「みんなは、年金をどれくらいもらっているのだろう」——80歳のEさんは、そう話します。年金は月20万円ほど。専業主婦だった妻の年金と合わせて暮らしていますが、最近の物価高で、資産を取り崩すペースが速くなってきました。
統計を見ると、Eさんの年金は同世代の平均を上回っています。それでも生活が苦しく感じるのは、Eさんだけの問題ではありません。物価の上昇に、年金の伸びが追いついていないからです。
本記事では、厚生労働省や総務省の公表資料をもとに、年金の分布、物価と年金改定の差、取り崩しペースの確かめ方を整理します。そのうえで、専門分野の異なるLIMO編集部メンバーと、監修者の泉田良輔が解説します。
※実際のご相談をもとに、一部内容を変更しています。
「自分だけ生活が苦しいのか」80歳Eさんのご相談
Eさん(80歳)は、専業主婦だった妻と二人で、夫婦の年金を合わせて暮らしています。
Eさん世帯の状況
- 家族:本人80歳、妻(専業主婦だった)
- 本人の年金:月20万円程度
- 妻の年金:国民年金(額は不明)
- 生活費:夫婦の年金で賄い、足りない分は資産を取り崩している
Eさんが知りたいのは、ほかの人の年金額です。
「私は年金を毎月20万円程度もらっていますが、みんなはどれくらいもらっているのか知りたい。自分だけ生活が苦しいのかと思ってしまうんです」
気がかりは、最近の物価高です。
「妻の年金と合わせて暮らしていますが、最近の物価高で、資産を取り崩すペースが速くなってきました」
Eさんのご相談は、次の2つに整理できます。
- ほかの人は年金をどれくらい受け取っているのか
- 物価高で取り崩しが速まったいま、どう考えればよいのか
厚生年金を月20万円以上受け取る男性は約27.5%。Eさんは平均を上回る
結論からいえば、Eさんの年金は「少ない」わけではありません。厚生労働省の統計で、ほかの人の年金額を確かめてみましょう。
平均の年金月額
厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、次のとおりです。
- 厚生年金(男性全体):月16万9967円
- 厚生年金(80歳):月15万3729円
- 国民年金(受給者全体):月5万9431円
※厚生年金の月額には、基礎年金(国民年金)の分も含まれます。
男性の厚生年金の分布
同じ資料で、男性の厚生年金(老齢年金)の受給権者約1068万人を年金月額ごとに分けると、次のとおりです。
- 15万円未満:約31.2%
- 15万~20万円:約41.3%
- 20万~25万円:約24.1%
- 25万円以上:約3.4%
月20万円以上を受け取っている男性は、合わせて約27.5%。およそ4人に1人です。Eさんの年金は、男性全体でみても、80歳の平均と比べても、上回っていることになります。
夫婦の年金で比べると
• Eさん夫婦:約26万円(本人20万円+妻の国民年金を約6万円と仮定)
• 65歳以上の夫婦のみの無職世帯の社会保障給付:月22万8614円(総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」)
• 国が示す「夫婦2人分の標準的な年金額」(2026年度):月23万7279円(厚生労働省「令和8年度の年金額改定について」)
夫婦でみても、Eさんの年金は平均的な高齢夫婦世帯を上回る水準です。「自分だけ年金が少ない」わけではないといえます。
物価は3.2%上昇、年金は1.9~2.0%増。この差が取り崩しを速める
年金が平均以上なのに生活が苦しく感じる理由は、物価と年金の伸びの差にあります。
公的年金は、物価や賃金の動きに合わせて毎年度額が改定されます。ただし、物価の上昇分がそのまま反映されるわけではありません。2026年度の改定は次のとおりでした(厚生労働省「令和8年度の年金額改定について」)。
- 物価変動率:3.2%
- 名目手取り賃金変動率:2.1%
- マクロ経済スライドによる調整:国民年金は▲0.2%、厚生年金(報酬比例部分)は▲0.1%
- 改定率:国民年金は+1.9%、厚生年金(報酬比例部分)は+2.0%
物価が3.2%上がったのに対し、年金の増え方は2%前後にとどまりました。賃金の伸びが物価を下回ったことに加え、年金制度を長く維持するための「マクロ経済スライド」で伸びが抑えられたためです。
家計では、毎月約3000円ずつ差が広がる計算
Eさん夫婦の年金約26万円と、高齢夫婦世帯の平均的な消費支出(月26万3979円)で試算すると、次のとおりです。
- 年金の増加:26万円×約2%=月約5200円
- 支出の増加:26万3979円×3.2%=月約8400円
- 差引き:月約3200円、年間で約3万9000円の不足が上乗せ
もともと、高齢夫婦世帯の平均では、税金や社会保険料を含めた支出に対して毎月4万2434円が不足しています(総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」)。そこに物価と年金の差が毎年上乗せされるので、取り崩しのペースが速くなるのは、Eさんだけではありません。
なお、消費者物価指数の上昇率は、2026年8月分で前年同月比1.9%と、2025年平均の3.2%からは落ち着きつつあります(総務省統計局「消費者物価指数(CPI)全国 最新の月次結果」)。
「資産÷年間の取り崩し額」で、あと何年もつかを確かめる
取り崩しが速まったときに大切なのは、不安を数字に置き換えることです。使うのは、次のシンプルな計算です。
資産の額÷年間の取り崩し額=資産がもつ年数
平均的な支出なら、取り崩しは年約48万円
Eさんの保有資産や毎月の支出はわからないため、高齢夫婦世帯の平均的な支出をもとに試算します。
- 毎月の支出:消費支出26万3979円+税金・社会保険料など3万2850円=29万6829円
- 毎月の年金:約26万円
- 毎月の不足:約3万7000円(年間で約44万円)
- 物価と年金の差の上乗せ:年間約3万9000円
- 年間の取り崩し額:約48万円
資産額ごとの「もつ年数」
- 資産500万円の場合:500万円÷48万円=約10年
- 資産1000万円の場合:1000万円÷48万円=約21年
- 資産2000万円の場合:2000万円÷48万円=約42年
平均余命と比べる
80歳男性の平均余命は8.96年、75歳女性は15.75年です(厚生労働省「令和6年簡易生命表の概況」)。妻が年下であれば、夫婦のうち長いほうの余命を基準に考える必要があります。
もう一つ忘れてはいけないのが、夫が先に亡くなった場合の妻の年金です。遺族厚生年金は、夫の老齢厚生年金(報酬比例部分)の4分の3です(厚生労働省「遺族年金のしくみ」)。妻が一人になると収入は減りますが、支出も一人分になるため、取り崩し額は改めて計算し直す必要があります。
編集部のアドバイザーはこう見る
LIMO編集部には、実務経験や専門分野の異なるメンバーが在籍しています。証券会社や銀行、信託銀行、生命保険会社、自治体での実務経験を持ち、CFP®や1級・2級ファイナンシャル・プランニング技能士、証券外務員などの資格を保有しています。
本企画では、ご相談のテーマに専門が合うメンバーが輪番でコメントします。Eさんのご相談は「年金額」と「高齢期の暮らしを支える制度」が論点のため、今回は公的年金を専門とするCFP®のメンバーと、自治体で医療保険の実務を担当したメンバーが担当しました。
公的年金の専門から
家計相談でも、「みんなはいくらもらっているのか」というご質問はよくいただきます。ただ、比べるときには「額面」か「手取り」かをそろえることが大切です。年金からは、介護保険料や後期高齢者医療保険料、税金などが差し引かれます。
毎年届く「年金額改定通知書」や「年金振込通知書」を並べて、手取りがどう変わってきたかを確かめてみてください。あわせて、奥さまがお一人になった場合の年金額も、年金事務所で一度確認しておくと安心です。
公的制度・支援策の専門から
80歳という年齢では、物価だけでなく、医療費や介護費が取り崩しを速めることもあります。75歳以上の方は後期高齢者医療制度に加入しており、医療費の自己負担には月ごとの上限があります。
医療と介護の両方に費用がかかった場合に負担を軽くする仕組みもあります。申請が必要なものもあるため、お住まいの市区町村の窓口で、使える制度がないか確かめてみてください。
監修者・泉田良輔の視点
「自分だけが苦しいのではないか」——皆さんも、そんな不安を感じたことはないでしょうか。
Eさんの年金は、同世代の平均を上回っていました。それでも苦しく感じるのは、他人と比べているからではなく、「去年の自分」と比べているからでしょう。同じ年金で買えるものが、少しずつ減っている。その実感は正しいのです。
私は、こうしたときは「率ではなく額で見る」ことをおすすめしています。物価3.2%、年金2%と聞くと不安になりますが、額に直せば差は月約3200円です。年間の取り崩し額と資産を比べれば、「あと何年もつか」も数字でわかります。
つまり、漠然とした不安は、計算できる課題に変えられるということになります。資産が平均余命より長くもつなら、必要以上に切り詰めるより、いまの暮らしを大切にする選択もあるでしょう。私は、まず年に一度、この計算をご夫婦で確かめることが、安心への一番の近道だと考えています。
まとめ:年金は平均以上。不安は「資産が何年もつか」の計算で確かめる
Eさんの年金月20万円は、厚生年金を受け取る男性の上位約27.5%に入る水準です。それでも取り崩しが速まっているのは、物価の伸びに年金の改定が追いついていないためで、Eさんだけの問題ではありません。
まず取り組めることは次の3つです。
1. 「年金額改定通知書」などで、夫婦の年金の手取り額を確かめる
2. 数カ月分の支出から年間の取り崩し額を出し、「資産÷取り崩し額」で何年もつかを計算する
3. 医療費や介護費の負担を軽くする制度を、市区町村の窓口で確認する
本記事は情報提供を目的としたものです。年金や医療・介護の制度は令和8年10月時点の情報にもとづいています。個別の年金額や制度の利用については、年金事務所やお住まいの市区町村にご確認ください。
※本記事は実際のご相談をもとに構成しています。プライバシーに配慮し、個人が特定されないよう、内容の一部を変更しています。
※妻の国民年金は、受給者全体の平均に近い月約6万円と仮定しています。年金額は額面です。
※物価と年金の差の試算は、年金と支出がそれぞれ改定率と物価上昇率どおりに増えたと仮定したものです。
※支出は高齢夫婦世帯の平均、資産の額は説明のための例です。平均余命の表は5歳刻みのため、妻は75歳の値を例示しています。
参考資料
- 厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」(https://www.mhlw.go.jp/content/001617995.pdf)
- 厚生労働省「令和8年度の年金額改定について」(https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000191631_00020.html)
- 総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」(https://www.stat.go.jp/data/kakei/2025np/pdf/summary.pdf)
- 総務省統計局「消費者物価指数(CPI)全国 最新の月次結果」(https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.html)
- 厚生労働省「令和6年簡易生命表の概況」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life24/dl/life24-02.pdf)
- 厚生労働省「遺族年金のしくみ」(https://www.mhlw.go.jp/stf/nenkin_shikumi_013.html)
LIMO編集部