「老後資金は、結局いくら必要なのか」。この問いに答えを出そうとして、検索結果に並ぶ金額がばらばらで手が止まった人は多いはずです。
2000万円、3000万円、いや5000万円。数字が違うのは、どれかが間違っているからではありません。前提が書かれていないまま金額だけが並んでいるからです。
55〜64歳・夫婦二人暮らしで、そろそろ自分の数字を出したい人に向けて、公表されている最新データから必要額を組み立て直します。
なお、65歳以上世帯の家計収支や平均貯蓄額に関する詳しい説明は、下記の記事より一部を引用・参照しています。
【最新データ】老後の「ふつう」が分かる!65歳以上の平均貯蓄額と年金月額は?老後夫婦のリアルな生活費と家計収支を解説
1. この記事の3つのポイント
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国は「老後資金がいくら必要か」を公表していません。公表されているのは、実際に使った額だけです -
最新の家計調査と簡易生命表で組み立てると、夫婦の必要額の目安は約1250万円になります -
ただし統計の住居費は月1万7739円です。賃貸なら同じ計算で3000万円台に変わります
2. 「老後資金の目安」に、公的な正解は存在しない
必要額を計算する前に、確かめておきたいことがあります。「老後資金はいくら必要か」という問いに、公的な答えは存在しないという事実です。
2.1 国が公表しているのは「実際に使った額」であって「必要額」ではない
総務省の家計調査は、実際の世帯が1か月に何にいくら使ったかを集計した統計です。「いくら必要か」を示すものではありません。
厚生労働省が公表しているのは年金額であり、こちらも必要額ではありません。つまり必要額は、公表データを材料に自分で組み立てるしかない数字です。
2.2 令和8年度の年金額は、国民年金1.9%・厚生年金2.0%の引上げ
材料のひとつである年金額も動きます。厚生労働省が2026年1月23日に公表した令和8年度の年金額は、令和7年度から国民年金(基礎年金)が1.9%、厚生年金(報酬比例部分)が2.0%の引上げとなりました。
老齢基礎年金の満額は1人分で月7万608円(前年度から1300円増)です。夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な年金額は月23万7279円(同4495円増)とされています。
3. 【執筆者コメント】
「いくら必要か」の答えが人によって違うのは当然だとしても、金額の出し方まで人によって違うのが実情です。
相談の場で最も多いのは、どこかで見た「〇〇万円」を自分の目標額として持ってきてしまうケースです。その数字が単身世帯の統計なのか夫婦なのか、持ち家か賃貸か、何年分なのかを確認すると、ほとんどの場合ご本人の条件とは合っていません。
実務上の落とし穴は、必要額を「一度決めたら固定の数字」として扱ってしまうことです。年金額は毎年度改定され、令和8年度は国民年金が1.9%の引上げでした。物価が動けば生活費も動きます。必要額は毎年ずれる前提で考えるほうがよいでしょう。
お勧めするのは、目標額をひとつの金額で持たず、「毎月いくら足りないか」という月額で持つことです。月額なら、年金額の改定や家計の変化をそのまま反映できます。
自分の年金見込額は日本年金機構の「ねんきんネット」で試算でき、50歳以上ならねんきん定期便にも見込額が記載されています。前提を変えた試算は年金事務所の予約相談でも依頼できます。
4. 最新データで組み立てると、必要額の目安は約1250万円
必要額の骨格は単純です。毎月の不足額に、必要な年数を掛けるだけです。公表されている最新データを、この式に入れていきます。
4.1 65歳以上の夫婦のみ無職世帯は、月4万2435円の不足
総務省の家計調査(家計収支編)2025年平均結果によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯は、実収入が25万4395円、可処分所得が22万1544円でした。
一方で消費支出は26万3979円です。手取りである可処分所得との差は月4万2435円の不足になります。年間では約51万円です。
平均消費性向は119.2%でした。手取りの1.2倍を使っている状態が、この世帯区分の平均だということです。
4.2 年数は「65歳の平均余命24.52年」で置く
次に年数です。厚生労働省の令和7年簡易生命表では、65歳の平均余命は男が19.68年、女が24.52年でした。前年からそれぞれ0.22年、0.14年延びています。
夫婦の場合、後に残る側の年数で見ておく考え方もあります。ここでは女性の24.52年を使います。
4.3 単身世帯は月2万9980円の不足
同じ調査の65歳以上の単身無職世帯は、可処分所得11万8465円に対して消費支出14万8445円でした。不足は月2万9980円、平均消費性向は125.3%です。
4.4 【編集部試算:不足額×平均余命で求めた必要額】
65歳以上の夫婦のみ無職世帯の場合
- 月の不足額:4万2435円
- 年数:24.52年
- 必要額の目安:約1249万円
65歳以上の単身無職世帯(女性の年数)の場合
- 月の不足額:2万9980円
- 年数:24.52年
- 必要額の目安:約882万円
65歳以上の単身無職世帯(男性の年数)の場合
- 月の不足額:2万9980円
- 年数:19.68年
- 必要額の目安:約708万円
よく見る「2000万円」よりも小さい数字です。ただしこの試算は、次の章で挙げる条件を満たす世帯にしか当てはまりません。
5. 【執筆者コメント】
この試算でいちばん危ういのは、実は不足額ではなく年数の置き方です。
平均余命は「平均的にこれだけ生きる」という年数ではありません。同じ年齢の人を並べたとき、半分の人がその年数を超えるという意味です。平均余命ぴったりで資金計画を立てると、半分の人が足りなくなる設計になります。
同じ簡易生命表では、65歳まで生存する人の割合は男が89.9%、女が94.5%と示されています。65歳到達後はさらに長く生きる前提で考える必要があります。
実務上は、平均余命ではなく年齢の上限で置くほうが破綻しにくいと考えています。95歳までとすれば、65歳からの年数は30年です。夫婦の不足額4万2435円で30年なら約1528万円になります。同じ不足額でも、年数の置き方だけで280万円ほど変わります。
年数を何年で置いたかは、必要額と同じくらい重要な前提です。誰かの試算を参考にするときは、金額より先に年数を確認することをお勧めします。
6. この約1250万円が当てはまらない条件と、必要額を下げる手段
前章の試算は、平均的な世帯の実支出をそのまま使ったものです。自分の条件に当てはめる前に、確認しておくべき点が3つあります。
6.1 住居費が月1万7739円で計算されている
家計調査の65歳以上の夫婦のみ無職世帯の消費支出26万3979円のうち、住居費は1万7739円(構成比6.7%)です。単身無職世帯でも1万1416円にとどまります。
持ち家の世帯が多数を占めるため、家賃を含まない分だけ低く出ます。賃貸で暮らし続ける世帯には、この前提が当てはまりません。
仮に家賃を月8万円とすると、統計の住居費との差は月6万2261円です。24.52年で計算すると約1832万円の上乗せになります。前章の約1249万円と合わせると約3080万円です。
持ち家か賃貸かは、必要額を左右する最大の分岐点です。
6.2 「モデル年金23万7279円」は額面であって手取りではない
令和8年度の標準的な年金額として示されている月23万7279円は、額面の金額です。一方で家計調査の可処分所得22万1544円は、税と社会保険料を差し引いた後の手取りです。
家計調査の実収入25万4395円と可処分所得22万1544円の差は3万2851円あります。年金からは、税と社会保険料にあたる分があらかじめ差し引かれます。
額面の年金額と手取りベースの生活費を同じ表に並べると、必要額を小さく見積もることになります。比べるときは、どちらも手取りにそろえる必要があります。
あわせて、この標準的な年金額には前提があります。男性が平均標準報酬45.5万円で40年間就業した場合の給付水準で、配偶者は満額の基礎年金を受け取る形です。共働きや転職を挟んだ経歴では前提が変わります。
6.3 繰下げ受給は、必要額そのものを減らす
必要額は「生活費と年金の差」で決まります。つまり年金を増やせば、貯めるべき額そのものが小さくなります。
日本年金機構によると、繰下げ受給の増額率は1か月あたり0.7%で、66歳以後75歳までの間で繰り下げられます。75歳まで待った場合の増額率は84.0%です。
不足額4万2435円は、標準的な年金額23万7279円に対して約17.9%にあたります。増額率0.7%で計算すると26か月、2年2か月ほどの繰下げに相当します。
ただしこれは額面での計算です。増えた分にも税と社会保険料がかかるため、手取りで不足を埋めるにはもう少し長くなります。判断の前に年金事務所で試算を確認しておくと安心です。
7. 【執筆者コメント】
必要額の話で最も見落とされるのが、住居費だと考えています。
家計調査の住居費が月1万7739円という水準であることを知らずに「平均の生活費は約26万円」という数字だけを使うと、賃貸世帯は毎月6万円前後の見落としを抱えたまま計画を立てることになります。
持ち家でも安心とは言えません。統計の住居費には、屋根や外壁の修繕、給湯器の交換のような費用が平均として薄く均されています。実際には10年20年の間隔で、一度にまとまった額で出ていきます。
ここで効くのが、申請しなければ使えない制度です。医療費の自己負担には高額療養費という上限の仕組みがありますが、事前に「限度額適用認定証」を用意しておけば、窓口での支払いを自己負担限度額までに抑えられます。マイナ保険証を利用する場合は不要なケースもあります。
窓口は、国民健康保険なら市区町村、後期高齢者医療制度なら都道府県の広域連合です。介護も要介護認定を受けなければ軽減は始まりません。制度は本人の申請が起点のため、待っていても通知が届かないものがあります。
お勧めするのは、必要額を1つの金額で決める前に、「持ち家か賃貸か」「年金は手取りでいくらか」の2点を先に確定させることです。この2つが決まれば、残りは掛け算で出ます。
8. まとめ
- 国は「必要額」を公表していません。家計調査は実際に使った額、年金額改定は受け取る額であり、必要額は自分で組み立てる数字です
- 2025年平均の家計収支と令和7年簡易生命表で計算すると、夫婦の必要額の目安は約1249万円、単身は約708万〜882万円になります
- 統計の住居費は月1万7739円です。賃貸なら同じ計算で約3080万円に変わります。年金は額面と手取りをそろえて比べる必要があります
「老後資金はいくら必要か」という問いに、誰にでも当てはまる金額はありません。同じ計算式を使っても、持ち家か賃貸か、年金を額面で見るか手取りで見るか、年数を何年で置くかで、答えは1000万円台から3000万円台まで動きます。
だからこそ、どこかで見た目安を借りてくるより、自分の条件で一度計算してみたほうが早く終わります。必要なのは、年金の手取り見込額と毎月の生活費という2つの数字だけです。この2つが決まれば、あとは掛け算で出ます。
9. よくある質問
検索されることの多い疑問を、この記事で用いた公表データにもとづいて整理します。
9.1 Q. 老後資金はいくら必要ですか
A. 公的に定められた必要額はありません。2025年平均の家計調査では65歳以上の夫婦のみ無職世帯の不足が月4万2435円で、65歳の平均余命24.52年で計算すると約1249万円になります。
ただし持ち家を前提とした住居費で計算されているため、賃貸世帯では大きく増えます。
9.2 Q. 老後資金の最低いくらあれば安心と言えますか
A. 「最低これだけ」という公的な基準はありません。判断の材料になるのは、自分の年金の手取り見込額と生活費の差です。
差額が月いくらかを出し、何年分用意するかを決める順序になります。年数は平均余命ではなく年齢の上限で置くほうがよいでしょう。
9.3 Q. 老後資金の目安は毎年変わりますか
A. 変わります。年金額は毎年度改定され、令和8年度は国民年金が1.9%、厚生年金の報酬比例部分が2.0%の引上げでした。
生活費も物価で動きます。必要額は固定の金額ではなく「毎月の不足額」で持つと管理しやすくなります。
参考資料
- 総務省統計局「家計調査報告(家計収支編)2025年(令和7年)平均結果の概要」2026年2月6日公表
- 総務省統計局「家計調査報告 ―月・四半期・年―」
- 厚生労働省「令和8年度の年金額改定について」2026年1月23日公表
- 厚生労働省「令和7年(2025年)簡易生命表の概況」
- 日本年金機構「年金の繰下げ受給」
- 日本年金機構「ねんきんネット」
齊藤 慧
