2020年の東京オリンピック開幕まですでに1年を切っていますが、今ごろになって「マラソンは札幌でやることにしたよ」「いや、東京で午前3時からやるんだよ」といった話がIOC(国際オリンピック委員会)や東京都から出てくるなど、混迷の度を増しているようにも思えます。
この「午前3時から」案に関連してクローズアップされているのが、オリンピックのボランティアの方々です。この案が公表されてすぐ「3時からやるとして、ボランティアはどうやって会場に行くのか考えているのか?」という話がネット上でも大きな話題になりました。
この話も象徴的かもしれませんが、東京オリンピックのボランティアについては、募集要項が出た当初から、さまざまな問題点が指摘・批判されてきました。この記事では、それらをざっとおさらいしつつ、あらためてボランティアの意味を考えてみましょう。
「学徒動員のようだ」
文部科学省とスポーツ庁は2018年の7月、全国の大学と高等専門学校に対して、学生を東京五輪のボランティアに参加させるため、「オリンピックの日程に配慮して2020年の授業・試験スケジュールを考えなさい」という主旨の通知を出しました。このニュースに対して、ネット上では、
「学業よりオリンピックのほうが優先なのか」
「戦時中の学徒動員のようだ」
「ていうか文科省のやつがボランティアで働けよ」
といった批判がとたんに巻き起こりました。
また、ボランティアに参加するためには、「10日以上の活動を基本」「1日8時間程度」という条件が設けられています。また、必須ではないものの、競技についての知識や英語力などもボランティアに期待されているようです。
こうした、オリンピックボランティアについての大規模な募集を受け、ネット上では、
「ブラック企業以上にブラックだ」
「いろんなところからカネ集めてるんだから運営費で人件費くらい払えるはずだろ」
「普通はタダ働きのやつにこんな条件提示しないよな」
といった批判が相次ぎました。では、なぜオリンピックのスタッフを「無償」という条件の中で募集しているのでしょうか。
ボランティアが支えてきた過去のオリンピック
オリンピック運営の一部をボランティアに任せることに対しては、疑問視する声は常にありますが、オリンピックはこれまでボランティアによって支えられてきたという歴史もあります。
1936年のベルリンオリンピックまで、大会の運営は兵役とボーイスカウトによって支えられていましたが、1948年に開催されたロンドンオリンピックからは、一般の希望者もボランティアとして参加できるようになりました。最近のオリンピックでボランティアとして参加した人の数は、2012年のロンドンオリンピックでは7万人、前回のリオデジャネイロオリンピックでは5万人。東京オリンピックで計画されているのと同じように、大会運営の多くがボランティアによって担われてきました。しかも、ロンドンオリンピックのボランティアを募集した際には、募集人数を大幅に超える24万人の応募があり、複数回の面接により7万人が選抜されたといいます。
東京オリンピックの組織委員会は、こうした過去大会の様子などをふまえ、8万人の大会スタッフをボランティアに任せることが可能だと判断したのではないかと考えられます。実際、2019年9月に2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会が発表したところによると、20万人超の応募者があったうち、面談を経て合計約12万人の落選者に通知を送ったとのこと。
また、面談を通過して研修を受ける8万人余りのうち、女性が61%を占めたことや、外国籍の方が12%と通常より多かったことも話題になりました。外国籍のボランティアは、応募時にはなんと全体の4割前後にも達したという比率の高さも注目されましたが、組織委員会によると「確実に日本に来られそうな人を選んだ」ということで、最終的には中国や韓国からの人が多くなっているようです。
大会スタッフをボランティアに任せる意図は?
東京都と組織委員会が作成した「東京2020大会に向けたボランティア戦略」という資料を読むと、運営費の面以外にも、大会スタッフを有償ではなく無償のボランティアに任せる意図があることがわかります。
まず1つ目は、オリンピックを「一般の人でも参加できるイベント」として盛り上げたいということです。資料には、東京オリンピックを人々の心に残る大会にするためには「都民・国民一人ひとりに大会成功の担い手になってもらうことが必要不可欠であり、その中でも『ボランティア』活動への参加は、大会に関わる多くの人と一丸となって大会を作り上げることで、他では決して得られない感動を体験する貴重な機会となる」と書かれています。オリンピックを一部のスポーツ選手による「自分とは関係がないイベント」ではなく、「自分も一緒に作り上げたイベント」と捉えてほしいようですね。
2つ目は、ボランティアのネットワークをオリンピックの「レガシー」として残したいということです。資料には、「多くの都民・国民が東京2020大会のボランティアに参加し、活躍することで、 大会後もボランティア活動への参加気運が高まると考えられる」「東京都ボランティア活動推進協議会における連携を基盤に、ウェブサイトを活用するなど、多種多様なボランティアの募集・活動情報を豊富に提供する」などと述べられています。
これは、ロンドンオリンピックでの実績が元になっているのです。ロンドンオリンピックでは、大会終了後、約7万人のボランティア・データベースは“Team London”という名前でロンドン市政に引き継がれ、オンライン上で地域のボランティア・ニーズと担い手をマッチングしています。
東京オリンピックにおいて、ボランティアに期待するものは、単なる無償労働だけではないようです。
ボランティア参加者にとってはどうなの?
ここまでで、オリンピックを運営するうえで、ボランティアを募集するメリットが大きいことはおわかりいただけたとおもいます。では、参加者にとって、「オリンピックに携わることができる」ということ以上のメリットはあるのでしょうか。
オリンピックに参加する実質的なメリットとして、グローバルな環境で働くことができるということが挙げられます。リオオリンピックの際には、ボランティアスタッフの5万人に加え、アスリートが1万人、メディアが3万人、有償スタッフが1万人など、世界各国から約10万人以上の人が集まりました。このように、普段の日本では味わうことのできない、グローバルな環境に身を置く経験ができれば、成長の役に立つかもしれません。
また、日々の仕事でこうした経験を生かすことができれば、オリンピックでのボランティアは単なる「無償労働」ではなく「自分への投資」と考えられるかもしれません。
ボランティアの募集が批判される理由
東京オリンピックは、プロスポーツ選手が参加することや、多くのスポンサー企業が集まることなど、商業的なイメージが強い一方で、ボランティアの募集では、「おもてなしの心」や「オリンピックへの熱意」など、人々の善意に基づいた「無償奉仕」のようなイメージが強くなってしまったことが、批判につながったのではないでしょうか。
「批判する人は参加しなければいいだけだ」との意見もありますが、オリンピックが多額の税金の元でも成り立っている以上、一人でも多くの人にとって実りあるものになったほうがいいことは間違いありません。冒頭で触れたマラソンの話ではありませんが、主催側がボランティアの方々を「都合のいい無償奉仕者」ではなく「かけがえのない経験を積みながら一緒にオリンピックを盛り上げてくれる人たち」と捉えるべきなのは言うまでもないでしょう。
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