「退職金が入ったら、まとまった額を投資に回して一発逆転を狙いたい」。そう考える方もいるでしょう。しかし、この「一発逆転」という発想には、見落とされがちな罠があります。
そもそも退職金の平均額とされる数字自体、多くの人が思っているより「限られた一部の人」の数字であることをご存じでしょうか。
- 退職給付制度がある企業は74.9%で、企業規模が小さいほどこの割合は下がります
- 退職金を一括で高リスク運用に回すと、退職直後の下落局面で取り崩しを迫られるリスクがあります
- 勤続35年なら退職所得控除は1850万円で、大学卒平均の退職金1896万円はほぼ非課税で受け取れます
1. 「退職金の平均額」は誰の数字か
「退職金の平均は1896万円」といった数字を目にしたことがあるでしょう。この数字が、実際にはどんな企業を対象にしたものか確認しておきます。
1.1 企業規模で大きく異なる「退職給付制度がある企業」の割合
厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」によると、退職給付(一時金・年金)制度がある企業割合は全体で74.9%です。
企業規模別にみると、従業員1000人以上の企業では90.1%、300〜999人では88.8%、100〜299人では84.7%、30〜99人では70.1%となっています。企業規模が小さくなるほど、この割合は下がる傾向にあります。
1.2 学歴別の平均退職給付額
同調査によると、勤続20年以上かつ45歳以上で定年退職した人の平均退職給付額は、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で1896万円、高校卒(管理・事務・技術職)で1682万円でした。
この数字は、退職給付制度がある企業の、さらに勤続20年以上かつ45歳以上という条件を満たした退職者の平均です。すべての退職者に当てはまる数字ではありません。
1.3 退職給付制度の形態にも種類がある
退職給付制度がある企業の内訳をみると、「退職一時金制度のみ」が69.0%、「退職年金制度のみ」が9.6%、「両制度併用」が21.4%となっています。
一時金として一括で受け取る制度と、年金として分割で受け取る制度、その両方を併用する制度とでは、受け取り方や税制上の扱いが変わってきます。自分の勤務先がどの形態かによって、この記事で紹介する試算の当てはまり方も変わる点に注意が必要です。
2. 【編集者の視点】
退職給付の形態が「一時金のみ」か「年金のみ」か「併用」かによって、実際に手にするお金の性質は大きく異なります。一時金であればまとまった資金を自分で運用・管理する必要がありますが、年金であれば毎月の生活費に近い形で受け取れます。
自分の勤務先がどの形態を採用しているか把握していない方は、退職を意識し始めたタイミングで、あらためて確認しておくとよいでしょう。人事部門や労働組合を通じて、制度の詳細を尋ねることができます。
特に「両制度併用」の場合は、一時金と年金それぞれの受け取り割合を選べることもあります。選択の余地があるなら、退職所得控除と公的年金等控除のどちらをどれだけ使うかという視点も踏まえて考えるとよいでしょう。
「退職金の平均は約1900万円」という数字だけを聞くと、自分もそれくらいもらえるはずだと考えてしまいがちです。しかし、この数字の裏には、いくつもの条件が隠れています。
まず、退職給付制度そのものがない企業が、全体の25.1%あります。従業員30〜99人の企業に限れば、約3割が制度自体を持っていません。勤務先に制度があるかどうかを確認していない方は、まずそこから確認する必要があるでしょう。
次に、平均額は勤続20年以上かつ45歳以上という条件付きの数字です。転職を重ねてきた方や、勤続年数が短い方は、この平均額をそのまま参考にすることはできません。
防衛策としては、就業規則や退職金規程を確認し、自分の勤続年数・退職事由での支給見込み額を、人事部門に確認しておくことです。「平均額」と「自分がもらえる額」は別物だと考えておいた方がよいでしょう。
3. 退職金を一括で高リスク運用に回すリスクを試算
退職金がまとまって入ると、その一部を投資に回そうと考える方もいるでしょう。ここで注意したいのが、退職直後という「取り崩しが始まるタイミング」で運用を始めることのリスクです。
3.1 下落局面で取り崩しが重なると、回復を待てない
仮に2000万円を一括で投資し、直後に株価が30%下落したとします。評価額は1400万円まで減りますが、生活費のためにここから取り崩しを続けると、株価が回復する前に元本が目減りし続けることになります。
3.2 【下落局面での評価額の目減り(編集部試算)】
投資直後から下落まで
- 投資直後:2000万円
- 30%下落後:1400万円
下落後にさらに取り崩した場合
- 1年分(120万円)を取り崩すと:1280万円
資産形成の途中(現役時代)であれば、下落局面はむしろ安く買い増せる機会にもなります。しかし、退職直後で取り崩しが始まっている場合、下落した価格で売却せざるを得ず、回復を待つ余裕がないという違いがあります。
4. 【編集者の視点】
「退職金で一発逆転」という発想には、まとまった資金を一度に投資すれば大きなリターンが得られる、という期待が背景にあるのでしょう。しかし、退職金は現役時代の積立と違い、その後の生活費の原資でもあります。
現役時代の積立投資であれば、下落局面が来ても「まだ働いているから」「まだ取り崩さないから」という時間的な余裕があります。退職金の場合、この時間的な余裕がそもそも小さいことを見落としがちです。
また、「一発逆転」を狙うということは、裏を返せば大きく減る可能性も受け入れるということです。生活費の原資まで高リスクな運用に回してしまうと、失敗したときの生活への影響が直接的になります。
防衛策としては、退職金を「当面の生活費」「中期的に使う予定の資金」「当面使う予定のない資金」の3つに分け、高リスクな運用に回すのは3つ目の部分に限ることです。全額を一度に投資判断してしまわないよう、証券会社やファイナンシャルアドバイザーに相談しながら、段階的に配分を決めるとよいでしょう。
5. 退職所得控除で、実は税負担は小さい
退職金には、他の所得とは別に「退職所得控除」という手厚い控除が用意されています。
5.1 勤続35年なら控除額は1850万円
国税庁によると、退職所得控除額は、勤続年数20年以下の部分は「40万円×勤続年数(80万円に満たない場合は80万円)」、20年を超える部分は「800万円+70万円×(勤続年数-20年)」で計算されます。
勤続35年の場合、控除額は800万円+70万円×15年=1850万円です。課税対象になるのは、退職金からこの控除額を差し引いた残りの、さらに2分の1の金額です。
5.2 【勤続年数別・退職所得控除額(編集部試算)】
勤続20年・30年の場合
- 勤続20年:控除額800万円
- 勤続30年:控除額1500万円
勤続35年・40年の場合
- 勤続35年:控除額1850万円
- 勤続40年:控除額2200万円
大学卒の平均退職給付額1896万円を、勤続35年の控除額1850万円と比べると、差額はわずか46万円です。課税対象額はこの2分の1の23万円にとどまり、税負担はごくわずかで済む計算になります。
6. 【編集者の視点】
退職金にかかる税金を心配する声を聞くことがありますが、実際には退職所得控除の仕組みによって、多くの方の税負担は小さく済むように設計されています。
ただし、この控除は「一時金として受け取る場合」の話です。退職金の一部を年金として分割で受け取る選択をした場合は、公的年金等控除の対象になり、控除の考え方が変わってきます。
また、勤続年数が短い場合や、複数の退職金(企業年金の一時金なども含む)を同じ年に受け取る場合は、控除額の計算が複雑になることもあります。
防衛策としては、退職金を受け取る前に、勤続年数と受け取り方(一時金・年金・併用)ごとの税額を、勤務先の担当部署や税理士に確認しておくことです。「税金がかかるから」と漠然と心配するより、具体的な数字を知っておく方が、その後の判断がしやすくなるでしょう。
7. 退職金専用の「特別金利」定期預金にも注意点がある
退職金を受け取ったタイミングで、金融機関から「退職金専用」の特別金利定期預金を案内されることがあります。
7.1 高金利は短期間、投資信託とのセットが条件のことも
退職金専用定期預金は、通常の定期預金より高い金利が設定されていることが多く、一見魅力的に見えます。ただし、この高金利が適用されるのは、3か月〜1年程度の当初の一定期間だけであることが一般的です。
また、金融機関によっては、投資信託や保険商品と同時に契約することを条件に、より高い金利を提示するセットプランを用意している場合があります。単独で申し込めるプランと、セット契約が前提のプランの両方が用意されていることが多く、内容をよく確認せずに勧められるまま契約すると、意図しない商品まで購入してしまう可能性があります。
7.2 期間終了後の金利にも注目する
特別金利の期間が終了すると、その後は通常の金利水準に戻ります。長期的に置いておくことを前提にするなら、当初の高金利だけでなく、期間終了後にどの金融機関に、どの商品で預けるかも合わせて考えておく必要があります。
※本記事は、編集部が厚生労働省が公表する公式の最新一次資料を直接確認の上、執筆・検証しています。
8. 【編集者の視点】
退職金専用の特別金利定期預金そのものが悪い商品というわけではありません。むしろ、まとまった資金の置き場所に迷っている時期に、当面の分散先の一つとして活用する分には合理的な選択肢です。
注意したいのは、「投資信託とのセットでないと高金利にならない」というプランを、内容を十分理解しないまま契約してしまうケースです。窓口で勧められるまま署名すると、後になって「そんな商品を買っていたとは知らなかった」という事態になりかねません。
また、退職金を受け取った直後は、複数の金融機関から次々と提案を受けることも多く、比較検討する時間的な余裕がないまま契約を急かされる場合もあります。
防衛策としては、その場で即決せず、少なくとも複数の金融機関のプランを比較する時間を確保することです。セット契約が条件になっている場合は、その投資信託や保険商品単体の内容・手数料も、退職金専用定期預金とは切り離して吟味することをおすすめします。
9. まとめ
- 退職給付制度がある企業は74.9%で、企業規模が小さいほどこの割合は下がります(30〜99人の企業では70.1%)
- 退職金を一括で高リスク運用に回すと、退職直後の下落局面で取り崩しを迫られるリスクがあります
- 勤続35年の場合、退職所得控除は1850万円で、大学卒平均の退職金1896万円はほぼ非課税で受け取れます
「退職金で一発逆転」という発想の前に、自分の勤務先に退職給付制度があるか、あるとすればどれくらいの金額を見込めるかを、まず確認しておく必要があります。
そのうえで、退職金をどう配分するか、どう受け取るかを、税負担も含めて検討してみてはいかがでしょうか。具体的な運用方針や税額については、ファイナンシャルアドバイザーや税理士に相談することをおすすめします。「一発逆転」を狙うより、まず全体像を正確に把握することが、結果的に一番確実な備えになるはずです。
10. よくある質問
10.1 Q. 退職金の平均額はどれくらいですか
A. 厚生労働省「令和5年就労条件総合調査」によると、勤続20年以上かつ45歳以上の定年退職者では、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)で1896万円です。ただし退職給付制度がある企業は全体の74.9%にとどまります。
10.2 Q. 退職金を一括で投資に回すのは危険ですか
A. 退職直後に一括投資し、直後に下落局面が来ると、生活費のための取り崩しと重なり、回復を待てないまま損失が固定されるリスクがあります。当面の生活費と分けて考えることが重要です。
10.3 Q. 退職金には税金がかかりますか
A. 退職所得控除により、勤続年数が長いほど控除額も大きくなります。勤続35年なら控除額は1850万円で、平均的な退職金額であれば税負担はわずかで済む場合が多いです。
10.4 Q. 退職金専用の定期預金は利用した方がいいですか
A. 当面の分散先の一つとしては選択肢になりますが、高金利が適用されるのは当初の一定期間だけで、投資信託等とのセット契約が条件になっている場合もあります。内容をよく確認してから判断することをおすすめします。
参考資料
齊藤 慧


