「持ち家がないから、老後は年金と貯金で家賃を払い続ければいい」——そう考えている独身の方は少なくありません。しかし、賃貸暮らしを続けるという選択は、平均的な老後資金の計算には収まらない負担を抱えることになります。
本記事では、独身で賃貸に住み続ける場合の家賃負担を公的統計から試算するとともに、家賃を払えるかどうかよりも先に立ちはだかる「貸してもらえるか」という別の壁について解説します。
1. この記事の3つのポイント
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65歳以上の単身無職世帯の住居費は月1万1416円ですが、これは持ち家世帯が中心の平均値です。賃貸の場合、編集部試算では老後資金に男性で約1139万円、女性で約1419万円の追加負担が生じます。 -
高齢者の入居に対して、大家の約7割が拒否感を持っているという調査結果があります。家賃を用意できても、住まいを確保できないリスクがあります。 -
令和7年10月に施行された改正住宅セーフティネット法により、契約や残置物の処理を支援する仕組みが整いつつあります。早めに知っておくことで選択肢が広がります。
2. 独身で賃貸に住み続けると、老後の住居費はどれくらいになるのか
まずは公的統計から、独身高齢者の家計と住まいの実態を確認します。数字を見ていくと、「平均」という言葉の裏に大きな幅があることが分かります。
2.1 65歳以上の単身無職世帯の家計収支
総務省統計局の家計調査報告(家計収支編)2025年平均によると、65歳以上の単身無職世帯の実収入は月13万1456円、消費支出は14万8445円でした。
可処分所得から消費支出を引いた不足額は月2万9980円です。この不足額のうち、住居費が占める割合はわずか1万1416円(消費支出の7.7%)にとどまります。
2.2 住居費が低い理由は「持ち家世帯が中心」だから
総務省統計局の令和5年住宅・土地統計調査によると、65歳以上の単身世帯(高齢単身世帯)のうち、持ち家に住む世帯は67.5%、借家に住む世帯は32.2%です。
つまり家計調査の住居費1万1416円は、ローンを完済した持ち家世帯が多数を占める平均であり、賃貸で暮らす約3人に1人の実態を映したものではありません。
3. 【執筆者コメント】
家計調査の「住居費1万1416円」という数字だけを見て、老後の生活費を見積もってしまう方は少なくありません。この数字自体に誤りはありませんが、賃貸暮らしの方がそのまま当てはめると、必要な老後資金を大きく見誤る可能性があります。
実務でよくある罠は、老後資金のシミュレーションツールや相談窓口で、住居費の初期設定が「持ち家・ローン完済後」を前提にしているケースです。賃貸であることを自分から伝えなければ、住居費が過小に計算されたまま話が進んでしまいます。
防衛策としては、老後資金を計算する際に住居費の項目を必ず自分で確認し、現在支払っている家賃(または想定する家賃相場)に置き換えることです。金融機関やファイナンシャルプランナーに相談する場合も、「住居費は持ち家前提になっていないか」を最初に確認することをおすすめします。
4. 「住居費1万1416円」のまま計算すると、賃貸暮らしはいくら見誤るのか
ここからは、賃貸で暮らす独身高齢者が実際にどれくらいの負担を抱えるのか、公的統計をもとに編集部で試算します。
4.1 賃貸の家賃相場との差額
総務省統計局の令和5年住宅・土地統計調査によると、借家(専用住宅)の1か月当たり家賃の全国平均は5万9656円です。2018年の調査と比べて7.1%増加しています。
先ほどの家計調査の住居費1万1416円との差額は、4万8240円になります。この差額分だけ、賃貸暮らしの人は平均的な想定より多く支出することになります。
ここに厚生労働省の令和7年簡易生命表による65歳時点の平均余命(男性19.68年、女性24.52年)を掛け合わせると、老後全体でどれだけの追加負担になるかが見えてきます。
賃貸暮らしの独身高齢者が抱える住居費の追加負担1/1
出所:総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」2024年9月25日公表などを基にLIMO編集部作成
※2025年平均の家計調査の消費支出のうち住居費だけを、令和5年住宅・土地統計調査の民営借家全国平均家賃5万9656円に置き換え、他の費目・収入は変わらないと仮定。年数は令和7年簡易生命表の65歳の平均余命。物価変動、介護・入院などの一時的支出は含まない
4.2 【賃貸暮らしの独身高齢者が抱える住居費の追加負担】
男性の場合(想定期間:19.68年)
- 月の追加負担(家賃差額):4万8240円
- 老後資金への追加負担額の目安:約1139万円
女性の場合(想定期間:24.52年)
- 月の追加負担(家賃差額):4万8240円
- 老後資金への追加負担額の目安:約1419万円
5. 【執筆者コメント】
この試算はあくまで、家計調査の平均的な消費構造に住居費だけを賃貸相場に置き換えたものであり、実際の家賃は地域や住宅の広さによって大きく変わります。都市部では5万9656円を上回るケースも、地方では下回るケースも当然あります。
それでも、この試算が示す本質は変わりません。「老後資金2000万円」のような一般的な目安は、住居費が低く抑えられた前提で作られていることが多く、賃貸を続ける独身の方はその前提から外れているという事実です。
まず自分が今住んでいる地域の家賃相場を、実際の賃貸情報サイトや不動産会社で確認してみることをおすすめします。平均値ではなく、自分が老後も住み続けたい地域・広さの家賃で計算し直すことが、最初の一歩になります。
6. 家賃を払えるかより先に立ちはだかる「貸してもらえるか」という壁
賃貸で老後を迎える場合、多くの方が家賃の金額にばかり注目します。しかし、実際にはお金を用意できても、住まいそのものを確保できないという別の壁があります。
6.1 高齢者への入居拒否感は約7割
国土交通省・厚生労働省・法務省による合同検討会の資料(令和3年度国土交通省調査)によると、高齢者に対して大家の約7割が入居に拒否感を持っています。
拒否感を持つ理由としては、「居室内での死亡事故等への不安」が約9割を占めています。単身であること自体が、部屋を借りる際のハードルになっている実態があります。
6.2 住宅セーフティネット制度という選択肢
この状況に対応するため、国は住宅確保要配慮者向けの登録住宅制度を設けています。同資料によると、登録住宅は87万5855戸、支援を担う居住支援法人は741者にのぼります。
また、都道府県知事等の認可を受けた事業者が、借家人が生きている限り契約が続き死亡時に終了する「終身建物賃貸借」という制度もあり、60歳以上の方が対象になります。
7. 【執筆者コメント】
「賃貸だから老後は家賃さえ払えれば大丈夫」と考えている方に、まず知っておいていただきたいのが、高齢の単身者は契約の入口で断られる可能性があるという事実です。これは資金力の問題ではなく、大家側の不安に起因する構造的な壁です。
実務の罠として、この壁の存在を知らないまま高齢になってから部屋探しを始めると、選択肢が急に狭まっていることに気づくケースがあります。住み替えを検討するなら、体力や判断力に余裕があるうちに動き始めることが重要です。
防衛策としては、お住まいの市区町村の「居住支援協議会」や、都道府県が指定する「居住支援法人」に、契約の壁や物件探しについて早めに相談窓口として確認しておくことです。制度の対象条件は自治体や事業者によって異なるため、個別の判断は窓口での確認が必要です。
8. 契約が続く間にも起きる、賃貸特有の実務リスク
入居できたあとも、賃貸には持ち家にはない特有のリスクがあります。契約と、その先にある「もしものとき」の備えを確認しておきましょう。
8.1 賃借人が亡くなったときの契約と残置物の扱い
賃借人が亡くなった場合、賃借権と部屋に残された家財(残置物)の権利は、原則として相続人に引き継がれます。相続人の有無や所在が分からない場合、契約の解除や残置物の処理が難しくなることがあります。
この課題に対応するため、国土交通省と法務省は「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を策定し、契約解除と残置物処理の委任契約を分けて整理する形式を示しています。
8.2 令和7年の法改正で広がった支援の仕組み
令和7年10月1日に施行された改正住宅セーフティネット法では、居住支援法人の業務に「入居者からの委託に基づく残置物処理」が新たに加わりました。
この改正により、単身の高齢者があらかじめ居住支援法人に残置物の処理を委託できる仕組みが、制度としてより明確に位置づけられたことになります。
9. 【執筆者コメント】
「自分が亡くなったあと、部屋の片付けや契約の解除で誰かに迷惑をかけたくない」と感じる方は少なくないでしょう。この不安は、賃貸で独身のまま老後を迎える方にとって、家賃そのものよりも重く感じられることがあります。
実務の罠は、この手続きを「相続人がやってくれるはず」と考えて先延ばしにしてしまうことです。相続人が遠方にいる、あるいは関係が疎遠な場合、手続きが長期間停滞することがあります。
防衛策として、契約時にモデル契約条項に基づいた特約が結べるかを不動産会社に確認すること、また居住支援法人に残置物処理を委託できるかを、契約前の相談段階で確認しておくことをおすすめします。契約内容の詳細は、個々の物件の管理会社や居住支援法人の窓口で確認してください。
10. まとめ
- 65歳以上の単身無職世帯の住居費は平均で月1万1416円ですが、これは持ち家世帯が中心の数字であり、賃貸暮らしの実態とは異なります。
- 賃貸の家賃相場(全国平均5万9656円)で計算し直すと、編集部試算では老後資金に男性で約1139万円、女性で約1419万円の追加負担が生じます。
- 高齢者への入居拒否感は大家の約7割にのぼり、家賃を用意できても住まいを確保できないリスクがあります。
- 令和7年10月に施行された改正住宅セーフティネット法により、居住支援法人が残置物処理まで担う仕組みが整いつつあります。
賃貸で老後を迎えることは、家賃という金額の問題だけでは終わりません。契約してもらえるか、そして自分が亡くなったあとの手続きをどう託すかまで含めて、はじめて「老後の住まい」の全体像が見えてきます。
まずは自分の想定する地域の家賃相場を具体的な数字で確認し、居住支援協議会や居住支援法人の窓口の存在を知っておくことから始めてみてください。早く動き出すほど、選べる選択肢は多く残ります。
11. よくある質問
11.1 Q. 独身で賃貸の場合、老後資金はいくら多めに見ておけばいいですか
A. 一律の金額はお答えできませんが、編集部試算では家計調査の平均的な住居費と全国平均の借家家賃との差額だけで、老後全体で男性約1139万円・女性約1419万円の追加負担が生じます。ご自身の住みたい地域の家賃相場で計算し直すことをおすすめします。
11.2 Q. 高齢になってから賃貸物件を借りるのは難しいのでしょうか
A. 国土交通省・厚生労働省・法務省の合同検討会資料によると、大家の約7割が高齢者への入居に拒否感を持っているとされています。住宅確保要配慮者向けの登録住宅制度や、居住支援法人・居住支援協議会といった相談先を早めに確認しておくことをおすすめします。
11.3 Q. 賃貸暮らしの独身者が亡くなったあとの部屋の片付けはどうなりますか
A. 原則として賃借権や残置物の扱いは相続人に引き継がれます。国土交通省・法務省が策定した「残置物の処理等に関するモデル契約条項」を活用した特約や、令和7年10月の改正住宅セーフティネット法で追加された居住支援法人への委託という選択肢があります。契約前に管理会社や居住支援法人に確認してください。
参考資料
- 総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果」2026年2月6日公表
- 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計(確報集計)結果」2024年9月25日公表
- 国土交通省「住宅確保要配慮者に対する居住支援機能等のあり方に関する検討状況について」(住宅確保要配慮者に対する居住支援機能等のあり方に関する検討会資料)
- 国土交通省「残置物の処理等に関するモデル契約条項」
- 国土交通省「終身建物賃貸借」制度の概要
- 厚生労働省「令和7(2025)年簡易生命表の概況」2026年7月24日公表
齊藤 慧