「老後2000万円」という言葉を覚えている方は多いのではないでしょうか。定年が見えてきた50代にとって、今の貯金をどう増やすかは切実な問題です。手元の1000万円をNISAに入れて、定年までに2倍にできないか。そう考える方も、決して少なくないでしょう。

私が資産運用を見てきた経験からいえば、こうした計画でまず確かめるべきことは3つあります。何%で回せば届くのか。制度上、本当にそのとおりに投資できるのか。そして、暴落が来たらどうなるのか。

ここでは、50歳と55歳の2つのケースで、この3点を数字で確かめます。あわせて、「2000万円」という目標そのものも、最新の統計で見直してみます。

1000万円を2000万円にするために必要な利回りは50歳なら年4.7%、55歳なら年7.2%

まずは、1000万円を65歳までに2000万円にするには、何%で回せばよいのかをみていきましょう。お金を2倍にするのに必要な利回りは、運用できる年数で決まります。

  • 【50歳から(15年間)】年率約4.7%が必要
  • 【55歳から(10年間)】年率約7.2%が必要
    ※運用益をそのまま再投資し、毎年同じ利回りで増え続けたと仮定した試算。手数料や為替の影響は含みません。

たった5年の違いですが、必要な利回りは1.5倍に跳ね上がります。

では、この数字は高いのでしょうか、低いのでしょうか。比べる物差しとして、NISAで人気の「全世界株式」の代表的な指数であるMSCI ACWIの実績を見てみます。MSCIの公表資料によると、2026年9月末時点の年率リターン(米ドル建て、配当込み)は次のとおりです(MSCI「MSCI ACWI Index (USD)」2026年9月30日)。

  • 【過去10年】年率12.38%
  • 【2000年末から】年率7.41%

過去10年だけを見れば、55歳からの7.2%も楽に超えています。しかし、この10年間は株式市場にとって恵まれた時期でした。

2000年末からの約26年間には、ITバブル崩壊もリーマンショックも含まれます。その年率が7.41%。つまり、55歳からの計画は「暴落も含めた過去の平均を、ほぼそのまま10年間取り続ける」前提ということになります。余裕はほとんどありません。

一方、50歳からの4.7%は、その平均を大きく下回ります。同じ「定年までに2000万円」でも、始める年齢で難易度はまったく違うといえるでしょう。

※ここでの実績は米ドル建てです。日本の投資家が円で投資する場合は、為替の動きによって結果が上にも下にも変わります。

「老後2000万円」を最新の家計調査で計算し直すと約1500万円

さて、ここで一度立ち止まってみましょう。そもそも「2000万円」という目標は、今も正しいのでしょうか。

この数字が広く知られるきっかけになったのは、2019年に金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループがまとめた報告書です。年金で暮らす高齢夫婦の無職世帯で、毎月約5.5万円の不足が生じる。それが20~30年続けば、不足額は約1300万~2000万円になる、という計算でした(金融審議会 市場ワーキング・グループ「高齢社会における資産形成・管理」2019年6月3日)。

では、同じ計算を最新のデータでやり直すとどうなるでしょうか。総務省の家計調査(2025年平均)によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の家計は次のとおりです(総務省「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」)。

  • 【収入】実収入は月25万4395円(うち年金などの社会保障給付が22万8614円)。税金や社会保険料を引いた可処分所得は月22万1544円です。
  • 【支出】消費支出は月26万3979円です。
  • 【不足】差し引きで、毎月4万2434円の赤字です。

この赤字が30年続くと、不足額は約1528万円。20年なら約1018万円です。2019年の「2000万円」よりも、約500万円小さい計算になります。

もっとも、手放しでは喜べません。

家計調査の消費支出はあくまで平均です。介護費用や自宅の修繕費といったまとまった出費は、十分には反映されていません。また、前提となっているのが持ち家世帯の比率が高いということです。生涯賃貸ということになれば、さらに毎月必要な費用は増えることになります。加えて、物価が上がれば、必要な金額も増えていきます。「1500万円で足りる」と断定できる数字ではないということになります。

ただ、もし目標を1500万円に置き直せるなら、必要な利回りは大きく下がります。10年で1000万円を1500万円にするなら年率約4.1%、15年なら約2.7%です。目標額を自分の家計で確かめることが、実は運用先を選ぶより先なのかもしれません。

1000万円はNISAに一括で投資ができない。全部入れるまで最短3年必要

ここまでの試算は、1000万円を一度に、つまり一括で全額投資できる前提でした。しかし実際には、NISAには1年間に入れられる金額の上限があります。

年間の投資枠はつみたて投資枠が120万円、成長投資枠が240万円。併用しても年間360万円が上限です。生涯の非課税保有限度額は1800万円(うち成長投資枠は1200万円)です(金融庁「NISAを知る」)。

つみたて投資枠は毎月の積み立てで買う仕組みです。まとめて一度に買えるのは、成長投資枠の年240万円までということになります。

1000万円をできるだけ早くNISAに入れると、次のようになります。

  • 【1年目】360万円(成長投資枠240万円+つみたて投資枠120万円)
  • 【2年目】360万円(同上)
  • 【3年目】残りの280万円

全額を入れ終えるまで、最短でも3年かかります。その間、待機しているお金は預金などに置くことになります。

では、この「待ち時間」を踏まえると、必要な利回りはどう変わるでしょうか。待機資金を年0.5%の預金に置くとして計算し直すと、次のとおりです。

 

  • 【50歳から】年率約4.7%→約5.0%
  • 【55歳から】年率約7.2%→約7.9%

※毎年の投資額は年初にまとめて入れたと仮定した試算。つみたて投資枠を毎月積み立てる場合は、必要な利回りはこれよりやや高くなります。

特に55歳からの場合、年率約7.9%は、2000年末からの世界株の平均(7.41%)を上回ります。「一括で入れられない」という制度上の制約が、計画の難易度をもう一段引き上げるわけです。

なお、NISAの外の課税口座(特定口座など)を使えば、一括で投資すること自体はできます。ただし、その分の利益には税金がかかります。この点は、後半の「売り方」で大きな差になります。

定年直前に暴落が来たら資産はどうなるのか?リーマン級なら2000万円は約830万円に

うまく2000万円に届いたとしても、そこで安心はできません。株式に投資している以上、定年の直前に暴落が来る可能性は常にあります。

2000万円を全世界株式で持っていると、下落率ごとの減り方は次のとおりです。

  • 【2割の下落】400万円減って1600万円
  • 【3割の下落】600万円減って1400万円
  • 【リーマンショック級(58.38%)の下落】約1170万円減って約830万円

MSCI ACWIの過去最大の下落率は58.38%。2007年10月末から2009年3月9日にかけての下落です(MSCI「MSCI ACWI Index (USD)」2026年9月30日)。約1年5カ月で、資産が半分以下になったということです。

では、下がった後はどのくらいで元に戻ったのでしょうか。

SBI証券の検証では、リーマンショック直前の2008年9月末に米国株(S&P500)へ100万円を一括で投資した場合、元の100万円に戻るまで42カ月かかったとしています。一方、2020年のコロナショックでは、下落からの回復は長くても1年以内だったとしています(SBI証券「過去の下落相場から考える積立投資の有効性」2026年3月5日)。

暴落が半年で戻るか、3年半かかるか。それは事前には分かりません。

たとえば、60歳でリーマン級の暴落に遇えば、元に戻るのは63~64歳ごろになる計算です。その間に生活費のために売らざるを得なければ、損失はそのまま確定してしまいます。若い世代なら「待つ」という選択肢がありますが、定年直前にはその時間が限られているのです。

定年前から段階的に売る:NISAなら売却益は非課税、売った分の枠は翌年に戻る

では、定年直前の暴落にどう備えればよいのでしょうか。一つの方法が、定年の数年前から少しずつ売って現金に移していく「段階売却」です。

たとえば60歳の時点で2000万円あれば、65歳までの5年間で毎年400万円ずつ現金に移していく形です。64歳の時点で株式に残っているのは400万円。ここでリーマン級(58.38%)の暴落が来ても、減るのは約230万円です。全額を持ち続けていた場合の約1170万円と比べると、影響は5分の1ほどになります。
※売却額を毎年一定とし、その間の値動きを考慮しない単純化した試算。

そして、この段階売却と相性がよいのがNISAです。理由は2つあります。

  • 【売却益に税金がかからない】課税口座では、売却益に20.315%の税金がかかります。1000万円が2000万円に増えた場合、利益1000万円に対する税金は約203万円です。NISAなら、これがかかりません。
  • 【売った分の枠が翌年に戻る】NISAで商品を売却した場合、翌年以降に売却した商品の簿価(取得金額)の分だけ非課税の枠が復活します(金融庁「NISAを知る」)。一度現金に移しても、必要に応じて後から買い直す余地が残ります。

※令和8年度の税制改正大綱には、NISA口座で定期的に売却する「定期売却サービス」に限って手数料の徴収を認める項目も盛り込まれました(金融庁「令和8(2026)年度税制改正について」2025年12月)。取り崩しを支える仕組みは、今後さらに整っていく可能性があります。

アナリストの検証:50代のNISAで成否を分けるのは「何に投資するか」より「いつ始め、いつ売るか」

ここまでの数字を並べると、一つのことが見えてきます。

50歳からなら必要な利回りは年約5.0%、55歳からなら約7.9%。NISAの年間上限を踏まえると、たった5年の違いで、世界株の過去の平均を下回る計画からまた上回る計画に変わります。どの投資信託を選ぶかに多くの方は興味が向くでしょうが、いつ始めるかの方が、結果に与える影響は大きいといえるでしょう。

そして、もう一つ大切なのが「いつ売るか」です。

暴落は、買った時点ではなく売る時点で損得が決まります。若いうちの暴落は、時間が解決してくれることが多いですが、定年直前の暴落は、生活費のために売ることで損失が確定してしまいます。債券の世界でも株式の世界でも、リスクを取れる量は「残された時間」で決まるというのが、市場の基本です。

だからこそ、50代でNISAを始めるなら、買う前に「売り方」を決めておくことが大切になります。何歳から、毎年いくらずつ現金に移すのか。それを先に決めておけば、暴落の最中に慌てて全部売る、という最悪の判断を避けやすくなります。

もう一つ、目標額そのものも疑ってみる価値があります。最新の家計調査では、老後30年の不足額は約1500万円。目標が変われば、必要な利回りも、取るべきリスクも変わります。

私は、「どれだけ増やせるか」より先に「どれだけ必要か」と「いつ売るか」を決めることが、50代の資産運用の出発点だと考えています。

まとめ

貯金1000万円を定年までに2000万円にするには、50歳からなら年約4.7%、55歳からなら約7.2%の運用が必要です。NISAの年間上限(360万円)で全額を入れるまでに3年かかることを踏まえると、それぞれ約5.0%、約7.9%に上がります。55歳からの計画は、暴落も含めた世界株の過去の平均を上回る前提になります。

また、定年直前にリーマン級の暴落が来れば、2000万円は約830万円にまで減ります。定年の数年前から少しずつ現金に移す段階売却と、売却益が非課税になるNISAの組み合わせは、その備えとして有効です。
そして、「2000万円」という目標も、最新の家計調査では約1500万円。運用を始める前に、自分に必要な金額と売り方を先に決めておくことが大切でしょう。

※本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品の購入を勧めるものではありません。試算は一定の前提に基づく概算で、将来の運用成果を示すものではありません。NISAの制度や税制は変更される場合があるため、金融庁や各金融機関の最新の公式情報をご確認ください。

参考資料

青山 諭志