩しを遅らせる方が効果は大きくなります。まずはねんきん定期便で自分の年金額を確かめ、何歳まで備えるかを決めるところから始めましょう。

※本記事は情報提供を目的としています。ケースは公的統計をもとに設定した試算例で、試算は一定の前提に基づく概算です。年金の受給額や繰下げの取り扱いは、日本年金機構や年金事務所の最新の情報でご確認ください。

参考資料

青山 諭志