「年金以外にいくら必要か」。この問いに答えるとき、多くの試算は「実収入」と「消費支出」の差を使います。しかし、その「実収入」には、実は年金以外の収入も含まれていることをご存じでしょうか。当たり前のように使われている数字の中身を、あらためて丁寧に確認していきましょう。
年金だけで見た場合の不足額を、公的統計から編集部であぶり出しました。
なお、公的年金の受給額の実態については、下記の記事より一部を引用・参照しています。
- 65歳以上夫婦のみ無職世帯の「不足額」は実は年金以外の収入も含んだ実収入との差です
- 年金だけで見ると、夫婦世帯の不足額は月3万5365円、30年で約1273万円になる計算です
- iDeCoの年金受け取りには、65歳以上で年110万円までの公的年金等控除があります
1. 「不足額」は年金だけとの差ではない
「老後は年金だけで生活できない」という話でよく使われる「不足額」という数字ですが、その中身を確認したことはあるでしょうか。
1.1 65歳以上夫婦のみ無職世帯の家計収支(2025年平均)
総務省「家計調査報告(家計収支編)」2025年(令和7年)平均(2026年2月6日公表)によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯の実収入は月25万4395円、消費支出は26万3979円でした。
この差額である不足額は、月4万2434円です。この数字が「老後は年金だけで月4万円強足りない」という文脈でよく使われます。
しかし、この「実収入25万4395円」には、社会保障給付(年金等)だけでなく、勤め先収入や事業収入といった、年金以外の収入も含まれています。
統計上の「実収入」は、社会保障給付だけでなく勤め先収入や事業収入を合算した概念であり、この定義を確認しないまま「不足額」を年金との差だと解釈すると、前提がずれたまま議論が進みます。役所の統計は用語の定義が厳密である分、見出しに使われる段階で定義が抜け落ちやすいという構造的な問題が、ここにも表れていると感じます。
2. 年金だけで見た不足額——試算
実収入のうち、社会保障給付(年金等)は22万8614円で、実収入の89.9%を占めています。残りの10.1%、約2万5781円は、勤労収入などの年金以外の収入です。
つまり「不足額4万2434円」は、すでに年金以外の収入がある前提で計算された数字です。年金だけで生活する場合の不足額は、これより大きくなります。この違いを意識せずに「年金以外にいくら必要か」を語ると、実態より楽観的な数字になりがちです。
2.1 【年金だけで見た月間不足額(編集部試算)】
消費支出から、社会保障給付(年金等)のみを差し引いた場合の月間不足額1/2
出所:総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要」2026年3月10日掲載などを基にLIMO編集部作成
夫婦のみ無職世帯の場合
- 消費支出26万3979円から社会保障給付22万8614円を差し引くと、不足額は3万5365円です
単身無職世帯の場合
- 消費支出14万8445円から社会保障給付12万212円を差し引くと、不足額は2万8233円です
この不足額を30年間(360か月)で単純計算すると、夫婦世帯で約1273万円、単身世帯で約1016万円になります。よく使われる「4万2434円」を前提にした試算(約1527万円)より、実は年金だけで見た不足額の方が大きいことが分かります。
「年金以外の収入込み」の不足額の方が公表資料として目にする機会が多い一方、年金だけで見た不足額はそれより大きくなるという結果は、直感的な予想を裏切るものです。これは勤労収入がある世帯とない世帯を平均した数字である以上当然に起きる現象で、継続雇用で働く世帯の存在が全体の不足額を見かけ上小さく見せている、という構造まで踏み込んで初めて腑に落ちる話だと思います。
単身世帯についても同様です。実収入13万1456円のうち、社会保障給付は12万212円(91.4%)で、残り8.6%にあたる約1万1244円が年金以外の収入です。この分を除いた不足額が、先ほど示した2万8233円という数字にあたります。
いずれの世帯でも、「年金以外の収入があること」を前提にした不足額の方が、公表資料としては目にする機会が多いという点は、あらかじめ意識しておきたいところです。
3. 【編集者の視点】
「不足額」という一つの数字だけを見ていると、その中身にどんな収入が含まれているかを見落としがちです。今回のケースでは、年金以外の収入を含めた不足額より、年金だけで見た不足額の方が大きいという、直感に反する結果になった点は興味深いところです。
これは、勤労収入がある世帯とない世帯が平均された数字であることが影響しています。継続雇用で働いている世帯が平均を押し上げ、結果として「年金以外の収入込み」の不足額が小さく見えている可能性があるでしょう。
ご自身が退職後も働く予定があるかどうかで、参考にすべき数字は変わってきます。完全に年金だけで暮らす前提なのか、一定の就労収入を見込むのかを、まず整理しておくことをおすすめします。
防衛策としては、ねんきんネットで自分の年金見込み額を確認したうえで、「年金だけの場合」「就労収入込みの場合」の両方で家計シミュレーションを行うことです。年金事務所やファイナンシャルプランナーに相談する際も、この2パターンを分けて具体的に伝えると、より実態に即した助言を受けられるでしょう。
4. 年金以外の収入源には何があるか
「年金以外にいくら必要か」を考えるとき、その不足分をどう埋めるかという選択肢も整理しておく必要があります。ここまで見てきた不足額を、実際にどう埋めていくかという視点にあらためて切り替えて考えてみましょう。
4.1 継続雇用・企業年金・iDeCoという3つの柱
年金以外の収入源としては、継続雇用による勤労収入、企業年金(確定給付企業年金・企業型DC)、そして個人で任意に加入するiDeCo(個人型確定拠出年金)が代表的です。
このうちiDeCoは、受け取り方によって税制上の扱いが変わります。一時金として受け取る場合は退職所得控除、年金として受け取る場合は公的年金等控除の対象です。
企業年金についても同様に、一時金で受け取れば退職所得控除、年金で受け取れば公的年金等控除の対象になるのが一般的です。ただし企業ごとに制度設計が異なるため、自社の企業年金がどちらの受け取り方に対応しているかは、事前に人事部門や運営管理機関に確認しておく必要があります。
継続雇用による勤労収入は、給与所得として課税されます。年金と勤労収入を同時に得る場合、在職老齢年金の仕組みにより、年金の一部が支給停止になるケースもある点には注意が必要です。収入の組み合わせ方によって、手取りの総額が変わってくることも意識しておきましょう。
4.2 65歳以上は公的年金等控除で年110万円まで非課税
国税庁によると、65歳以上の場合、公的年金等の収入金額が110万円までであれば、公的年金等控除により税負担が生じません(令和2年分以後の計算式に基づく)。
iDeCoを年金として受け取る場合、公的年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)と合算した金額に対してこの控除が適用されるため、公的年金の受給額によっては非課税の枠をすでに使い切ってしまっている場合もあります。
厚生年金の平均受給月額は約15万289円、年額に換算すると約180万円です。この時点ですでに110万円の非課税枠を超えているため、iDeCoを年金として受け取る場合、上乗せ分の多くは課税対象になる可能性があります。年金額が多い方ほど、受け取り方の選択が税負担に与える影響も大きくなります。
公的年金等控除の110万円という非課税枠は、iDeCo単体のためのものではなく公的年金と合算した枠であるという設計を理解しないと、積立段階での税制優遇と受取段階での課税を、別々の話として見誤ります。厚生年金の平均受給額だけで年110万円をすでに超えている以上、年金として受け取る選択は、控除枠をほぼ使い切った状態からの上乗せになるという前提を先に押さえておく必要があります。
一方、一時金として受け取る場合の退職所得控除は、勤続年数(iDeCoの場合は加入期間)に応じて増えていく仕組みです。加入期間が長いほど控除額が大きくなるため、早くから加入しておくことにも意味があります。受け取り方を決める前に、加入期間と控除額の関係を確認しておくとよいでしょう。
5. 【編集者の視点】
iDeCoの受け取り方について、「年金でもらうか、一時金でもらうか」で悩む方は少なくありません。どちらが有利かは、退職金の有無や金額、公的年金の受給額によって変わってくるため、一概には言えないところです。
特に見落とされがちなのが、公的年金等控除は「iDeCo単体」ではなく「公的年金と合算した金額」に適用されるという点です。公的年金の受給額が多い方は、iDeCoを年金で受け取ると、控除枠をすぐに使い切ってしまう可能性があります。
退職所得控除と公的年金等控除を両方使い切れるよう、一時金と年金を組み合わせて受け取る「併用」という選択肢もあります。どちらか一方に決め打ちせず、両方の控除枠を意識した受け取り方を検討する価値はあるでしょう。
防衛策としては、iDeCoの受け取り方を決める前に、退職金の見込み額と公的年金の受給見込み額の両方を確認し、税理士やiDeCoの運営管理機関に、具体的な税額シミュレーションを依頼することをおすすめします。
6. 年金の「額面」と「手取り」も別の論点
ここまでの試算はすべて額面ベースでした。実際に使えるお金という意味では、税金・社会保険料を差し引いた「手取り」で考える必要があるでしょう。
6.1 厚生年金夫婦モデルは月額約23万7000円だが
厚生労働省年金局「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、厚生年金の夫婦モデルケースは月額約23万7279円、厚生年金の平均受給月額は全体で約15万289円(男性16万9967円、女性11万1413円)です。
これらの数字はいずれも額面です。年金からは所得税・住民税・国民健康保険料や介護保険料などが天引きされるため、実際に手元に残る金額はこれより少なくなります。
6.2 額面と手取りの差は1〜2割程度
年金からの天引き額は、年金額や自治体の保険料率によって幅がありますが、一般的に額面の1〜2割程度が天引きされ、手取りは額面の8〜9割程度になるとされています。天引きされる項目には、所得税・住民税のほか、国民健康保険料(75歳以上は後期高齢者医療保険料)、介護保険料が含まれます。
これらの保険料は、前年の所得や年金額に応じて決まる仕組みのため、年金額そのものが多い世帯ほど、天引き額も大きくなる傾向があります。額面が多いからといって、手取りの割合まで同じとは限らない点には注意が必要です。
額面約23万7279円という数字は、所得税・住民税に加え、国民健康保険料や介護保険料といった複数の項目が天引きされる前の金額です。
これらの保険料は前年の所得を基準に算定されるため、年金額そのものが多い世帯ほど天引き額も大きくなる仕組みになっており、「額面が多い=手取りも多い」という単純な比例関係は成り立ちにくいと理解しておく必要があります。
6.3 【厚生年金夫婦モデルケースの額面と手取りの目安(編集部試算)】
額面ベース
- 厚生年金夫婦モデルケースの額面は月額約23万7279円です
手取りベースの目安
- 天引きが1割の場合:約21万3551円
- 天引きが2割の場合:約18万9823円
この記事で扱ってきた不足額の試算は、いずれも額面の実収入・社会保障給付を基にしています。手取りで考えると、不足額はさらに大きくなる可能性がある点は押さえておく必要があります。
7. 【編集者の視点】
「年金の額面」だけを見て老後の家計を計画すると、実際に使えるお金を過大に見積もってしまう場合があります。天引きされる項目は、所得税・住民税だけでなく、国民健康保険料(または後期高齢者医療保険料)、介護保険料と複数にわたります。
特に注意したいのが、これらの保険料は自治体や前年の所得によって金額が変わる点です。「知り合いは天引きがこれくらいだった」という話をそのまま自分に当てはめると、実態とずれる可能性があります。
また、年金生活に入った直後は、現役時代の所得を基準に保険料が計算される期間があり、思ったより天引きが多いと感じることもあるでしょう。時間の経過とともに保険料の基準となる所得が下がれば、天引き額も変わっていきます。この変化を織り込んでおくと、退職直後の家計の見え方が変わってくるはずです。
防衛策としては、年金の受給が始まる前に、お住まいの自治体窓口で国民健康保険料・介護保険料のおおよその試算を確認しておくことです。額面だけでなく、天引き後の手取りベースで家計を組み立てる習慣をつけるとよいでしょう。
8. まとめ
- 「不足額」としてよく使われる数字は、年金以外の収入も含めた実収入との差であり、年金だけとの差ではありません
- 厚生年金夫婦モデルケース(額面約23万7279円)も、天引きを考慮すると手取りはこれより少なくなります
- 年金だけで見ると、夫婦世帯の不足額は月3万5365円、単身世帯は月2万8233円になる計算です
- 30年間で試算すると、年金だけの不足額は夫婦で約1273万円、単身で約1016万円になります
- iDeCoを年金で受け取る場合、65歳以上は公的年金と合算して年110万円まで非課税です
「年金以外にいくら必要か」という問いには、どの数字を「年金」とみなすかによって、答えが大きく変わってきます。よく引用される不足額が、実は年金以外の収入を含んだ数字であることは、意外と知られていません。額面か手取りか、就労収入込みか年金だけかという2つの軸を意識するだけで、見える景色は大きく変わってくるでしょう。
まずは、自分が退職後も働く予定があるかどうかを整理したうえで、年金だけの場合の不足額を確認してみてはいかがでしょうか。iDeCoの受け取り方については、税理士や運営管理機関に相談することをおすすめします。
額面の数字だけで安心せず、手取りベース・年金だけのケースまで踏み込んで確認することが、老後資金の計画を現実的なものにする、何よりの第一歩になるはずです。
9. よくある質問
9.1 Q. 老後資金の「不足額」には年金以外の収入も含まれていますか
A. はい。総務省の家計調査における「不足額」は、勤め先収入なども含めた実収入と消費支出の差です。65歳以上夫婦のみ無職世帯では、実収入の10.1%が年金以外の収入にあたるとされています。
9.2 Q. 年金だけで生活する場合の不足額はいくらですか
A. 2025年平均の消費支出から社会保障給付(年金等)のみを差し引くと、夫婦のみ無職世帯で月3万5365円、単身無職世帯で月2万8233円という計算になります。就労収入を見込まない場合の目安です。
9.3 Q. iDeCoを年金で受け取ると税金はかかりますか
A. 65歳以上の場合、公的年金と合算した収入金額が110万円までであれば、公的年金等控除により税負担が生じません。公的年金の受給額が多い場合は、この控除枠をすでに使い切っている可能性があります。
9.4 Q. 年金の額面と手取りはどのくらい差がありますか
A. 天引きされる所得税・住民税・国民健康保険料・介護保険料などにより、一般的に額面の1〜2割程度が差し引かれるとされています。天引き額は前年の所得や自治体の保険料率によって変わってきます。
参考資料
- 総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要」2026年3月10日掲載
- 国税庁「No.1600 公的年金等の課税関係」
- 厚生労働省「令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」
齊藤 慧


