英国のEU離脱問題は、再延長した離脱期限まで残り約1カ月に迫り、ここへ来てまた大きく動き始めました。

英国がEUから離脱する期限まで、ごく限られた時間しか残されていないにもかかわらず、英国議会は9月10日から「女王演説」(施政方針演説)が予定されている10月14日まで閉会とされました。ジョンソン首相は、新たな政策立案のためにまとまった時間が必要だとの理由で、英国議会を閉会する必要があると主張してエリザベス女王を説得し、議会を9月10日から10月14日までの間、閉会することの承認を取り付けました。

最高裁の「違法」判決に、ジョンソン首相の反応は?

前回の記事『ブレクジットで混迷続く英国議会、土壇場で休会へ』でも、保守党執行部が、なぜ閉会の判断をするのかは全くもって不明だと指摘していましたが、英国最高裁判所は9月24日、英国議会を閉会にしたジョンソン首相の行動の是非を争う訴訟に判決を下しました。

その判決では、「女王に進言して議会を閉会させることは、憲法に定められた議会の役割を阻止するもので違法」であるとして、最高裁の裁判官11人による全会一致の判断でジョンソン首相の主張を退け、議会の閉会は違法としました。すると、バーコウ下院議長は最高裁の判決を歓迎すると表明し、議会制民主主義を実現するため、下院を遅滞なく招集すると述べました。これにより、英国議会下院は25日午前11時(英国時間)に再開される予定です。

国連総会出席のためにニューヨークに滞在中のジョンソン首相は、最高裁の判断を尊重するが、英国は10月末にEUから離脱することに変わりはないと強気の姿勢を示し、EUとの合意に向けて、全力を挙げると述べました。英国議会では、9月の閉会前にEU離脱延期法案が成立しており、10月19日までにEUとの離脱協定に合意できない場合には、首相はEUに3カ月の離脱期限延期を要請することが義務付けられています。

今回の最高裁判決によって、議会の意向を無視したり、再び閉鎖することは、さすがのジョンソン首相にも難しくなるでしょう。いかなる状況になっても10月31日には、EUを離脱するとの主張を続ける離脱強硬派のジョンソン首相は、一段と厳しい状況に追い込まれたといわざるを得ません。

EU離脱期限の延長をめぐる激しいせめぎ合い

ジョンソン首相は、首相就任以来2カ月間、議会では離脱穏健派と激しく争ってきましたが、与党保守党からの離党議員も多数出て、下院での過半数議席を失ってしまいました。下院で多数を持たない少数政権となったことから、議会運営では守勢に立たされ、首相自身の主張に基づく法案を通すこともできません。

一部議員は、今回の判決に関して、ジョンソン首相がエリザベス女王を巻き込んだ上に、誤った方向に導いて王室を傷つけたと批判を強めていて、首相の辞任を要求しています。最大野党・労働党のコービン党首も、ジョンソン首相は辞任すべきだと語りましたが、不信任案を突きつけるかどうかは明言しませんでした。野党側は、ジョンソン首相が10月31日のEU離脱期限の延長を取り付けるまでは議会の解散を封じて、合意なき離脱を阻止する腹積もりのようです。

10月17日には、EU首脳会議が予定されています。ジョンソン首相には、この場でEUとの離脱合意を決める機会は残されています。ただ、マクロン仏大統領を始めとするEU首脳は再協議に対して冷ややかで、新たな提案があるのであれば9月中にそれを文章で提示するように求めています。もはや時間は残されていません。

市場では、ジョンソン首相はEUとの交渉に失敗し、議会が求める通りに離脱期限を延期するよう要請しなければならなくなると予想しています。しかし、ジョンソン首相は、あくまで延期要請を拒絶すると表明しています。EUへの離脱期限の延期を要請しないなら、首相の座を降りなければならなくなるでしょう。

一方で、首相就任以来約2カ月、これほど政治的に混乱があったにもかかわらず、世論調査ではジョンソン氏率いる保守党は優位を維持しています。離脱期限の延期要請という煮え湯は飲まされるかもしれませんが、期限が延期された場合には、総選挙が実施される可能性が俄然、高まります。

ジョンソン首相は、その総選挙で、離脱穏健派やEU諸国、裁判所などからの圧力に勝つためには、有権者からの支持が必要だと訴えて、多数を得ることは戦略としてあり得ます。

いずれにしろ議会は再開されることになりました。「決死の覚悟」で10月31日の離脱期限通りに離脱するというジョンソン首相と、その動きを封じ込めようとする「合意なき離脱」への反対派議員らとの激しいせめぎあいが見られることになるでしょう。

為替市場ではポンドが上昇

為替市場では、最高裁判断を受けて、英ポンドは米ドルやユーロに対して上昇し、1ポンド=1.250米ドルを一時回復しました。合意なき離脱の可能性が高まった9月初めには、1ポンド=1.200米ドル割れまで値を下げていましたが、合意なき離脱を封じる動きが強まってからは反発しています。

ただ、これが、英ポンドの持続的な上昇に繋がるかどうかは判然としません。10月17日のEU首脳会議に向けて、不安定な動きは続くと予想しています。

ニッポン・ウェルス・リミテッド・リストリクティド・ライセンス・バンク 長谷川 建一