米国の金融政策を担うFRB(連邦準備制度理事会)と、財政政策を担う米財務省。世界経済の方向性を決めるこの2つの巨大機関が今、市場の大きな関心を集めています。報道では「ウォーシュFRB議長とベッセント財務長官の動きがちぐはぐだ」「どちらが主導権を握るのか争っている」といった見方が伝えられています。一体なぜ、同じ国の経済を舵取りする両者が、対立しているかのように見えるのでしょうか。

この理由について、元機関投資家の泉田良輔氏が、財政の構造と両者が持つ権限の違いを分析し、業績やニュースの裏側にある本当の構図を解説します。

1. FRBと財務省は「ちぐはぐ」なのか?

現在、市場参加者の間では、ウォーシュFRB議長とベッセント財務長官の政策スタンスが噛み合っていないという見方が報じられています。報道では両者がちぐはぐで、主導権を争っているのではないか——こうした疑問に対し、泉田氏は、両者が直面している課題と使える手段の違いに目を向ける必要があると指摘します。

FRBのウォーシュ議長は、2026年8月28日のジャクソンホール会議(主要国の経済学者や中央銀行幹部が集まるシンポジウム)での講演において、物価の安定を最優先する姿勢を鮮明にしました。インフレが目標の2%を上回っていることを挙げたうえで、「幅広い金融環境を引き締め的だと表現するのは難しい」と述べ、引き締めがまだ十分ではないという認識を示しています。

一方で、財務省のベッセント長官は、まったく逆の方向、つまり「長期金利を下げたい」という方向へ動いているように見えます。その象徴的な出来事が、8月19日に発表された「国債の買い戻し(バイバック)」の上限倍増です。

米財務省は、1回のオペレーションあたりの買い戻し上限を従来の20億ドルから少なくとも40億ドルへと引き上げ、9月9日から適用しました(増額対象オペの実施は9月10日)。バイバック自体は1か月〜2年といった短期の国債も対象としていますが、今回増額の対象となったのは10〜20年、20〜30年といった長期の国債です。

国債は、買いたいという需要が高まれば価格が上がり、結果として金利(利回り)が下がる仕組みになっています。通常3か月に一度の定例発表の枠外でこのような措置に踏み切ったことは、財務省が長期金利の低下を強く望んでいることの表れだと考えられます。

2. 財務省が「定例の枠外」で動いた本当の理由

では、なぜ財務省は定例の枠外で動いてまで、長期金利を下げたいのでしょうか。その背景には、国の財政を預かる立場としての厳しい現実があります。

報道によれば、ベッセント長官は就任前に「3つの3」と呼ばれる公約を掲げていたとされています。その一つが、2028年までに財政赤字をGDP(国内総生産)比で3%以内に抑えるという目標です。

しかし、米国の2025年度の実績を見ると、財政赤字はGDP比で5.85%に達しており、目標の約2倍という水準にあります。さらに深刻なのが「利払い費」の急増です。

国債の利払いにかかる純利払い費は、2025年度実績で9,703億ドルに達し、GDP比で3.2%を占めています。純利払い費とは、政府が支払う利息から受け取る利息を差し引いた、正味の負担額のことです。これは、同じ2025年度の米国の国防費(9,166億ドル)を上回る規模です。

別の統計(米商務省の国民経済計算)で四半期ごとに見ると、利払い費が国防費を上回ったのは1998年1-3月期以来のことで、年ベースでは1947年以降で初めてという水準にあります。

泉田氏はこの状況について、次のように解説します。

「これ(利払い費)を0にするか、それ以外の分を0にするか。そんな金利を上げるって言っているけれど、いやちょっと待てと。俺の公約が達成できないじゃないか、となります」

つまり、他の歳出をすべてゼロにしたとしても、利払い費だけでGDP比3%の公約枠を食い潰してしまう状態なのです。長期金利が上がれば上がるほど、将来の利払い負担はさらに重くなります。これが、財務省が長期金利を抑え込みたい最大の理由と考えられます。

2.1 金利を直接動かせない財務省の「苦肉の策」

ここで効いてくるのが、財務省には金利を直接動かす手段がないという点です。

政策金利を決定する権限はFRB(具体的にはFOMC=連邦公開市場委員会)にあります。財務省が持っている手段は、実質的に「国債をどう出すか(発行と買い戻し)」しかありません。

市場関係者の間では、財務省が短期の国債を発行して資金を調達し、それを使って長期の国債を買い戻しているのではないかという見方もあり、これを「Treasury Twist(トレジャリー・ツイスト)」と呼ぶ声も報じられています。

正面から金利を動かせない財務省が、自らの目標を達成するために国債の需給を操作する。これが、FRBの金融引き締め路線と対立しているように見える構図の背景にあると考えられます。

3. 為替介入も同じ動機でつながっている

この「長期金利を上げさせない」という財務省の強い動機は、国債市場だけでなく、為替市場での動きも説明できます。

2026年7月末、日米が協調して為替介入を行いました。協調介入とは、複数の国の通貨当局が足並みをそろえて同じ方向に売買を行うことです。1国だけで行う単独介入より、市場に与える効果が大きいとされています。日本による4月30日や7月30日の単独介入に続き、米東部時間の7月31日に実施されたものです。円買い方向の協調介入としては約28年ぶりだと報じられています。

日本の為替介入の原資は、外国為替資金特別会計という国の会計です。介入のために持っている外貨を管理する専用の財布のようなもので、その資産の多くは米国債で運用されているとされています。日本が円安を食い止めるために大規模な円買い・ドル売り介入を行う際、市場では「日本が原資を確保するために米国債を売却するのではないか」と意識されやすくなります。動画のなかでも、この点は聞き手と泉田氏が前提として共有していました。ただし後述のとおり、日本の財務省は原資の調達手段を公表していないため、実際に売却しているかどうかは確認できません。

泉田氏は、日本が米国債を売れば米国の金利が上がる点を指摘したうえで、金利を下げたいベッセント長官の立場からすると、日本に単独で動かれては困る展開になると説明します。

もし日本が大量の米国債を売却すれば、米国の長期金利に上昇圧力がかかると考えられ、ベッセント長官が国債の買い戻しでやろうとしていることと逆行することになります。

だからこそ、米国も介入に協力したと考えられます。ただし、米国が自らのドルを売って円を買えば、やはり米国内の金融環境に影響を与えかねません。そのため、一部の報道によれば、米国側はドルではなく「ユーロを売って円を買う」という変則的な手法をとったとされています。

ドル円相場と為替介入のタイミング1/3

ドル円相場と為替介入のタイミング

出所:FRED DEXJPUSを基にイズミダイズム作成