中国の8月の消費者物価指数(CPI)は、食品価格の上昇を受け前年同月比+2.8%と過去17ヶ月で最も高い上昇率となった。

中国では食肉消費量の60%以上を豚肉が占めるが、豚肉の価格が過去8年で最大の上昇を見せた。豚の感染症である「アフリカ豚コレラ」の影響で豚肉の供給量が減っており、豚肉価格は前年と比べておよそ47%上昇した。アフリカ豚コレラは人に感染することはないが、致死率が高く感染力の強い伝染病である

国家統計局の見積りによれば、豚肉価格の高騰が8月のCPIを1%以上押し上げた。また豚の飼育頭数の減少の影響で、豚肉価格の高騰は来年半ばまで続くと予想され、CPIの上昇率は年末にかけて3%に達するだろう。

政策当局にとり景気対策は重要な課題であるが、当局はこれに取り組む前に、いくつかの重要な問題を問われている。まず「景気が減速する中での消費者物価の上昇は金融政策にどのような影響をもたらすか」ということ、そして「金融政策の代替としてどのような政策を検討できるか」ということの2点である。

物価の抑制

高騰する豚肉価格への対応として、政府は豚肉の供給を増やし消費者への影響を和らげる対応策に着手した。まず子豚や冷凍豚肉の輸送車両については有料道路などの通行料金を免除すると発表し、さらに価格高騰を抑えるために政府が備蓄している豚肉を放出した。

明るい材料は、食品とエネルギーを除くコアCPIが、冴えない景気を背景として低い水準で横ばいの推移を見せていることだ。8月のコアCPIは、7月の前年同月比+1.6%から同+1.5%へと低下した。さらに生産者物価指数(PPI)は前年比で下落しており、サプライチェーンの川上にある企業の価格決定力が弱く、また供給サイドでのコスト・プッシュ型の価格上昇に限界があることを示唆している。

リスクと経済成長のバランスを取る

実際のCPIの上昇と期待インフレ率に対する潜在的な影響から、当局が積極的な金融緩和を実施するのは難しくなる可能性はあるものの、食品を除けば基本的なインフレ圧力は低くコアCPIは横ばいで推移している。このため、当局は柔軟に金融緩和策を継続することが可能であると当社は考えている。

中国人民銀行(中央銀行)の易網総裁は、9月24日の記者会見で「近ごろ景気は減速しているものの、中国の経済成長率とインフレ率は依然として妥当な範囲に収まっており、豚肉価格は高騰しているがインフレ率上昇は大きな脅威には見えない」との見解を示した。易網総裁はまた、中央銀行の慎重で目的を明確にした金融政策の方針を改めて強調し、大規模な金融緩和を急がない姿勢を示した。

9月初旬、中央銀行は今年3度目となる預金準備率の引き下げを行い、市場に8,000億人民元の流動性を供給したが、1年物の中期貸出ファシリティ(MLF)金利が3.3%に据え置かれたため、市場はこれに失望。9月17日の本土(オンショア)市場では、株式、債券共に下落した。

中国当局が金融緩和策に慎重なのは、「景気の浮揚」と「金融市場の安定/債務の持続性の維持」とのバランスを取りたいとの考えがあるためだと当社はみている。とはいえ、今後数ヶ月以内にMLF金利が引き下げられる可能性が高い。中国では8月に新たに銀行貸出の基準金利としてローンプライムレート(LPR)が導入されたが、MLF金利の引き下げはLPRの低下につながるだろう。世界的に多くの中央銀行が金融緩和姿勢に転じているため、中国が一段の金融緩和策を検討する余地は大きい。

なお、金融政策の波及効果を高めるためには、さらなる市場改革が必要である。事実上の政策金利としてMLFの有効性を強化するため、MLFのシグナル効果を向上させる対策などが求められる。

金融政策を超えて

政策当局は、金融緩和策に加えて、より効果的に他の政策手段を導入することが重要であると強調している。

例えば国務院は、10月末までに、専項債(インフラ整備資金を調達するための特別地方債)を発行して得られる資金の全てをそのプロジェクトに配分し、そのうち約20%を主要なインフラ・プロジェクトを推進するために自己資本(エクイティー・キャピタル)として活用するよう指示した。併せて2020年の専項債の発行枠についても、今年中に前倒しで発行できるようにする(ただし、土地の確保、不動産関連プロジェクト、デット・スワップ・プログラムにこの資金を充てることは禁止されている)。

このように専項債の活用方法を改善することで、年末に向けてインフラ投資の伸び率が1桁台前半から2桁近くへと加速するものと当社は考える。さらに政府は雇用の安定化に乗り出し、従業員を解雇していない企業に対する失業保険の還付、16~24歳の若年失業者に対する補助金支給といった施策を開始した。

結論としては、中国では追加金融緩和の余地はあるものの、この先の景気浮揚策としてはインフラ投資の拡大などの財政政策が中心となるだろう。