本記事の3つのポイント

  •  電気自動車や5G通信を背景にSiCデバイス市場が普及期に。SiCウエハー大手のクリーはウエハー/デバイス双方で能力増強を実施中
  •  ウエハー分野では韓国SKシルトロンがデュポンからSiCウエハーを含む関連事業を買収。国内ではロームや住友電工が事業拡大に積極的
  •  SiC分野固有の製造装置の1つであるエピタキシャル成長装置も市場が拡大。普及期を見据え参入各社は処理能力を高めた新型機を投入

 

 これまで「高価すぎる」「口径が小さすぎる」といわれてきた炭化ケイ素(SiC)市場が本格的な拡大期に入ってきた。これから本格的な成長軌道を描く電動自動車や第5世代通信システム(5G)などに不可欠な素材として、ウエハー、そしてこれを用いるパワー半導体や高周波(RF)デバイスメーカー、製造装置メーカーのビジネスが活発化。「2023年に100億ドルを超えるパワー半導体市場で、うち20億ドルをSiCが占める」との予測も出ており、立ち上げに向けて旺盛な投資が続きそうだ。2~3年以内に8インチ(直径200mm)SiCウエハーが登場することも予想され、そうなれば既存の半導体工場で量産しやすくなるため、投資はさらに活発化する可能性がある。直近の関連各社の動きをまとめた。

クリーが生産能力30倍に

 SiCウエハーで世界シェアの6割を握る米クリーは5月、SiCの生産能力拡大に今後5年間で総額10億ドルを投資すると発表した。SiCおよびGaNデバイス(GaN on SiC RF)とSiCウエハーの生産能力を、24年までに16年7~9月期時点に比べてそれぞれ最大30倍に拡大し、自動車の電動化や5G向けの需要拡大に対応する考えだ。

 発表によると、「ノースファブ」と呼ぶ新工場に4.5億ドルを投資し、SiCおよびGaNデバイスを増産する。車載認定に適合した製造ラインを整え、22年に稼働させる。当初は6インチ(直径150mm)のSiCウエハーで製造して生産能力を18倍(ウエハー面積ベース)にするが、24年までに8インチでの量産を可能にし、能力をさらに高める。

 また、同じくノースカロライナ州ダラムの本社キャンパス内の既存工場に4.5億ドルを投資し、第2のSiC結晶成長工場「メガファクトリー」として再整備し、SiCウエハーを増産する。残り1億ドルは関連ビジネスの拡大に投資すると説明した。

 9月には、前述の「ノースファブ」をニューヨーク州マーシーに建設することを明らかにした。最終的に8インチSiCウエハーでパワー&RFデバイスを量産する予定で、当初の計画どおり、車載認定に適合した製造ラインを整えて22年に稼働させる。

 ただし、5月の発表時は「10億ドルのうち4.5億ドルを充てる」予定だったが、計画の具体化に伴って、工場建設や設備および関連費用に約10億ドルを投資すると同時に、ニューヨーク州から5億ドルの助成金を受けて、当初計画よりも生産能力を25%アップすることにした。これにより、24年までの当初の投資計画に比べて約2.8億ドルを節減する。ニューヨーク新工場完成時のサイズは最大48万平方フィートとなり、まず約1/4にクリーンルームを実装し、以後必要に応じて生産能力を拡張する。

半導体メーカーやティア1と供給契約

 このようにクリーがSiCの生産能力を拡大する背景の1つに、自社で生産するSiC & GaNデバイスで用いる以外に、他の半導体メーカーと複数年にわたるSiCウエハーの長期供給契約を結んでいることがある。その詳細は、米オン・セミコンダクターと8500万ドル以上(6インチ)、スイスのSTマイクロエレクトロニクスと2.2億ドル(6インチ)、独インフィニオンテクノロジーズ(6インチ)および非公表の1社である。

 また、SiCパワー半導体に関しては、クリーは5月にフォルクスワーゲン(VW)グループからSiCパートナーに選定されVWにSiCデバイスを供給する予定のほか、9月には大手ティア1の米デルファイとも800Vインバーター用のSiC-MOSFETを22年から供給する契約を結んでおり、自動車関連メーカーからも強い引き合いを得ている。

 ちなみに、STマイクロエレクトロニクスは9月、ルノー・日産自動車・三菱自動車アライアンスの電気自動車に搭載されるオンボード・チャージャー(OBC)向けにSiCパワー半導体を供給すると発表した。STマイクロのSiC製品を搭載したOBCは21年に量産が開始される予定であるほか、STはアライアンスに標準的なシリコン製品を含む関連コンポーネントも供給するという。

SKやSTマイクロがSiCウエハー買収

 SiCウエハーのサプライヤーは、クリーのほかに米II-IV(ツーシックス)、米ダウ、ローム傘下の独SiCrystal(シークリスタル)などがあり、中国でも新興メーカーが増えつつあるが、「クリーに限らず、どのメーカーも積極的に増産を進めている」(海外の製造装置メーカー幹部)という。

 このなかで9月、シリコンウエハーメーカーの韓国SKシルトロンが、デュポン子会社のDuPont Electronics & Imaging(E&I)から化合物ソリューション(CSS)事業を4.5億ドルで取得すると発表した。当局の承認を経て19年末までに取得を完了する予定。デュポンは「CSS事業にはSiCウエハーを製造する最先端技術があり、パワーエレクトロニクス市場に供給しているが、E&Iの戦略的優先事項ではない。それを考慮すると、SKシルトロンは良い所有者になる」とコメントした。SKシルトロンは、シリコンウエハーに次いでSiCウエハーでも地歩を固めると同時に、貿易紛争に備えて国産化を図るとみられる。

 また、STマイクロエレクトロニクスは2月、スウェーデンのSiCウエハーメーカーであるノルステルの株式の55%を取得すると発表した。残り45%を条件に応じて取得するオプションも有している。ノルステルはリンショーピン大学のスピンオフ企業として05年に設立され、6インチのSiCベア&エピウエハーを開発・製造している。

 このほか、SiCウエハー関連では、6月に米GTアドバンスト・テクノロジーズ(GTAT)がシリコンウエハー大手の台湾グローバルウェーハズ(GWC)と提携し、GTAT製の6インチSiCウエハーを長期供給し、GWCが販売する契約を結んだ。

 また、SiCウエハー上に高品質なSiC薄膜を積むSiCエピウエハー関連の動きも活発で、特に日本メーカーが活躍している。住友電工は17年に高品質エピウエハー「EpiEra」の量産を開始し、4インチと6インチを提供している。

 また、昭和電工も生産体制を増強した。生産を担当する秩父事業の月産能力は、14年9月に2500枚体制(4インチ換算)だったが、16年6月に3000枚体制へ増産。近年のパワー半導体需要の高まりに応じて、18年4月に3000枚から5000枚へ、18年9月には5000枚から7000枚へ増力を順次増強し、18年7月には3度目となる増強を決定し、19年2月に7000枚から9000枚へ引き上げている。8月には、第2世代の6インチ高品質SiCエピウエハー「HGE-2G」を開発した。

日本ではロームやSEDIが増産

 SiCデバイスメーカーでは、SiCウエハーメーカーのシークリスタルを傘下に持つロームが増産を進めている。生産子会社のローム・アポロ筑後工場に200億円強を投じてSiCパワー半導体を量産する新棟を建設中で、21年にはSiCパワー半導体の月産能力を現有の約3倍に相当する1万2000枚に引き上げ、世界シェア30%の獲得を目指す。ロームはすでに電気自動車にSiCパワー半導体の搭載実績を有しており、SiCパワー半導体では世界トップ3以内にランクされている。

 また、SiCウエハーを用いるGaN on SiC RFデバイスでは、住友電工グループの住友電工デバイス・イノベーション(SEDI)が5G用GaNトランジスタを増産中だ。無線通信基地局間の増幅器には、4~40GHzではGaAs MMICが使われるが、3GHzまでのRRH(Remote Radio Head)にはGaNが標準で搭載されているため、近年GaNトランジスタの需要が伸びている。また、5G通信のサブ6(6GHz以下)で周波数が高い帯域にはシリコンLDMOSでは対応できず、現状でGaNトランジスタが7割以上のシェアを占めているほか、既存インフラの4GでもGaNのシェアが高まっており、4G向けでもシリコンLDMOSのシェア8割に対し、GaNは2割までシェアを上げているという。

 こうした状況に対応するため、SEDIは山梨事業所の4インチラインを増強しており、17年のGaNトランジスタの生産量を1とすると、20年には10になる増産計画を推進中だ。ウエハーの処理能力でみると、19年は17年比で2倍、20年には同比3倍になる計画という。これに加え、SiCウエハーサプライヤーの1つであるツーシックスと18年10月に戦略的協業を結び、ツーシックスのニュージャージー工場に6インチのGaN専用量産ラインを設置する。21年から量産を開始する予定であり、ここでもGaNデバイスのベースとなるSiCウエハーの所要が増えることになる。

 5Gは、まずサブ6を用いて商用化がスタートしているが、22~23年には「5G+」と呼ばれる高い周波数(ミリ波帯)を用いたインフラも普及してくる見通し。ここには今より高性能なGaN on SiC RFデバイスが必要不可欠といわれている。

エピ装置ではアイクストロンが新型機

 SiCウエハー上にSiCエピを積むSiCエピタキシャル成長装置の需要も今後さらに高まりそうだ。

 大手の一角である独アイクストロンは9月、SiCエピタキシャル成長装置の新製品「AIX G5 WW C」を発売した。すでに複数の顧客から受注を得ている。この新装置は、同社の多くの装置で実績のあるプラネタリーリアクタープラットフォームをベースとして、最先端のカセット・ツー・カセットウエハー搬送システムを備え、カセットへのウエハーのロードや高温下でのウエハー搬送などを完全に自動化した。6インチ8枚を一括処理することができ、従来機から処理能力を2倍に高めた。パワーデバイス市場は23年までに100億ドルを超えると予測され、そのうちSiCは20億ドルを占めると想定されているため、新装置の投入でシェア拡大を目指す。

 SiCエピタキシャル成長装置は、アイクストロンのほか、東京エレクトロン、ニューフレアテクノロジー、イタリアのLPEなどが参入しており、LPEもこのほど日本市場への本格進出を決めた。需要拡大が見込まれるが、競争もさらに激しさを増すだろう。

電子デバイス産業新聞 編集部 編集長 津村明宏

まとめにかえて

 予測に反して、なかなか市場が拡大しなかったSiCデバイス市場がここにきて、いよいよ普及期に入ってきた印象です。自動車分野などに用いられるパワーデバイスと、通信インフラなどが主用途のRFデバイスの双方で市場が拡大しており、装置・材料分野も大きな期待を寄せています。今後量産効果によるコストダウンがさらに進めば、想定を上回るペースで市場が拡大することもありそうです。

電子デバイス産業新聞