「息子たちは独立している。だから、相続する資産はできるだけ少なくしたい」——愛知県に住む80歳のBさんは、そう話します。一方で、夫婦ともに老人ホームに入る資金や、ほとんどを預貯金で持つ金融資産3000万円がインフレで目減りすることも気になっています。
Bさんの資産は、評価額4000万円のマンションを合わせて約7000万円。このままでは相続税の基礎控除を超えます。しかし、試算すると、生活費や介護資金を計画どおりに使えば、相続税はゼロか少額に収まる可能性があります。
本記事では、総務省や厚生労働省、国税庁の公表資料をもとに、Bさんの「使い切る終活」を試算します。そのうえで、専門分野の異なるLIMO編集部メンバーと、監修者の泉田良輔が解説します。
※実際のご相談をもとに、一部内容を変更しています。
「息子たちには、なるべく残さずに終わりたい」80歳Bさんのご相談
Bさん(80歳)は、愛知県内の持ち家マンションで74歳の妻と暮らしています。住宅ローンはありません。50歳の長男と47歳の次男は、すでに独立しています。
Bさん世帯の状況
家族
- 本人80歳・妻74歳、長男50歳・次男47歳(独立)
住まい
- 愛知県内の持ち家マンション(評価額4000万円、住宅ローンなし)
年金
- 本人:月20万円/妻:国民年金のみ(専業主婦)
金融資産
- 3000万円(ほとんどが預貯金)
Bさんには、終活についてはっきりした考えがあります。
「息子たちは独立しています。だから、相続する資産はできるだけ少なくして、終わりを迎えたいと思っています」
ただ、そのために何にどれだけ使えばいいのかは、まだ見えていません。気になっているのは、夫婦の老人ホームの資金です。
「いまは健康です。ただ、夫婦ともに老人ホームに入るとなったら、いくら準備しておけばいいのかと考えてしまいます」
さらに、最近の物価高も気がかりです。
「お金はほとんど預金に置いています。でも、これだけ物の値段が上がると、少しは運用したほうがいいのか。するなら、どんなものがいいのか……」
Bさんのご相談は、次の3つに整理できます。
- 相続する資産を少なくするにはどうすればよいか
- 夫婦で老人ホームに入る資金は足りるか
- インフレに備えて運用すべきか、するならどんな資産か
年金も貯蓄も平均以上。ただし平均的な支出なら、毎月約4万円を取り崩す計算
Bさんの年金は80歳の平均の約1.3倍、金融資産も平均を上回ります。それでも、高齢夫婦世帯の平均的な支出と比べると、年金だけでは月約4万円足りない計算です。「使い切る終活」は、この毎月の取り崩しから始まっているともいえます。
| 項目 | Bさん世帯 | 統計の数値 | 出典 |
| 夫の年金(月額) | 20万円 | 15万3729円(80歳の厚生年金平均) | 厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」 |
| 妻の年金(月額) | 約6万円(仮定) | 5万9813円(74歳の国民年金平均) | 同上 |
| 世帯の年金(月額) | 約26万円 | 22万8614円(65歳以上の夫婦のみの無職世帯の社会保障給付) | 総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」( |
| 金融資産 | 3000万円 | 平均2564万円・中央値1777万円(世帯主65歳以上) | 総務省統計局「家計調査報告 貯蓄・負債編 2025年(令和7年)平均結果の概要」 |
| 平均余命 | 夫80歳・妻74歳 | 男80歳:8.96年/女75歳:15.75年 | 厚生労働省「令和6年簡易生命表の概況」 |
家計調査では、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の支出は、消費支出26万3979円と、税金や社会保険料などの非消費支出3万2850円で、合計29万6829円です。同じ支出をBさん世帯の年金約26万円でまかなうと、毎月約3万7000円、年間で約44万円が不足します。
平均余命でみれば、夫は約9年、妻は約16年です。妻が一人で暮らす期間が約7年あることも、使い切る計画の前提になります。
※妻の年金額はご相談内容にないため、74歳の平均額をもとに仮定しています。平均余命の表は5歳刻みのため、妻は75歳の値を使っています。
使い切る前に「何に使うお金か」を決める。介護資金は夫婦で約1600万円が目安
介護を施設で受けた場合の費用は、月額平均13万8000円です。介護期間の平均は55カ月(4年7カ月)、住宅改修などの一時費用は平均47万2000円です(生命保険文化センター「2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査」)。夫婦とも施設で平均的な期間の介護を受けた場合は、次のとおりです。
(13.8万円×55カ月+47.2万円)×2人=約1612万円
民間の有料老人ホームでは入居一時金が必要な施設もあり、費用は施設によって大きく異なります。愛知県内の候補施設の重要事項説明書で、入居時と毎月の費用を確かめることが必要です。
金融資産3000万円の色分け(試算例)
| 資金の役割 | 金額の目安 | 考え方 |
|
生活費の不足分 |
約450万円 | 年約44万円×約10年。毎年取り崩すお金 |
| 介護・老人ホーム資金 | 約1600万円 | 平均ベースの夫婦2人分 |
| 予備費 | 約300万円 | 医療費や住まいの修繕など |
| それ以外の資金 | 約650万円 | 当面使う予定がないお金 |
「使い切る終活」で実際に使うのは、上の3つ、合計約2350万円です。この額が、次の相続税の試算の前提になります。
自宅はもう一つの財布
Bさんには、評価額4000万円のマンションがあります。有料老人ホームの費用が平均より高くなっても、夫婦ともに移った後に自宅を売却や賃貸に回せば、費用に充てられます。
自宅を売って利益が出た場合、「居住用財産を譲渡した場合の3000万円の特別控除」が使える可能性があります。住まなくなった家を売る場合は、住まなくなってから3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ることが条件です(国税庁「No.3302 マイホームを売ったときの特例」、令和8年4月1日現在法令等)。
夫が先に亡くなると、妻の年金は月約10万円減る可能性
遺族厚生年金は、夫の老齢厚生年金(報酬比例部分)の4分の3です(厚生労働省「遺族年金のしくみ」)。夫の報酬比例部分を約13万円と仮定すると、遺族厚生年金は約9万7500円です。妻の年金は「国民年金約6万円+遺族厚生年金約9万7500円=約15万7500円」となり、夫婦の約26万円から約10万円減ります。
使い切る計画でも、妻が一人で暮らす約7年分の生活費は残しておく必要があります。
※試算は平均値と仮定にもとづくものです。遺族厚生年金の正確な額は、「ねんきん定期便」や年金事務所で確認できます。
生活費と介護資金を使い切れば、息子たちの相続税はゼロか最大45万円
Bさんが望む「残さない終活」は、特別な対策をしなくても、夫婦の生活と介護に計画どおりお金を使えば実現に近づきます。順に試算します。
ステップ1:使った後に残る資産は約4650万円
いまの資産は、金融資産3000万円とマンション4000万円の合計7000万円です。ここから、生活費の不足分・介護資金・予備費の約2350万円を使うと、残るのは約4650万円です。
ステップ2:Bさんの相続(一次相続)は基礎控除以下でゼロ
相続税の基礎控除は「3000万円+600万円×法定相続人の数」です。Bさんの法定相続人は妻と息子2人の3人なので、基礎控除は4800万円。残る資産約4650万円はこれを下回るため、相続税はかかりません。
ステップ3:妻の相続(二次相続)も、妻の生活費を使えばゼロに近づく
妻が全額を相続し、その後に亡くなると、法定相続人は息子2人になり、基礎控除は4200万円に減ります。資産が約4650万円のままなら、相続税は次のとおりです。
(4650万円-4200万円)÷2人=1人あたり225万円
225万円×10%×2人=45万円
ただし、妻が一人になると年金は月約10万円減ります。妻が一人で暮らす約7年間に、年約65万円(月約5万4000円)を生活費として取り崩せば、資産は約450万円減り、相続税はかからない計算です。
| 時点 | 資産の目安 | 基礎控除 | 息子たちの相続税 |
| いま | 約7000万円 | ― | ― |
| Bさんの相続時(生活費・介護資金を使った後) | 約4650万円 | 4800万円 | 0円 |
| 妻の相続時(資産が減らない場合) | 約4650万円 | 4200万円 | 45万円 |
|
妻の相続時(妻の生活費で約450万円使った場合) |
約4200万円 | 4200万円 | 0円 |
参考までに、何も使わずに7000万円を残した場合、息子たちの相続税は分け方しだいで約112万~320万円になります。「使い切る」こと自体が、もっともシンプルな相続対策になっているわけです。
インフレで預金は目減りする。ただし「使い切るお金」は運用で増やすより、使うときにあることが大切
全国の消費者物価指数(総合)は、2025年平均で前年比3.2%上昇しました(総務省統計局「統計局メールニュース 消費者物価指数 2025年平均」)。直近の2026年8月分でも、前年同月比1.9%の上昇が続いています(総務省統計局「消費者物価指数(CPI)全国 最新の月次結果」)。
預金の利息をゼロとした場合、金融資産3000万円の実質的な価値は次のとおりです。
| 物価上昇率(年) | 5年後 | 10年後 |
| 1% | 約2854万円 | 約2716万円 |
| 2% | 約2717万円 | 約2461万円 |
| 3% | 約2588万円 | 約2232万円 |
計算式:3000万円÷(1+物価上昇率)^年数
ただし、使い切る計画で使う約2350万円は、数年以内に使う可能性があるお金です。使うまでの期間が短いお金を価格が大きく動く資産に置くと、必要なときに値下がりしているおそれがあります。
| 資金 | 金額の目安 | 置き場所の考え方 |
| 生活費の不足分・介護資金・予備費 | 約2350万円 | 元本が大きく変動しないもの(預貯金、個人向け国債など) |
| それ以外の資金 | 約650万円 | 価格変動を許容できる範囲で、国内外の株式や債券に分散するなど |
公的年金は、物価や賃金の動きに合わせて毎年度額が改定されます。ただし「マクロ経済スライド」により、物価の上昇分がそのまま反映されるわけではありません。
また、高齢になってからの運用では、判断能力が低下したときの扱いも確認が必要です。本人の意思が確認できなくなると、投資信託の解約や預金の引き出しが難しくなる場合があります。口座の代理人の制度は金融機関ごとに異なるため、取引先で確認してください。
編集部のアドバイザーはこう見る
LIMO編集部には、実務経験や専門分野の異なる6人のメンバーが在籍しています。宮野茉莉子、村岸理美、太田彩子、中本智恵、安達さやか、和田直子です。証券会社や銀行、信託銀行、生命保険会社、自治体での実務経験を持ち、CFP®や1級・2級ファイナンシャル・プランニング技能士、証券外務員などの資格を保有しています。
本企画では、ご相談のテーマに専門が合うメンバーが輪番でコメントします。Bさんのご相談には「相続」「年金」「運用」の3つの論点があるため、今回はそれぞれの分野で実務経験を持つメンバーが担当しました。
相続・承継の専門から
「子どもには残さなくていい」とお考えの方でも、自宅は最後まで残りやすい資産です。Bさんの試算でも、相続時に残る約4650万円のうち、約4000万円はマンションです。
老人ホームに移った後に自宅を売るのか、貸すのか、息子さんに残すのか。その方針をご夫婦と息子さんたちで共有しておくことが、「残さない終活」の一番の要です。具体的な分け方や税金は、税理士にもご相談ください。
公的年金の専門から
使い切る計画で見落とされがちなのが、奥さまがお一人になった後の年金です。遺族厚生年金は、夫の厚生年金の全額ではなく、報酬比例部分の4分の3です。
「ねんきん定期便」や年金事務所で夫の報酬比例部分を確認しておくと、奥さまの生活費にいくら残すべきかが具体的にわかります。使い切るのは、その金額を確保してからです。
資産運用の専門から
証券会社で資産運用のご提案をしていたころも、「インフレが心配だから預金をすべて運用に」というご相談はありました。しかし、近いうちに使うお金を価格が変動する資産に置くと、使いたいときに値下がりしていることもあります。
運用をされるなら、まず「この金額なら値下がりしても生活は変わらない」といえる範囲を決めること。そのうえで、仕組みや手数料を理解できるものにとどめるのが大切です。
監修者・泉田良輔の視点
「残さない終活」と聞くと、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。生前贈与や節税の工夫でしょうか。
しかし、Bさんの試算が示しているのは、もっとシンプルなことです。夫婦の生活と介護に計画どおりお金を使えば、相続税はゼロか、多くても45万円。何も使わずに残せば、分け方しだいで最大320万円です。つまり、「自分たちのために上手に使うこと」そのものが、もっとも素直な相続対策になっているということになります。
では、インフレへの備えはどう考えればよいのか。私は機関投資家として長く運用の現場にいましたが、運用で最初に決めるのは「何を買うか」ではなく「そのお金をいつ使うか」です。使い切る予定の約2350万円は、時間軸が短いお金。値下がりから回復するのを待つ余裕はありません。
加えて、Bさんは評価額4000万円のマンションという実物資産と、物価に合わせて改定される公的年金をすでに持っています。資産を「率」ではなく「額」で見れば、「預金しか持っていない」わけではないのです。もちろん、不動産価格も年金も、物価に完全に追いつく保証はありません。
「戦略とは何をしないかを決めること」とよくいわれます。使うお金では利回りを追わない。自宅をいつ、どうお金に変えるかを先に決める。私は、この順番こそが、Bさんの「残さない終活」とインフレへの備えを同時にかなえる道だと考えています。
まとめ:「残さない終活」は、使うお金と自宅の方針を決めることから
Bさんの資産は約7000万円。このままでは相続税の基礎控除を超えますが、生活費と介護資金を計画どおりに使えば、息子たちの相続税はゼロか最大45万円に収まる計算です。
まず取り組めることは次の3つです。
- 金融資産を「生活費の不足分」「介護資金」「予備費」「それ以外」に分け、使うお金は元本が大きく動かないところに置く
- 老人ホームに移った後の自宅を「売る」「貸す」「残す」のどれにするか、息子さんたちと方針を共有する
- 「ねんきん定期便」で夫の報酬比例部分を確認し、妻が一人になった後に残すべき生活費を把握する
本記事は情報提供を目的としたもので、特定の金融商品の勧誘や推奨を行うものではありません。投資には元本割れのリスクがあります。年金、税制などの制度は令和8年10月時点の情報にもとづいています。個別の判断は、年金事務所、税務署、税理士などの専門家にご確認ください。
※本記事は実際のご相談をもとに構成しています。プライバシーに配慮し、個人が特定されないよう、内容の一部を変更しています。
参考資料
- 厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
- 総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」
- 総務省統計局「家計調査報告 貯蓄・負債編 2025年(令和7年)平均結果の概要」
- 総務省統計局「統計局メールニュース 消費者物価指数 2025年平均」
- 総務省統計局「消費者物価指数(CPI)全国 最新の月次結果」
- 厚生労働省「令和6年簡易生命表の概況」
- 厚生労働省「遺族年金のしくみ」
- 生命保険文化センター「2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査」
- 国税庁「No.3302 マイホームを売ったときの特例」
- 国税庁「No.4402 贈与税がかかる場合」
- 国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除」
- 国税庁「No.4103 相続時精算課税の選択」
- 国税庁「No.4155 相続税の税率」
-
国税庁「No.4158 配偶者の税額の軽減」
LIMO編集部